第24話 閑話 セルヴィアルヴィ
私の名前はセルヴィアルヴィ。
妖精界で生まれた、風と好奇心に属する新しい世代の妖精です。
え?
妖精はどうやって生まれるかって?
えっと、妖精はですね、赤ちゃんが初めて微笑むときに生まれて、子供が「妖精なんていないよ!」と言うたびに消えていくんです。
嘘ではありませんよ?
本当でもありませんけど。
妖精は精霊であり幻獣であり魔物でもある、ちょっとややこしい存在です。
普通は精霊の一種ってことになっていますね。
世界にはたくさんの生き物がいて、日々、その喜怒哀楽があちこちで生まれては消えていきます。
でも発せられた感情はそのまま消え失せるのではなくて、わずかばかりの残滓が残され、それは魔素の流れにのって廻り、ときどきどこかに溜まります。
それが妖精の集まる場所だったとすると……?
そう、妖精が生まれるんです。
生まれる妖精はその場の環境と一番影響のあった感情に属することが多く、また姿も様々ですが、やはり感情の発露が大きくてはっきりしている人の形になる場合が多いですね。
今でこそ妖精はちょっとだけ悪戯好きの無害な存在ですが、これがずっと昔となると、ひどい悪戯をするものがたくさんいました。
きっとその時代、そういった妖精の元となる感情が世界に渦巻いていたからなのでしょう。
このひどい悪戯をする妖精たちのせいで、妖精は汎界を追われることになりました。
私のような新しい世代からすれば、本当に迷惑な話です。
△◆▽
妖精が汎界から追放されて長い年月がたちました。
ひどい悪戯をする妖精たちも今ではずいぶん数を減らしすっかり大人しくなったため、そろそろ汎界との交流を始めてはどうか、という考えが妖精たちの中で多くなっています。
それはときおり妖精界に迷い込んでくる人から『汎界において妖精はもうほとんど御伽話の存在』であり『強い憎しみを抱くような者はいない』と教えてもらったというのが大きいのでしょう。
そこで妖精女王は交流を始める準備として、汎界に使者を派遣することを決めました。またそれは、汎界の人々が妖精をどのように思っているか、本当のところを調べるためでもあります。
この使者の選出にはいくつかの条件がありました。
任務を全うできそうな者というのはもちろんですが、親善大使としての役割もあるので短気だったり、協調性がなかったりと、性格に難のある者ではいけません。
任務そっちのけで遊び呆けるなど、もってのほかです。
こういった条件で絞り込んだ結果、残ったのはほんの数名。
その数名のなかで私が『特務妖精』として選ばれたのは、私が魔導力の感知に長けており、自力で妖精門となる場所を見つけて帰還することができるという点が評価された結果でした。
しかし、自慢ではありませんが私は妖精界でそれなりの立場、任務で妖精界を長く留守にするのはちょっと不安を覚えます。
みんなけっこういい加減ですから。
でも選ばれてしまったからにはもう頑張るしかありません。
妖精界のことは親友のララに任せます。
こうして私は特務妖精として汎界へ渡り、活動を始めました。
まずは情報を集めるため、たくさんの人から話を聞きます。
迷い人が言ったとおり、妖精への風当たりは予想していたほど強くはありませんでした。
向けられるのは敵意よりも好奇です。
ただそれでも、なにか悪戯をしてくるのではと警戒されることはよくありましたし、また過去に起きた不思議な出来事が私の仕業であったのではと疑われることもありました。
それで知ったのですが、汎界で不可解な出来事が起きた際、原因がわからず終いのときは『妖精の悪戯』ということで片付けられるようです。
なるほど、と理解はできますが……複雑な気分です。
私はこういった話を妖精界に帰還して伝えながら、この誤解をどうにかできないかと考えるようになりました。
もし私が『妖精の悪戯』の謎を解き明かし、それが妖精のせいでなかったと人々に伝えることができたら……。
それはわずかばかりでも、妖精の名誉を回復させたといえるのではないでしょうか?
この考えに賛同してくれたのがいつも愚痴を聞いてくれていたララで、それから私たちはこの計画をどう実現するか話し合いました。
妖精らしくない妖精を演じ、相手の興味を惹くという工夫。
特務妖精よりもわかりやすく印象に残る肩書きの考案。
こうして私は『私』であることをやめ――。
――そして『僕』であることを僕は始めた。
そう、妖精探偵セルヴィアルヴィの誕生というわけだ。
僕の本格的な活動――『妖精の悪戯』という謎退治はそこから始まった。
もちろん楽なものではなかったよ。
それでも努力を積み重ねたかいもあり、徐々に成果が現れるようになった。
ようやく任務が軌道に乗ってきたことは嬉しい。
ただ、その代償として、なかなか妖精界へ戻る機会に巡り会えなくなってしまったのがちょっと、ね。
ふと妖精界を懐かしく思うことはよくあるし、ララに会えないのは正直寂しい。
でも、これは妖精界のためだから。
ララ、僕は頑張っているよ。
△◆▽
魔導的な要因によって引き起こされた『事故』、それが僕の退治してきた『妖精の悪戯』の多くを占めた。
けれど中には本当に不可解な事件もあって、もしそれが一つの地域で多数となると、その場合はほぼ例外なく使徒が関わっていた。
良くも悪くも使徒は騒ぎの元になる。
悪さの結果というのは論外だけど、良かれと思っての行動がきっかけになってしまうのだ。
原因はこの世界が元々いた世界とは違うと区別しきれておらず、同じ感覚で行動してしまうところだと思う。
当人としては些細な親切のつもりでも、相手からしたら望外の施しであったりとか。
例えば……そうだね、近所の人が体調を崩したとして、使徒は親切心から特別な薬を提供する。これで「よく効く薬だから」とでも告げて渡してくれていたら話はまだ簡単なのに、変に正体を隠したがってこっそり提供するものだから話はややこしくなるんだ。
薬を飲んだ近所の人は、体調どころか古傷や持病まで完治してしまって大騒動。
さらに薬が残っていたりして、それが外部――病気の家族がいる貴族とかに流れたらさらなる大騒動の始まりってわけだ。
まあそれでも、見つけだして話をすればだいたいの使徒はちゃんと理解してくれた。
基本的に善良みたいだからね、そこはほっとしたよ。
正直なところ、スライム・スレイヤーみたいな使徒に遭遇したらどうしようかと不安だったんだ。
うん、もしかしたら、そんなふうに油断していたのがマズかったのかもしれないね。
そして僕はユーゼリア王国の王都ウィンディアで彼――ケインに出会うことになった。
たった数日の聞き込みで『妖精の悪戯』が多数集まったことから、僕は使徒がいると確信すると同時、『今回の使徒はこれまでに会った使徒とは違う』と警戒を強めることになった。
なにしろ、事件のほとんどが本当に不可解で不穏なものだし、それをケインはこの都市に訪れて一年も経たないうちに発生させたのだ。
間違いなくやっかいな使徒――。
そう覚悟して僕は宿屋『森ねこ亭』へと向かった。
そしたらスプリガンがいた。
どういうことなの!?
なんでこれがこんなところにあるの!?
話にしか聞いたことはなかったけど、目にすればわかる。
間違えようがない。
これこそが『古い妖精たちの最後の悪あがき』にして『汎界に晒され続ける妖精の恥部』たる呪われた鎧、スプリガンなんだって。
きっとケインって使徒は、ほかの使徒たちの言葉を借りるなら『トラブルメイカー』って存在なんだと思う。
まさかこんなものまで呼び込むだなんて……。
僕は鎧との口論を続けながら、もっと準備してから訪れるべきだったかと後悔し始めていた。
そんなとき、僕に話しかけてきたもの。
それは猫のような……。
一瞬、ケット・シーかと思ったけど違う。
もっと強大な、もっと別のとんでもないものだ。
でもそう驚くと同時、なぜだろう、これまで数場を踏んできた経験が閃きを生んだのか、僕にはこの猫がケインだと思えた。
その閃きは間違いではなく、この猫こそがケインであり、そしてこのウィンディアで起きた多くの事件の元凶であったのだが……首からさげている看板を見ると、もしかして彼は僕が現れることを事前に知っていて、おちょくっているのではないかと邪推してしまう。
話を聞けば偶然ということはわかるんだけどね。
いや、たぶんこういうところが彼のやっかいなところなのだろう。
そしてそれは、彼自身どうにもできないことなのだ。
ケインはちょっと往生際は悪かったものの、スプリガンのように『話ができない相手』というわけでもなかった。
そこで僕は猫の状態を改善する助けになる(かもしれない)助言をすることを引き換えに、多くの事件への関与を白状させた。
それで約束通り僕はケインを調べたわけだけど……うーん、ちょっと僕では手を出しようがない領域の現象っぽいんだよね。
僕ができたのは本当に助言でしかなかったけど、それでも善行を積むといった『善いこと』を実践すればなんらかの変化はあると予想できたんだ。
これもあって、僕はケインには助手になってもらうことにしたんだけど……まさかその最初の仕事で成果を出し、さらに騒動まで引き起こしてしまうとはね、さすがに予想できなかったよ。
さらに騒動はその日のうちに大騒動までになって、どうするのかと思ったら彼はその状況を逆に利用、善行を積むことをそのまま世界規模にまで拡大してゆく可能性を示してみせた。
色々な意味で、彼はこれまでの使徒とは違うようだ。
でも、だ。
にもかかわらず彼の状態は一向に改善されなかった。
勢い任せではあれど、けっこうな善行なのにどうして……?
そんな疑問に一つの答えらしき仮説をだせたのは、次に起きた子供の誘拐事件解決後だった。
子供たちを親元へ帰したあと、どうやら彼の体の一部は元に戻っていたようだ。
残念ながら手のとき同様、すぐに戻ってしまったようだけど。
僕が考えるに、すべては彼の精神性――心によるのだろう。
髪を生やしたい人たちに関わる仕事を神殿に丸投げしたのは『面倒だから』であり、この彼自身の割り切りが彼のした『善行』を『良いこと』にしてしまったのだ。
その心の在り方によって『善行』と『ただの良いこと』に区別される。
おそらく、彼の性根が真っ直ぐであればとっくに状態は改善されて人に戻れていたんじゃないかな?
でもそうなると気になるのは、いったい彼の心は何によって判断されているかということだ。
まさかわざわざ神様が判断しているってわけでもあるまいし……。




