ep11.予想もしなかった公爵の過去
「今日も…ですか?」
私が驚いてつい聞き返してしまうと、子供の頃のレオが思い浮かぶような発言をする。
「ああ、まだどのデザートが一番美味いか決まっていないからな。」
レオは私と街に出掛けて甘いものが好きだとバレた日から、それを隠さなくなった。
それどころか、自分が甘いものが好きだと言うことを全面的に出している。
「!っふふ。」
「っな、なんだ?」
「すみません。ただ、公爵様が楽しそうで良かったと思いまして。」
「俺が、楽しそうだと?」
どうやらレオは自覚していなかったようだ。
確かに私が大人のレオを見たあのハイライトのない全てどうでもいいような目をしているレオはの目は変わった。
今では次はどこに行こうかと少しワクワクしているようにも見える。
「楽しくありませんか?次はどこのデザートを食べようか。どんなデザートに巡り会えるか。どんな味をしているか。考えるだけで楽しみになりませんか?」
「…そうだな。…………お前となら、もしかすると……」
「はい?」
聞こえなかった言葉を私が聞き返そうとすると、上手くはぐらかされてしまった。
「いや、何でもない。とりあえず、令嬢が良いのなら支度をしてくれ。」
「分かりました。」
レオに言われて支度をし、玄関ホールで待っていると、レオはすぐにやって来た。
いつも通り、まだ行ったことのないデザート店を厳選し、美味しそうなデザートを見つけて、今日はこれにしようかと決めて試食した。
帰りもいつものように、互いに無言になるのかと思っていたが、予想外のことが起きた。
「令嬢」
「っはい」
なんと、レオから馬車内で声をかけてきたのだ。
ここで声をかけられたのは初めてなので少し戸惑ってしまったものの、しっかりと返事をした。
すると、レオはとても申し訳なさそうに私に言った。
「二週間後の婚約発表の日、すまないが俺はお前に触れることが出来ない。」
何故それを申し訳なさそうに言うのか私には分からない。
私も触れて欲しくて婚約を結んだ訳ではないのだから全く構わないのに。まだ私がレオの愛欲しさにここにいると思っているのか。
「…大丈夫ですよ。これは政略結婚ですので、無理に触れなくて大丈夫です。ですが入場する時はどうしても腕を組まなければいけませんね…。」
私はしばらく考える素振りを見せた後、とある提案をした。
「…今日から少しずつ、練習をしてみませんか?」
「練習?」
「はい。まず初めは軽く指先だけでも触れて見るのです。最終的な目標は手を触れるようになることですので、手を繋ぐことが出来れば充分でしょう。どうですか?やってみますか?」
この提案は、本当に私がレオに触れたい訳ではなかった。
ただ、これもレオが素敵な人との出会いが会った時、過去に何かあったせいで好きな人に触れることが出来ないとなれば、それほど悲しいことはないだろう。
だからせめて、私に出来る手助けと言うやつだ。
「…頼む」
「分かりました。…ではどうぞ。」
向かい合って座っているレオに、私は手を差し出した。
「…?俺はどうすれば良い」
「触れることが無理なら、今日は人差し指だけ握る、もしくは触ることが出来たら充分です。」
「なるほど…。分かった。」
おそるおそるといった風にレオが手を近づけていくと、やがて私の指とレオの手が触れた。
レオは猫みたいにすぐに手を引っ込めたけど、元々触れすらしなかった人にしては上出来だ。
「良い調子です。このまま少しずつ慣らしていきましょう。」
「…令嬢、二週間前俺に聞いたよな。何故女に触られたくないのか。」
「はい。」
「教えてやる。練習に付き合ってもらう代わりだと思え。」
まさか自分の口から言ってくれるとは思わなかった。
二週間毎日顔を合わせた甲斐は合ったようだ。
「……俺は…」
「…」
レオは俯いたまま、私に事情を話し始めた。
「父と母と3人で暮らすただの幸せな子供だった。」
話し始めたレオは少し悲しそうで寄り添ってあげたくなったが、今世の私では出来ないことなので、我慢してレオの話の続きを聞いた。
「だが母は病弱で、俺が10歳の頃に身体が限界を迎えて亡くなった。それまでは、女と触れても平気だった。」
…何となく分かってしまった。この先レオが何を言うのか。
私が無理を言って理由を聞いてもいいかと言ってしまっただけなのに、レオは思い出したくない過去を私のために丁寧に説明してくれている。
そんなレオの気持ちを無下には出来ず、私は黙ったままレオを見つめて真剣に聞いた。
「母が亡くなってすぐ、父が新しいお義母さんだと言って連れて来たエスメという女性がいた。俺はその人とも良い関係を築けるよう努力したが、無理だった。義母上…いや、エスメは俺のことが気に入らないらしく、嫌味を言われる日々が続いた。そしてある日、エスメに食べ物に毒物を入れられた。父には謝られ、エスメは追い出されたが、それから女と生活を共にすることは愚か、触れることすら出来なくなってしまった。」
私は本当に愚かだったのかもしれない。
私が死んだ後、そんなことがあったなんて思いもしなかった。
先代公爵夫人が亡くなっていたことも、この話を通して初めて知った。
とても、悲しかった。こんなことになっているなら、私はレオに殺してなどと頼まなかった。
レオにとっては、私と何かをすることは苦痛でしかないだろうから。
「話してくださってありがとうございます。…公爵様、私は公爵様のお気持ちが全て分かる訳ではありません。ですが、母を失った悲しみや、酷いことをされた記憶は決して簡単に消えるものではないことは知っています。公爵様がご自分の気持ちをコントロールしていることも重々承知しています。ですが今だけは、感傷的になっても良いのではありませんか。公爵様のお母様のために泣いていいのではありませんか。…ここには、私と公爵様以外誰もいませんから。」
「……ああ。」
そう言って、静かにレオは泣いた。今までのことを振り返るように、レオの涙はしばらく止まらなかった。
私に涙を見せられるくらいには信用を得られて嬉しかったという気持ちもあったが、それ以上にレオのこれまでの境遇に私まで涙が出そうになった。
そのうち、私も向かいから隣に行った。触れることは嫌がると分かっているため、ただ隣に座って静かにしていた。
するとレオが静かに、そして呟くように言葉を吐いた。
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