第九話 仲良しテンチョーとシャチョー
「うぃっすテンチョー。日用品ドカッと買うから、無駄話に付き合ってくださいよー」
「おやおや、これはこれは。すこーし噂になってる社長さんじゃないか」
その日、ストーンが営む雑貨屋には、顔馴染みになりつつあるツクモが来店した。
「なになに? 浮遊王都の西地区でかっこいい行動力の化身が大活躍。隠れファンが増えて困っちゃうなー。みたいな感じー? 」
「口の悪い若造・チンピラと喧嘩しながらとっ捕まえて、毎日ドッタンバッタン大騒ぎ。ってタイトルだね」
「ふふ。小指の先も訂正する余地がないとは恐れ入った。ふ、ふふふ」
やれやれと言わんばかりに三枚目の顔を作ろうとしたツクモだったが、客観的事実を突きつけられると、乾き切った愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「ま、冗談はさておき凄いじゃないか。ついこの前に立ち上げたばかりで、もうこの南地区まで武勇伝が聞こえてくるよ」
「それだけ毎日馬鹿騒ぎが起きてる西地区の悪口言っていい?」
「長くなりそう?」
「割と」
「じゃあ聞かない」
「ちぇー」
やはりストーンとツクモは相性がいいようで軽口を叩き合う。
そしてつい先日立ち上がったばかりのPH警察会社だが、毎日複数人を捕まえて区に突き出しているため、地区の違うストーンのところまで多少の噂が流れて来た。
曰く、やたらと口が悪い小僧が、しょっちゅう色々なところに顔を出しては、誰かを捕まえている。
曰く、貴族のようなお嬢様が所属しているから、多分お上の道楽。
曰く、結果だけを見ていると真面に感じるけど、直接話したら疲れる。
など、かなり大雑把な評価が与えられていた。
しかし、西地区の住人に品がない者達が多いからこそ、新興企業が噂になるのであり、国政の視点から見れば悪しき兆候だった。
「会話が成立しなくて困るんだよなあ。三十代のおばはんが、私がルールだからヤク吸っても罪になる筈がない! とか大真面目に言うもん」
「分かる分かる。偶にお金を放り投げて、床に落ちてもお前が取れって言うお客さんがいるけど、ちょっと違う世界に生きてるんだよね」
「お客様は神様って言葉をそのまんま使ってる奴かー」
「そう。あれ、普通のお客様が神様であって、迷惑客には客って言葉も必要ないよ。単なる迷惑」
「迷惑客・字数が多い・迷惑だ。どう?」
「ありか無しかで言えば、あり」
「まじかよやったぜ」
ツクモとストーンの会話は、ちょっとした愚痴の交換会になってしまった。
不思議なことに自分がどう思われているかを気にせず、無根拠に一番偉いと妄信する者達はどこにでも一定数存在している。
問題なのはそれが個人的な付き合いなら、さっさと離れたらいいだけだが、このタイプはやたらと活発的で、関係ない人間が巻き込まれてしまうことだろう。
「しかし、ヤクかぁ。やっぱり多い?」
「うーん……まだ多少レベルなんだけど今後はどうだろ。前に話した通り、絶対アイテムボックスで持ち込んでるから供給が止まる気配がねえんだよね。手ぶらの人間が百キロ単位でヤクを運んでるなら、バレる筈がない」
「だよねえ……」
「もう対処方法は、ヤクを作ってる拠点でキャンプファイヤーするしかないレベル」
ストーンは聞き捨てることができない、違法薬物ついて尋ねた。
ツクモが【最重要鬱陶しい物品】に指定しているアイテムボックスは、違法薬物を運ぶツールとして完璧だ。
一見すると手ぶらに見えても、実は百キロ単位で違法薬物を運べ、しかもそれを調べる手段が今現在は確立されてないとなれば、浮遊王都に薬物が運び込まれるのを防げなかった。
「鋼の衛兵がいない今は、売人にしたら稼ぎ時だもんねえ……」
「まあ、ヤクの現物と売人、買った奴のトリプルコンボで俺らも稼いでるから、ちょっとは抑えれてる……筈」
「本格的に流通する前にツクモ君が会社を立ち上げたのは、これ以上ないタイミングだったなあ」
ストーンの言う通りだ。
混乱の極致にある浮遊王都は、犯罪に携わる者達にとって絶好の稼ぎ時で、今の内にと言わんばかりに行動していた。
しかし流通が多くてもいきなり違法薬物に手を出す人間は多くなく、まずは治安が少々よくない西地区で顧客を増やそうと思っていたタイミングだった。
だがその最中にPH警察会社が現れた。
この組織は遊び感覚で作られたくせに手を抜かず、違法薬物に関わる人間を捕まえまくっており、ツクモはそう遠くないうちに区から表彰されちゃうかなー。と思う働きぶりだった。
「……自分が生まれる前の話だから当事者じゃないけど。レオンハルト様がアイテムボックスを作った時は、そりゃあ凄い騒ぎだったとか」
「値段が高いとはいえ複数作れるなら、物流に革命が起きたっしょ」
「そうそう。中の鮮度が落ちずに、一人が何百キロも運べるんだから、この一点だけでもレオンハルト様は歴史に名を残すに相応しい人さ」
「んだ。でも管理しなかったと」
「今日もいい天気だね」
「んだ」
父母から英雄勇者レオンハルトの功績を聞かされて育ったストーンは、切ない表情で天井を見上げる。
レオンハルトは物品が悪用されたなら、悪用した人物に全ての責任があると考えたのだろうか。その論も正しいは正しいのだが、下手をすれば国家を揺るがすアイテムボックスに適用していい論ではない。
尤も憶測に過ぎず彼がなにを考えていたか最早知る術はないが、事実だけを述べると特級の危険物に早変わりするアイテムボックスは、誰がどれだけ所持しているのか。そしてなんの目的で運用しているか全く分からなかった。
「あ、蝶々。おっほん。他地区の同業他社はどんな感じかなー」
「真面目なところは四苦八苦。遊びでやってる若者は問題を起こす側だね」
「お上は?」
「元々噂で流れてたんだけど、どうもレオンハルト様の葬儀で予算をふっ飛ばしちゃったのがほぼ確実かなーって……当分首が回らないかも」
「ド派手にやった?」
「そりゃ勿論。いやあ凄かったよ。各国の王とか宗教指導者は揃い踏みで、一か月くらいはずっと葬儀と儀式やってたかな。なにせ世界を救った英雄勇者だから、地味にやったら国体を損ねるよ」
「そりゃ仕方ない」
「まあ、金と人がないから警察組織が立ち上がらないとか、現在進行形で国体を損ねてるけどね。はははは。はあ……」
「大丈夫? 飴玉いる?」
「貰おうかな」
ツクモが遠い目になっているストーンを正気に戻すため、今現在の浮遊王都について尋ねたが、余計に暗い話題になってしまった。
「ま、テンチョーなら何があってもやってけるさ。最悪、ウチに駆けこんできたらいいし」
「なんて優しいんだ……きっと君は好青年の代名詞として名を刻むに違いない」
「それほどでもある。そんじゃ注文を発表しまーす」
「へい毎度ありがとうございます神様お客様!」
そんな暗い雰囲気はどこへやら。
ツクモが必要な物品を注文しようとしたら、ストーンはにこにこと笑顔を浮かべ、揉み手までするではないか。
まさに商売人の鑑だった。