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14.リナックスはなぜWindowsになれないのか

 今回はリナックスのちょっと面白い話。

 海外で、「LinuxはWindows互換機になるべきだ」という論があるようですので、その考察ですね。


 Linux、使えば使うほど、「なんでこれWindowsと同じにしないんだろう」と思うでしょう。

「完全にWindows互換にしてしまえば、もっと普及するだろうに」って。

 WineのようなWindowsのアプリを動かすソフトウェアや、Linux上でVirtualBoxを使ってWindowsを仮想空間で動かすことまでできるんだから、だったらいっそこれをメインにしたらいいじゃないかと。


 実際、海外では「LinuxはWindowsとの勝敗にこだわりすぎる。WineでWindowsと同じ(互換機)になってしまえばすべて解決」という声もあります。

 実はそうできない理由というか、やらない理由がLinuxにはありまして。

 これは、Linuxの方が優れているとか、Windowsのほうが優れているとか、そういう話ではなくて、なぜこの二つは違うのか? という話です。



 昔、コンピューターはバカでかかった。

 コンピューター室があり、多くの技術者がそれに端末ターミナルを繋いで運用していました。その時誕生したのがUNIXというOSであり、そのバカでかいコンピューター同士をつないだり操作するためにUNIX系コンピューターがあちこちでネットワークを作って、やがてこれがインターネットの元になりました。


 その一方で、集積回路が高性能化し、計算したりプログラムを組み込んだりできるようになりますと、「これコンピューターにできるんじゃないか?」と多くの技術者がそれにチャレンジし、マイクロコンピューターが生まれ、「パーソナルコンピューター」が誕生しました。

 会社に一台、ご家庭に一台、一人に一台、コンピューターが持てるようになったんです。


 パソコンは、電卓と同じ。それ単体で動くこと(スタンドアロン)を前提に設計されていましたので、独自のCPU、独自のOS、独自のアプリケーションで動いていても問題なかったのです。当時は。

「パソコン? PC98の話か?」なんて時代よりさらに前の話ですよ。

 本当にコンピューターメーカーが全部バラバラにハード、OS、アプリを開発していて誰も一つのOSで統一なんて全く考えていなかったのです。日本国内でさえPC-98とFM-TownsとX6800のゲームアプリが並んで売ってたんですから今考えると何と無駄なことをやっていたのかとあきれますが、ファミコンとサターンとプレステみたいなことをパソコンでもやっていたと言えばわかるでしょうか。

 本当に様々なOSやハードやアプリケーションが生まれ、淘汰され、現代に生き残ったのがWindowsとMacOSなのはご承知の通りです。


 一方でLinuxは名前を見ればわかるとおり、UNIXをベースとしており、UNIXをパソコンで動かせないか? という一学生のアイデアから始まっています。丁度16ビットパソコンが普及し、32bitへ移行し始めた時期でした。電卓レベルでなく、本格的にOSが組み込める高性能なパソコンが普及したから、こういうアイデアが出てきたわけですね。

 世界のコンピューターシステムはUNIXでできている。だったら、パソコンもUNIXで動かせば、大学のコンピューター室まで行かなくても家のパソコンでプログラミングができる、と。

 LinuxはUNIX互換機だったのです。

 こうしてUNIX、Linux、Windowsは全く別の分野で、それぞれ勝手に発展していった背景があります。


 ところが、ついにUNIXとパソコンをもつなぐことができる世界的ネットワークの「インターネット」が誕生しました。世界中のコンピューターがUNIXシステムに接続できる時代がやってきたのです。

 AppleはMacOSXからそのベースをUNIXに移行したのは知られています。大学などがMacを使いたがる理由です。しかしその時にMicrosoftがやったことは、そのネットワークに「Windows」で繋ぐことだったのです。


 既にスーパーコンピューター(スパコン)やインターネットサービスやサーバーやネットワークが全部UNIX、UNIX系互換OSで動いていたのに、です。

 後にライセンス不要のLinuxがUNIX互換OSとして爆発的に普及し、部屋いっぱいの巨大なスーパーコンピューターから、プロバイダにあるでっかいサーバーも光ファイバーシステムも、Googleのシステムも各地に作られるデータセンターも、電気店で買えるルーターもWi-Fi機器も全部Linuxで動いている、という状況になりました。

 世界のUNIX機は、今やLinux互換機に完全に置き換わりました。


 パーソナルコンピューターの世界では「無料のWindows互換OSができて世界中がそれを使いWindowsがこの世界からなくなってしまった」なんてことは起きていません。でもコンピューターネットワークシステムの世界ではそれが起きてしまいました。


 Windowsの実態は、「パーソナルコンピューター」という極めて限定された局地的に独自の文化を持った異端かつ少数派だったのです。

「Windowsがインターネットで世界をつないだ」なんて言っても、実はそれ全部、世界の巨大なコンピューターネットワークの最下層で、「これもつないでいいですかね?」ってやっていたということになりますね。だから、「LinuxはWindowsのアプリを動くようにしろ」というのは、非常におかしな主張ということになるのです。


「パソコンをUNIX互換機にして、UNIXのアプリを動かせるようにしたほうがいいんじゃない?」


 最初はWindowsやUNIXに取って代わる気は全くなかったとしても、Linuxの目的は最初からずっとそうだったのですから。 


 現在インターネットにはWindowsがつながり、Macがつながり、スマホもゲーム機もつながっています。みんな異なるCPUで異なるOSでも、同じサービスが受けられるようになっています。

「LinuxをWindows互換機にしろ」というのは、残念ながら後出しもいいところでいまさらだと笑われる話なんですな。


 Linuxプロジェクトは無償のボランティアです。

 そこには、コンピューターは、OSは、ネットとは自由であるべきだという理想があります。

 だから「Windowsになれ」とか、「LinuxはOSじゃねえ」なんてことは、言ったらダメなことだと思いますねえ。


 誤解のないように言えばMicrosoftはパソコンをWindowsで統一することで誰もが品質の高いサービスを公平に受けられるように企業努力し、結果的に非常に低コストで全人類がコンピューターを使えるように貢献してきました。たった一社でこれをやり遂げたのは凄いし、偉大なことです。

 何もわからない人がLinuxを使えるようになるまでの時間と労力は、Windowsの価格より安いとは言い切れないでしょう。


 UNUXはプログラマ、システムエンジニアといったコンピューターのプロが使うもの。だから自分でどのようにも改造できるLinuxが普及したのです。コンピューターの知識がゼロの人、自分でプログラミングできずに使う人が困ったときにコールセンターに電話するパソコンとはそもそも土俵が違うのだ、ということは理解しておかないといけません。

 LinuxはOSとアプリを提供する以外のどんなサービスも存在せず、必要なことは自分でやれという文化です。LinuxがWindowsの互換機になってMicrosoftが倒産したって、ユーザーはそっちの方が何倍も困ります。


 市場はコストや技術の優位度だけで決まるわけではなくて、サービスの質で決まるのだと実感できる一例だろうと言えますね。



 今回の話は以上です。


 Wineの致命的な欠陥なんですが、過去の文字コード体系に構造上対応できておりません。

 現在のパソコンはUTF-8という地球上のあらゆる言語を網羅した国際文字コードを採用していて、海外のインターネットのサイトを文字化けしないで現地の言語が表記できるようになっています。

 しかし一方で、Windows7か10とかでXP以前のアプリをインストールすると動くことは動くのですが、Shift-JISじゃないから日本語入力ができない、ということが起こり、実際経験した人もいると思います。

 Windowsでも対応できないんだからLinuxのWineがこれに対応できるわけもなく、「Linuxは今日からWineでWindows互換機になりました! Linuxアプリはもう不要です!」をやられると、文字変換して打ち込んでいた日本語入力、中国語入力、韓国語入力その他の一部の外国語で変換難民が大量に発生します。

 アルファベット文化圏の西洋の人からしたら「しらんがな」なんですけどね……。


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