第62話 コネと絆
翌日、三人は卸市の馬車乗り場に向かっていた。
「このまま何も持ち帰らないわけにはいかない」
ファルクは歩きながらつぶやく。
「......帝国は徒歩で逃げるには遠すぎる。馬車に乗り込んだ可能性が高い」
馬車乗り場に着くと、三人はうなずき合い、人混みの中に散っていった。目立たなぬよう、影に紛れながら周囲を探る。
ラピンは人の多さに怯えながらも、頭巾をずらして耳を澄ませた。
馬のいななき、荷車の軋む音、人々のざわめき......無数の音が押し寄せてくる。
「多すぎる......」
情報の多さに、思わず耳を押さえかけた、そのとき――
「......銀......帝国に......」
「......輸出......隠して......」
ラピンの指先がぴくりと動いた。
顔を上げると、そのままファルクのもとへ急いだ。
ファルクはささやく。
「何かわかったか」
「腐食液とは関係ないかもだけど......帝国に密輸がされてるかもしれない、銀の」
銀というワードを聞いて、ファルクは目を見開いた。
珍しく動揺したファルクの様子に、ラピンは首を傾げる。
少しして、ファルクはベンチから立ち上がった。
「......行こう」
「たぶん、この辺りだよ」
ラピンがささやくと、ファルクは鋭い目だけを動かして周囲を見渡し、談笑している男たちの一団に目を留めた。
「......しばらく離れていろ」
そして人混みに紛れながら、男たちの方へ近づいていった。
「ファルクじゃねえか!お前、兵隊に取られたんじゃなかったっけか?」
「ああ。だがこのとおり、肺病になってしまってな」
ファルクは手で口を覆い、わざとらしく咳をした。
その手についた血に、ラピンは思わず声を上げかける。
だが男はニヤッと笑い、ファルクの顎を掴んで口をこじ開けた。
「なーにが肺病だ!口ん中噛みちぎってるだけじゃねえか」
ファルクはニッと笑い返す。
「お前、このあとどうするつもりだ?護衛しか能がないだろ。また銀商の旦那に雇ってもらうのか?」
「そうしたいのは山々だが、急に帰って来られても困るだろ」
「はっ、心配すんな。旦那に取り次いでやるよ!どこも人手不足だからな」
「本当か?食うに困ってたからな、ありがたい」
そして男に肩を組まれたまま、荷置き場へと連れられていった。
ラピンは柱の影に身を潜めたまま、動けずにいた。
(ファルクが護衛をやっていたのは知ってたけど......銀商?どういうこと?)
(どうしよう、戻ってこない。何かあったのかな)
そわそわと足元が落ち着かなくなり始めたそのとき、ファルクが荷置き場の奥から姿を現した。
ラピンはほっとして立ち上がりかけた。
――が、ファルクは俯いたまま、全く目を合わせようとしない。
そのままベンチへ向かい、そこに残してあった自分の荷袋を無言で拾い上げた。
ラピンはその様子を不安そうに見つめるしかなかった。
去り際、ファルクは口元を隠して、わずかに唇を動かした。
「ベンチ裏を見ろ」
――それは、ラピンにだけ聞こえるような微かな声だった。
ラピンはベンチに腰を下ろすと、そっと裏側へ手を伸ばした。すると、指先に、紙の端が触れた。
(……これだ)
ラピンは周囲を気にしながら、小さな紙片をそっと引き抜いた。
そこには、隠密班だけが読み取れる簡易暗号が記されていた。
『鏡兵器だ 療養所へ急げ』
ラピンの心臓が跳ねた。
紙を握りしめると、すぐにハニスのもとへ駆け出した。
人混みに紛れていたハニスは、
駆けてくるラピンの匂いに気づき、足を止めた。
「ちょっとこっち来て!」
ラピンはハニスの袖を掴み、人のいない路地裏へと引っ張り込んだ。
ラピンは大慌てで言った。
「ハニス、大変だよ。ファルクが強そうな男の人に連れてかれちゃって、それで、ベンチの裏に紙を残してて......!」
ハニスはラピンの手から紙を受け取り、なだめるように言った。
「落ち着いて。どういうこと?この紙は何が書かれてるの?」
ラピンはハニスの閉じられた目を見て、はっとしたように付け足した。
「暗号で......『鏡兵器だ 療養所へ急げ』って書いてあるんだよ」
「療養所って......今日、第一王子殿下が視察に行ってるところだよね?でも、鏡兵器って......?ラピン、最初から説明してよ」
ラピンは息を整えながら話し始めた。
卸市で『銀の密輸』らしき声が聞こえたこと。
ファルクが知り合いらしき人と会い、『銀商の旦那』に会いに行ったこと。
そして、戻ってきたファルクがベンチに暗号を残していったこと。
ハニスは話を聞き終えると、腕を組んで少し考え込んだ。
「ファルク、銀商人の護衛をしてたんだね......。なんで鏡に繋がるのかはわからないけど......ファルクが言うのなら、急いだ方が良いと思う。でも今からだと、今日中には着きそうにないね」
ラピンは震えた声で、だが迷いなく言った。
「森を突っ切れば、早いと思う。......僕一人で行ってくる」
ハニスは少しためらったあと、暗号の紙をラピンの手に返し、ぎゅっと握った。
「わかった、無理しないでね。僕は王都に連絡しに行くから」
ラピンはうなずくと、温かい髪を揺らし、風のように駆けて行った。




