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医者の話(前編)

 西方の小高い丘の上、小道の角の小さな病院の前を通り過ぎた桐生はただの通行人を装いながら付近に目を配り、スナイパーらしき人物が狙っていないか探る。住宅街であるらしく近辺には民家ばかりが並ぶ。目に見えて怪しい人物はいないが、それでも誰かが狙っているような嫌な感じはする。院内からは灯りが漏れていたので、町医者が在宅であることはわかっている。近くで待機すべきか、直接そのシペルに改造を施したという医者に会いに行くべきか歩きながら考えた。会いにいって、シペルと間違えられ狙撃されて一撃でやられる危険もある。ただ、狙撃されて避けることができれば、次にはその狙撃者の居場所も知ることができる。地道にヴァイスの連絡を待つか、賭けをするか、さてどちらにすべきか。彼の性格の基本はまどろっこしいことを得意としないため、答えを出すのにそれほど時間も掛からない。選択するのももちろん賭け。現在、単独で動いている身軽さもある。そして決断すると行動も早い。踵を返していま来た道を戻って、あっという間に病院の前にたどり着く。一つ、二つと扉をノックする。なかなか出てこないと連続で叩いてみる。やかましい音に医者も渋々顔を出すと、丸渕眼鏡に乱れた白髪、白衣姿で腰の少し曲がった年寄りの男である。偏見に満ちた桐生の第一印象は、見るからに自分のことにはずぼらな性格で、研究にだけ没頭する科学者といったところであった。堪らず笑いそうになる失礼な彼は、一つ唾を飲んでエグル語で話しかけた。


「夜分、遅くにすいませんが、あなた、シペルというこの国の軍人を知っていますね?」


「なんだ、お主は? また他所の国の新聞記者か?」


「新聞記者? いえ、違いますよ。何度か取材を受けたりしているんですか? あのシペルのことで」


「まさか。噂を聞きつけてやってくる連中はおるが、そうだな、お主はシペルのような能力者の存在ではなく、シペルの名前を知っていたな。なんだ、では他所の国の軍の関係者か? 悪いがそれでもわしに何を聞いても無駄じゃよ。あいつはもう軍の管轄にある。詳しいことを聞きたいなら軍に聞きにいったほうがいい」


「軍に頼んでどうにかなるならそちらに行きますが、それでもシペル本人はあなたに会いたがっていた。実際に改造手術を施したあなたにゴム毬の摘出手術をしてもらいたいと」


「なんだお主、シペル本人と会っているのか?」


「俺たちで保護しています。彼のゴム毬が抱えるエネルギーと毒の危険性についても聞かされています。限界があることも、爆発次第、町が汚染されることも」


 医者は掌を翳して一度話を遮ると、


「とにかく、中に入れ」と言う。


 入ってみると、待合所も診察室も仕切りなく一つの部屋に収まっている。色は全体、白にまとまっているが、年季も入っている分、くすみもあれば剥げたところもある。部屋中に御香の匂いが漂っている。鼻を立てて嗅いでいると、奥に引っ込んだ医者が適当に座れと言う。診察に使う丸い回転イスに座して待つ。そう時間も掛からず医者はこの国の煎茶を用意してくれる。


「そう悠長なことはしていられないんですが…」


「まあ、そういうな、若者もたまには年寄りに付き合え。それで、シペルはいまどこにいる?」


「仲間と共に首相官邸に向っています」


「何故じゃ?」


「この国に他国のスナイパーが潜入して彼の帰国を待ち構えているそうなんです。その危機を伝えに。そのことは知っていますか?」


「いや、まさか。ついこの間、拉致事件が起きたと思ったら、今度は暗殺か。わしが施した改造のためにあいつも苦労しとる。やはり悪いことをしたのかのぅ」


「俺は、いまさらその改造を巡る経緯を咎めるつもりも聞くつもりもありませんよ。スナイパーに関しては俺たちの別動隊が調査に当たって、見つけ次第捕まえることになっています。俺もその一人です」


「お主は『あちら側』の人間じゃな? そんなお主が、何故わしに会いに来た?」


「俺が敵で待機するなら、この近辺でしますからね。もっとも、俺は待機なんかしませんけど。それともう一つ、彼の摘出手術を本当に行えるかどうか、あなた自身にそれを行う気持ちがあるのかどうか確認したかったからですね。実際のところ、どうなんです?」



続きます

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