医者の話(後編)
「どうと聞かれても、できることはできる。しかし危険が大きい。あいつが死ぬ可能性も高ければ、爆発を起こしてわしも死んでしまう可能性もある。あいつを生かそうとすればするほど、際どい手術になるからな」
「それは俺たちもわかっています。それでもシペルはあなたに手術をお願いしたいと、それが責任の取り方だと言っていました。俺が確認したいのはあなたにもその責任を取る覚悟があるかということです」
力を込めて責め立てている訳でもない。が、医者は一段縮んだように丸い背中をますます丸めて震え出す。
「覚悟か… その言い方だと、わしにも死ねとあいつは言っているように聞こえてくるのう」
「やっぱり、シペルは死ぬ気でいるんですかね? 責任を取らせながら死ぬと」
「おそらく。拉致から暗殺に諸国の動きが変わったと知ってしまえば、自分の価値にも気付く。まして防御兵器ではなく、いまではただの爆弾。それも市民にまで被害を与えてしまう兵器だ。自分が世の中にとって不要になっていることはあいつ自身が一番よくわかっているはずじゃからのう」
「不要になった兵器か…」
「個人の能力に特化した量産できない兵器など、その時代限りの使い捨てにしかならん。わしもそれをわかっていながらあいつの改造を施した。わしの罪も大きい。しかし、わしに死ねと言われても、わしにその覚悟はまだできておらん」
「手術はできないと?」
「そうは言っておらん。いってはおらんが…」
医者は自分の湯飲みに手を伸ばして口に添えるが、震えが続いて上手く呑めない。何をそこまで緊張しているのか桐生にはわからない。医者はそこで立ち上がると、顔を洗いに行くとフラフラと一度奥へ引っ込んだ。姿が見えなくなると、その奥からガシャンと何かをひっくり返す音がした。
再び戻ってきた医者を前にして、
「気持ちが整うまで時間が掛かりそうですね。あなたは医者であって兵士ではない。本来、死ぬ必要のない身分です。俺には強要できる権利もないですが、それでもあなたが覚悟を決めないと誰もそんな危険な手術をやろうとは言わない」
こう言い切って桐生は立ち上がる。
「もう帰るのか? まだ一口も茶に口をつけておらんと思うが」
「嫌いではないんですけどね、いま丁度連絡が入ったので」
医者に背を向け、イヤホンでヴァイスからの連絡を聞く。一挙に五人のスナイパーの居場所を特定できたと入る。その正確な場所を聞き出すと、そのうちの一つがこの病院のすぐ隣と知らされる。
「スナイパーの件か?」
「ええ、すぐ隣で潜んでいるみたいですね。読みは間違っていなかった」
「しかし隣にはちゃんと人が住んでおる。その情報は間違いないのか?」
「十割正確というわけじゃないですよ。それを確かめる上でも俺たちが動く必要があるんです」
「その必要がないといったら?」
医者は奇妙なことを言って湯飲みを飲み干した。いま気付いたことだが震えも止まっていて、声も微妙に違う。丸くしていた背筋も急に伸ばす。
「それはどういう意味で?」
「そのままじゃよ。そのまま、そのまま。そのままお主も大人しくしていればいい」
医者の手にはいつの間にか銃が握られている。反対の手にはこれまたどこから出したのかバズーカ砲が握られている。いや、違う、握られているのではない、腕の半分がバズーカ砲の筒に化けて上腕と同化している。罪意識で沈んでいたと思われたそれまでの暗い顔が不敵に笑う。
「お宅、何者だい?」
桐生も得物の柄に手を添えた。
続きます




