#68 偽神
目が覚めるとそこは俺の部屋で、朦朧とした頭で携帯を探したが見当たらず、枕元のデジタル時計を見れば日曜日の10時15分を指していた。
ぼんやりした頭で辺りを見回すが携帯がない。
後で探そうと顔を洗うために一階の洗面所に向かう。
家の中がやたらと静かに感じる。
玄関を見れば靴は揃っているので出かけている訳ではないはずなのだが、家中探しても親父も母さんも見つからない。
不思議に思いながらも、腹が減ったのでリビングに向かえば、机の上ににパンがあった。
食べながらテレビでも見ようとリビングのをつけてみたのだが、どのチャンネルにしてもずっと砂嵐だった。
そして俺はあることに気付く。
俺が直前まで過ごしていた記憶は、日曜日の夕方の物だったはずだ。
思い出したように手元を見れば、さっきまで俺が手に持っていたはずのレーズンパンが完全に消えていた。
コレで確信が持てた。どうやらここは夢の中の様だ。
夢と気付くと同時に、先程まであった空腹感も消えた。
さて、ここは夢の中であるということは俺は今寝ているということになるのだろうが、咲耶のおかげで本当に反則みたいなパワーアップをし、無双状態で暴れまわったまではなんとなく憶えているがその先が思い出せない。
そのまま倒れてしまったのだろうかとも思ったが、どうせ目を覚ましたら解ることなのでまあいいかとも思った。
それよりも、せっかく久々に明晰夢を見ているのだからそれを楽しもうと俺は考えた。
しかし、俺は首を捻る。
何をしよう。
考えてみれば空を飛ぶのも暴れまわるのも既に現実で実行済だ。
何かもっと他の事をと思った時、視界の端を誰かが通り過ぎた気がした。
その誰かは玄関に向かった様なので追いかけてみれば、さっきまでしまっていた玄関のガラス戸が開いていた。
同時に、さっき通り過ぎたのは誰だったのか、なんとなく解った。
咲耶だ。
さっき視界の端を通り過ぎた時に長い黒髪が見えたし、あの身長ならほぼ間違いなく咲耶だ。
そんなことを思いながら、俺は玄関から飛び出す。
どうせあの咲耶も俺が妄想で作り出した偽物なんだろうことは知っている。
ただ、咲耶と鬼ごっこをする夢というのも悪くないと思ったのだ。
家から出て辺りを見渡せば、境内から走って出て行く咲耶の後姿がちらりと見えた。
慌てて後を追いながら、咲耶の名を叫ぶ。
寺の門を出た所で右側の道路の方を見れば、立ち止まった咲耶の後姿があった。
そんな咲耶に後ろから話しかけようとしたところ、たちまち咲耶の身体が光だし星の様な形になったかと思うと物凄いスピードで飛んでいってしまった。
一瞬あっけに取られてしまったが、それも面白いと俺は自分の身体がそのまま龍になるイメージをした。
夢の中だからか簡単にイメージ通りに身体が変形した。
早速、全速力で星になった咲耶を追いかける。
それからしばらく俺と咲耶の空中鬼ごっこは続いたが、目の前に壁を作って行く手を遮ってしまえば咲耶の動きを制限できるんじゃないかと気付き、実行してみると案外簡単に咲耶を捕まえることが出来た。
当初の目的通り咲耶を捕まえることは出来たが、その後どうするかは特に考えてなかったので、とりあえずそのまま咲耶を右前足で掴みながら飛んでいると、光る星はまた咲耶の姿に戻り、同時に不機嫌そうに咲耶を掴んでいる俺の足を叩いたかと思うと、俺の足から抜け出て俺の背中の上によじ登った。
「何がしたいのよ全く」
咲耶が呆れたように言いながら俺の額を軽く叩いた。
「俺もよくわからん」
素直に答えれば、頭上から盛大なため息が聞こえた。
「そう、じゃあせっかくだからこの前言ってたの、もう一回言ってよ」
「この前言ってたのってなんだよ」
「私が暁津比売として覚醒したとしても、私は私であって欲しいって言ってたやつ」
「ああアレか」
そう返しながら、そういえばあの後はずっといつも通りの咲耶だったことを思い出す。
もしかしてこいつは俺の妄想した咲耶じゃなくて・・・・
「つまり龍太は他のどの姫巫女より元の暁津比売より、今の私が好きってことなのよね?」
そんな俺の疑惑をよそに、咲耶は勝ち誇ったように笑った。
「それは結構何度も言ってると思うが」
「じゃあもう一回くらい言ってくれても罰は当たらないと思うわ」
上機嫌に咲耶が話す。
「今日は全く恥ずかしがらないんだな」
まあ、その時は平気でも後になって思い出して顔を赤くしていることもあるが。
「どうせ夢だもの。夢の中位好きにしたっていいじゃない。どうせ朝になったらほとんど忘れちゃうんだし」
ぼんやりした様子で俺の頭から背中にかけて寝転んでいるらしい咲耶が言った。
どうせ忘れるなら恥もかき捨てだと言わんばかりだ。
ふと、俺の意識が途切れる前の顔を真っ赤にした咲耶の顔を思い出した。
「なあ咲耶、ところで俺は鬼灯の村で一通り暴れた後の記憶が無いんだけど何があったんだ?」
普段なら恥ずかしがって教えてくれないかもしれないが、今なら教えてくれるかもしれない。
「なにそれ、アレを憶えていないなんて。私はまた龍太にアッパーカットを食らわせてもいいんじゃないかしら」
しかし、返ってきた咲耶の言葉は恥ずかしがるというよりは、かなり不機嫌そうなものだった。
「俺は一体、何をやったんだ・・・・?」
物凄く嫌な予感がしたが、そう聞かずにはいられない。
「村の人間を全員倒してその魂を私が取り込んだまでは良かったのだけど、何を思ったか人間の身体に戻ったその後・・・・・」
「そ、その後・・・?」
おいそこでやめるなよ、気になるだろうと思いながら俺は先を促す。
「・・・・・・今なら再現してあげてもいいわよ?手取り足取り」
からかうように咲耶が返した。
いい予感がまるでしない。
「いや、口頭でいいから」
「遠慮しなくていいわ」
咲耶がそう笑った瞬間、俺の身体が人間の物に戻っていた。
おい待てここは空中、そう思ったのも束の間、次の瞬間には俺達は恐らく鬼灯の村にあったような一昔前の平屋の縁側の前に立っていた。
「龍太はとてもよくやってくれたと思うのよ。お手柄よね」
咲耶はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらゆっくりと俺の方へ迫ってくる。
何をされるかわからないこともあり、釣られて俺も後ずさる。
そんなことをしていると、すぐに俺の膝の裏側が縁側の淵に当たった。
「だから、確かに、何かご褒美があってもいいのかもしれないわね」
直後、俺のすぐ目の前に来ていた咲耶に身体を押され、俺は縁側に押し倒された。
そしてそんな俺の上に覆いかぶさり、俺の顔を覗き込みながら咲耶は笑った。
同時に、何か既視感のような物を感じる。いや、でも俺の記憶だと俺は押し倒される側じゃなくて・・・・
そこまできてやっとなんで顔を真っ赤にした咲耶からアッパーカットをくらったのか思い出した俺は、あまりの恥ずかしさに大声を上げながら身体を起こした。
それと同時に夢から覚めたらしく、俺は自分の部屋のベッドにいた。
心臓がこれでもかという程に脈打つのを感じながら枕元を見れば、時計は夜中の二時をさしていた。
もしかして俺は昨日とんでもない事をやらかしたのではないかと一気に血の気が引いた。
というか、確実にあの夢の中に出てきた咲耶は本物の咲耶だったよなとも思う。
そして以前咲耶が夢の内容はいつもちゃんと覚えていると公言していた事も思い出す。
今日は月曜日だが学校は創立記念日なので休みだ。
なので学校は無いが、多分あんなことがあった後なので籠目教や鬼灯、紅鏡の人間が集まって色々と話すことになるだろう。
当然そうなれば、今回の事件の中心人物だった咲耶や俺も必ずそれに出席することになる訳で。
・・・・・・・どんな顔して会えばいいんだ。
朝方、いつも通りの時間に起きれば、案の定親父に今日は午後から家に籠目教や鬼灯、紅鏡の幹部が一堂に会して昨日の出来事の報告と今後のことを話し合うと言われた。
が、もうこの三つのコミュニティは事実上咲耶に支配されているので、実際には咲耶に今後どうするか伺いを立てるという方が意味合い的には近いのだろう。
午後には咲耶に清實さんと輝美さん、邦治さんと柿芝、そして佐倉の母親の侑子さんと佐倉が俺の家に集まり、俺と親父も加えた九人で話し合うことになった。
思ったより人数が少ない事や、知った顔ばかりなのはきっと咲耶に警戒心を与えないための配慮なのだろう。
・・・邦治さんが若いままになっている。
咲耶に視線を向ければ、
「だってこっちの方が自然体ならそれでいいじゃない。それに悠人君の父親というのなら見た目的にもこっちの方が合ってると思うでしょう?」
と咲耶は小首を傾げて清實さんと柿芝を交互に見る。
「でも今のままだと現在五十代から四十代の実の子供達三人との見た目の年齢が逆転してしまうんだが」
対して邦治さんは困ったように眉を下げた。
「その人達も取り込ませてくれれば、肉体を一から作り直して若返らせる事も可能ですよ?」
と咲耶は笑う。
「いや、それだと急に若返って家族や周囲の人間にに変に思われるだろう」
「だったら、その周りの皆さん全員を取り込んだら良いんです」
たじろぐ邦治さんを物ともせず咲耶がニッコリと笑いながら言えば、一瞬部屋の中が静まり返ったが、しばらくして柿芝が口を挟んだ。
「そんなことしてたらきりがないでしょう、だからこそあの神人の集団だって事情を知る身内だけで固まって田舎に引っ込んでいたわけで・・・・それとも咲耶さんは世界征服でもしたいんですか?」
どこかで聞いたようなセリフだと思いながら咲耶を見れば、咲耶は待ってましたとばかりに口の端を吊り上げる。
「世界征服も何も、初めからこの世界は私の物だったじゃない」
部屋中の空気が凍った。
しかもこれがただの子供の戯言と言い切れないところが立ちが悪い。
かつて世界の全てを支配していた暁津比売の話は一部の霊的コミュティの中では比較的有名な話だったらしく、その暁津比売と同じ魂を持つ咲耶がそんなことを言うということは、咲耶の中の暁津比売の意識が蘇り、本気で全てを取り戻そうとしていると解釈するだろう。
それにしても気のせいだろうか、さっきから咲耶がピリピリしているような気がする。
一応笑ってはいるが目が笑っていないというか、いつもよりよく通る声は一見上機嫌そうにも見えるが、いつもより気持ち声が低い。
俺の思い過ごしなら良いのだが。
「そうですね。是非そうしましょう。それである程度力を蓄えたら一柱ずつ有力な神々を結界で隔離した物質世界に呼び出して、どんどんその魂を取り込んじゃいましょう」
いつに無くノリノリな様子で佐倉が口を挟む。
「仮に全てを支配下に置いたとして、咲耶ちゃんはどんな世界を作りたいんだい?」
既に咲耶が世界を飲み込む前提で親父が咲耶に問いかける。
「まだ考えて無いけど、手に入れてから決めるわ」
別に神人になった今、いくらでも時間はあるのだし、と咲耶は笑った。
同時に大人達の顔が一斉に引きつったのは偶然ではないのだろう。
「わかったわ、咲耶の好きなようにしなさい。だけど、学生の内は世界征服なんかより学生生活を優先した方が良いんじゃないかしら。時間はいくらでもあっても、咲耶が学校に通って青春を過ごせるのは今しか無いんだから。世界征服なんていつでもできるじゃない」
輝美さんはそう咲耶に言い聞かせるが、まるで学校辞めて働くと言って聞かない子供を説得するかのような言い草である。
「そうだな。やっぱりなんだかんだ言っても学生の内の経験というのはその後の人生においても結構貴重なものだったりするしな」
「そうよね、咲ちゃんは再来年からは高校生なんだし、せっかくだから大学も行っておいた方が良い人生経験になると思うわ。なんだったら院でも博士課程でも好きなだけ進んで良いのよ。何せ時間はいくらでもあるのだし、お金のことは全く気にしなくて良いから」
輝美さんの言葉に続くように親父と清實さんが咲耶に進学を進める。
多分、なんとか時間稼ぎをして、咲耶が今すぐ世界征服だと飛び出すのをなんとしても阻止したいのだろう。
そして恐らくその間に咲耶を『人格者』に育て上げたいのだろう。
「・・・・・そういうものなのかしら?」
咲耶が俺の方を見て尋ねてくるので、そういうもんなんじゃないか。とだけ答えておいた。
佐倉は若干不服そうな様子だったが、柿芝に窘められていた。
単純に柿芝の場合はこれ以上の面倒事はごめんこうむりたいと思っているだけなのだろうが。
結局話は一時間程度で終わり、籠目教も鬼灯も紅鏡も咲耶が最終的には世界中の人間の魂を取り込むという計画に一応は協力してくれる様だが、学生の内は学業優先で大人しくしているようにとのお達しが出た。
それでも咲耶が嫌だと拒否すればそれまでだったのだが、案外咲耶は素直にその決定に従った。
邦治さんはその後、元の姿に戻してくれないかと咲耶に頼んだが、いつもの邦治さんも好きだが若い頃の邦治さんの方が良いという清實さんの意見に押し切られ、結局しばらくはあの若い姿で過ごすことになった。
しばらくと期限付きの様な形で邦治さんは了承したが、多分滅多な事がない限り、清實さんの猛反対で前の姿には戻れないんだろうなあとは思った。
話が終り、集まりは解散となったところで咲耶は俺にこの後予定はあるかと聞いてきた。
特に予定は無いと答えると、少し話があるからちょっと付き合えと言われたので、そのまま着いていくことにした。
心なしか大人達の視線が生温かくて嫌だった。
咲耶は当たり前のように近所の公園に俺を連れてくると同時に別次元の結界を作り、俺をその中に引き入れた。
そして咲耶は俺と向き合うと同時に、突然俺の腹に正拳突きをかましてきた。
「いきなり何するんだよ!」
小柄な割にそこそこ重い一撃を繰り出してくる咲耶に抗議する。
「これはけじめよ。そういえばまだやってなかったもの、龍太が忘れてた時の一撃。
特別にコレで勘弁してあげるわ。まあ龍太は何のことか解らないでしょうけど・・・・・・わ、私はファーストキスだったんだからね!」
赤面しながらちょっと涙目になっている咲耶の姿がそこにはあった。
多分、今朝の夢を覚えていなければ何のことだかさっぱりわからなかっただろう。
というかやっぱりしてたのか俺、と申し訳なさと罪悪感でなんとも居た堪れない気分になる。
「いや、ごめん。憶えてる。というか、思い出した。今朝、夢の中で」
しどろもどろになりながらも頭を下げて何とか言葉を搾り出す。
いつまで経っても返事がないので恐る恐る顔を上げると、そこには更に顔を真っ赤にした咲耶がいた。
「え、今朝、夢って、なんで、いつも憶えてないのに」
いつも夢の中で何してるんだとも思ったが、それを言うともう咲耶が口きいてくれなくなりそうだったので堪えた。
「いや、今日は途中で急に起きたからか結構鮮明に覚えてる。手取り足取り・・・・・」
「うわああああああああ!!!」
言いかけたところでそろそろ本気で泣きそうな咲耶が両手で俺の口を塞いで来た。
「なんで今日に限って憶えてるのよ、馬鹿ぁ!そうだ記憶の消去!書き換えをすれば!」
混乱している様子だが言っている事はかなり危ない。
「おい馬鹿止めろ!止めてくださいマジで!俺は忘れたくないんだよ!!」
慌てて咲耶の両手をもって口元からどかして咲耶を説得する。
「忘れたくないってなんなのよ!笑いものにでもしようって言うの」
更に咲耶が食い下がる。
今の咲耶は頭に血が上って何をしでかすか解ったものではない。
非常に危険な状態ではある。
とにかく照れ隠しに記憶の改ざんなんかされたら、それこそ洒落にならない。とにかくここは何としても切り抜けなくては。
「するかそんなん!可愛いからに決まってるだろうが!」
「え」
勢いで俺がそう口走った途端、咲耶の動きが止まった。
同時に俺も我に帰り、物凄い気恥ずかしさがこみ上げてきた。
「いや、だからその、積極的な咲耶も照れてる咲耶もすごく可愛いなって思ってさ、忘れたくなんてないというか」
だんだん自分でも何を言っているのか分からなくなってきたが、どうやら効果はあったらしくさっきまで騒いでいた咲耶はすっかり大人しくなって俯いてしまった。
それから二人で向かい合ったまましばらく無言だったが、
「・・・・・ま、まあ今回はこれ位でで勘弁してあげるわ」
という悪役の捨て台詞の様な許しの言葉が出たのでとりあえず胸をなでおろす。
「・・・・・・・さっき、お母さんや清實さん達は私を大学に進学させたいみたいだったけど、龍太は寺の後継ぐなら専門の大学とか修行とかに言っちゃうのかしら」
更にしばらく沈黙が続いた後、咲耶がポツリと漏らした。
「まあ普通の大学を卒業した後でも住職になるための修行はできるらしいけどな」
俺がそう答えると咲耶は弾かれたようにまだ赤い顔を上げた。
「じゃあ、龍太も私と同じ学校に行ってくれる?なら、進学してもいいわ!」
心臓が飛び跳ねた。
別に親父も元々後を継げとか継ぐならどうしろとはあまり言ってこないし、それで咲耶が進学すると言うのならきっと許可してくれるだろう。
咲耶と同じ学校に行ける。これからもずっと一緒にいられる。いや、それよりも、咲耶がそれを望んでくれた事が嬉しかったんだと思う。
それから咲耶も鞠亜も無事に一年を過ごし、四月には俺達は高校生になった。
高校生になってからというもの、早瀬の行動範囲が更に広がり、学校も中学と高校で離れたので柿芝も結構苦労している様だが、同じ学年には俺も咲耶も鞠亜も修司もいるので何とかフォローしている。
柿芝には今までかなり世話になっているのでその恩返しと、これからもそれなりに世話になる予定なのでその貯金のためにもここは大人しく働いておこうと思う。
修司と鞠亜は最近特に仲が良くなった様に思う。
でも付き合ってはいないらしい。なんでも共通の趣味がある様でよく佐倉や咲耶、早瀬も交えて盛り上がっているらしい。
話を聞いても何のことなのかさっぱりなのだが、柿芝にその事を話すとげんなりした顔で知らない方がいいとだけ返されるので、あまり深くはつっこまない方が良いのかもしれない。
高校受験が終わった頃、咲耶と二人で出かけた時の帰り道にふと尋ねてみた。
「結局、咲耶は暁津比売の記憶って蘇ったのか?」
断片的にではあるが既に大分前から咲耶は暁津比売を思わせる発言をしていたが、どうしても俺は暁津比売がどんな神だったのか全く思い出せないのだ。
竹に記憶を消された後、他の姫巫女達の事はその魂を取り込んでいたので思い出せたが、俺が暁津比売のことをどう思っていたかは思い出せても、完全に暁津比売自身のことは思い出せないのだ。
なので今の咲耶なら何か解るかと思ったのだが返ってきた答えは、
「ああ、実はあんまり解んないわ」
だった。
「なんとなくこうしようと思う。こうしないといけないみたいな気持ちは前はあったし、多分それが暁津比売の意識だと思うんだけど、最近はそういうの全く感じないの。
私が自分は暁津比売ではなく鈴木咲耶なんだって強く思った辺りから、そういうのは感じなくなったわね」
咲耶は一瞬、遠い目をした。
「ほら、鬼灯の村に向かう時、龍太が暁津比売より私がいいって言ってくれたでしょ?その時にああ、私は私でいいんだってすごく気持ちが楽になったのよ」
はにかみながら、咲耶が俺の顔を覗き込む。
何か今、物凄いことを言われた気がする。
いや、むしろこの場合、言ったのは俺なのか?
そういえばあの辺りから咲耶に他の姫巫女の性格が見え隠れすることも無くなった。
「そういう意味では、私は暁津比売じゃないのかもしれないわね。偽物の暁津比売だわ」
楽しそうにクスクスと笑いながら咲耶が言う。
「でも、だからといって何か問題でもあるのかしら?」
「問題は・・・・・何も無いな」
俺はそう答えながら咲耶と並んで歩くこの家への帰り道が、もっと長ければいいのにと思った。
にせ∞かみこれにて完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました!




