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八人で「あちら側」へ(後編)

「覚悟が決まればどうにでも道は開く。これ以上ここで話し合うのも飽きてきたから、もう行動に移そうぜ。『あちら側』に向いながらさらに細かいことを決めればいいんじゃない?」


 桐生はそう開き直ったようなことを言ってイーニアスへと振り返る。彼もすでに気持ちが固まっている。SSも、意外に思えることだが、異論はない。キャメロンは、むしろ早く「あちら側」に行きたい様子である。聞けば彼は一度も「あちら側」に出向いたことがないと言う。幼少の頃の隔離生活のためか自分の目に飛び込んでくる新しい景色や世界に興奮するそうだ。言うなれば観光気分である。


「それじゃヴァイス、『穴』をあけてくれないか」


「了解」


 刀同様に魔法力で隠していた双眼鏡のようなものを彼はどこからか突然取り出すと、グラス越しに空中を覗く。


「このあたりか」


 掌を翳し、力を込めるとみるみる「穴」が広がる。首を差し込み中の様子を確かめると、阿国の外れだそうだ。舟を使えばすぐにユーア国に辿り付けると言う。先にヴァイスが入る。シペルを通し、続いてイーニアス、桐生、SS、キャメロン、弥生、最後に滋が続いた。


 キャメロンが「あちら側」を初体験とするなら滋も然り。二人とも通り抜けてすぐ、その顔、その口より感嘆がもれる。ただし、その風景は決してSF映画で描かれるような車が空中を飛び交う未来都市でもなければ、黄金や、お菓子でできているようなメルヘンチックな世界でもない。また、世界の秘境、絶景というものでもない。いまから一世紀か半世紀くらい前の日本の田舎の風景に似ている。東方から磯の香りがする。と思えば西方には闇夜の中で山が見える。月明かりのおかげでぽつんぽつんと民家らしき建物が点在しているのがわかるが、どれも明かりがついていない。街灯もなく虫の音ばかりが辺りに響く。空を見上げると、こちらは黒染めの大きな布に金粉を散りばめたような星の瞬きがある。空が澄んで、自分たちの住む世界で見るより随分と煌めいて見える。滋は、都会の喧騒よりも田舎の静けさのほうを趣味にする。絵に描いたような田舎の風景に心が落ち着くと言う。キャメロンもニューヨークには見られない光景だと興奮してやまない。


「まあ、三日もすれば飽きてくるんだけどね。本当に何もないから」


 そう桐生は茶々を入れた。田舎の風景は彼とて嫌いではない。しかし、それは彼らの住む世界が、田舎はあっても、少し車を出せばお洒落な服も買える、CDやゲームも買える、ハイテクな家電も買える、何でも買える大きな街が別にあるからである。だからこそ田舎を田舎として満喫できる。一歩文明の進んだ暮らしに慣れた者がひたすら田舎に放り込まれれば、あれが欲しい、これが欲しいと、すぐに禁断症状が出ると言う。少なくとも桐生自身はそうだったとか。


「さて、どうする?」


「舟を探す。見つけ次第、拝借してユーア国に乗り込もう」


「金を払ってかい?」


「できればそうしたほうがいいだろうが、もう夜だ。船頭や業者が近くにいないようなら勝手に借りさせてもらう」


「そんな泥棒まがいのことは性にあわないがな」


 イーニアスは律儀である。歩くとすぐに海が見え、波止場に小さな舟が何艘もとまっている。運良く近くに民家も見える。訪ねてヴァイスが話を聞く。船の持ち主ということで、有料で一艘借りる。借りた船は小さい。八人も乗るにはやや窮屈な上、人力で漕がなくてはならない。


「さあ、腕力自慢、本領を発揮したまえ」


 イーニアスに促されて桐生は船尾の櫓を任された。


「とりあえず俺が発進させるよ」


 皆を乗せて、ヴァイスは船尾で掌を翳す。少々大きな衝撃波を発射させる。それを推進力に舟は勢いよく海原に飛び出した。


「こりゃ、楽ちん」



続きます

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