第16話 徴兵
ある日素材を売りに出かけると、ざわついた声が聞こえてきた。
「噂によると、国境にダスクレイド帝国が侵攻してきたらしい」
「ここは影の神の聖地だろ? 戦なんて、何十年も起きてないじゃないか」
「帝国は数年続けて不作らしい。作物の豊かな土地を狙ってるんだとよ」
ロアは足を止めた。
戦争なんて、考えたこともなかった。
ダスクレイド帝国──
ノクス王国に隣接する大国。
だが、ノクス王国は影の神の聖地とされ、
他国は暗黙の了解で手を出さないのが常識だった。
その常識が、崩れようとしている。
それからしばらく経った日、徴兵の知らせが届いた。
真っ先に頭に浮かんだのは、ガルンのことだった。
「……父さんが、徴兵されるのか?」
一瞬、血の気が引いた。
だがすぐに、あの深い傷を思い出す。
「大丈夫だ。父さんは怪我をしている。徴兵なんてされるはずがない」
そう自分に言い聞かせると、不安が少しだけ静まった。
数日後、王都の役人が広場にやってきて、徴兵者の名簿を貼り出した。
村人たちのざわめきが、いつもより深刻だった。
嫌な予感がして、ロアは名簿を覗き込む。
そこに──
ロアとリオの名前が並んでいた。
ロアは目の前が真っ暗になった。
「徴兵は学校卒業後の年齢からだってよ」
「そんなに逼迫した状況なのか?」
「だからって子供を戦地に送るなんて!」
周囲の声が遠くなる。
リオは震えた声で言った。
「……兄ちゃん、これ……俺たち、なの?」
ロアは何か言おうと口を開きかけたが、言葉が出なかった。
呆然としたまま家に帰り、リネアとガルンに報告した。
「どうだった? 誰が対象だったの?」
「……僕と、リオだったよ」
リネアは一瞬、言葉を失い──
そのまま崩れ落ちた。
「そんな……そんなはずない……」
震える声で泣き出す。
ガルンは拳を握りしめ、涙をこぼした。
「俺が怪我なんかしたから……息子たちが……」
自分を責めるように、何度も何度も呟いた。
その昼、ロアは一睡もできなかった。
翌日、徴兵者に紙が配られた。
そこには徴兵日と、少年は訓練校に通い、
しばらくは補助兵として後方勤務になることが書かれていた。
すぐに前線に送られるわけではない。
その事実に、ロアは少し胸をなでおろした。
だが、隣で紙を読んでいたリネアは、小さく呟いた。
「……後方勤務でも、戦争には変わりないのよ」
声は震えていた。
ガルンはロアとリオの肩に手を置いた。
無理に笑おうとしていたが、目元は赤かった。
「補助兵なら……危険は少ないはずだ。
でも……気をつけろよ。絶対に無茶はするな」
ロアはうなずいたが、
両親の不安がそのまま流れ込んできた。
そして、徴兵の日がやって来た。
リネアは祈りを込めて縫った刺繍をロアとリオに手渡した。
布を握る指が震えている。
「……どうか、無事に帰ってきて。
これだけは、ずっと身につけておいてね」
ガルンはリオに自分の弓を、ロアには槍とアトラトルを手渡した。
「……お前たちは、俺たちの息子だ。絶対に、生きて戻れ」
ロアは涙ぐみながらも、まっすぐガルンの目を見てうなずいた。
「母さん、父さん……!」
リオは両親に駆け寄り、抱きしめた。
ロアは深く息を吸い、家族の顔を順に見つめなおした。
痛いほど苦しいのに、
どこかに覚悟のようなものが芽生えていた。
家族に別れを告げたあと、ロアはフローラの姿を探した。
緊急事態のため、帰郷しているはずだ。
──そのとき、広場の人混みの中にいるフローラと、目が合った。
「ロア……!」
フローラが駆け寄ってくる。
その瞳は涙で揺れていた。
「ロア……行かないでよ……。
戦争なんて……そんなの、いや……」
ロアはフローラの手を取り、影裂きカラスの尾羽のペンをそっと乗せた。
あの日、ガルンが「お前が持っておけ」と託してくれたものだ。
「……これ、持ってて。
僕が、ちゃんと帰ってくるって、証に」
フローラは唇を噛みしめ、ペンを胸に抱きしめた。
「必ず、手紙を書くわ」
フローラはそう言って、ロアの手をぎゅっと握った。
──こうしてロアは、
静かな村を離れ、戦の影が迫る世界へと歩き出した。
ここまで読んでくださってありがとうございます。これにて第二章終了です。
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第三章では、個性的な仲間が三人登場します。引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。




