第25話 宿屋、空から来たる
スプリガンの呪いに苦しむ誘拐犯たちを眺めていてもそう面白いわけではなかったため、あとのことはユーゼリア騎士団に任せ俺たちは助け出した子供たちをつれてご両親が待つ神殿へと帰還した。
我が子の無事な様子に、心配していた親御さんたちはようやく安心して顔をほころばせる者もいれば、逆にしわくちゃにして泣きだしそうになる者もいる。
それで一方の子供たちはというと、親御さんに撫でられたり抱きしめられたりしながらも「猫ちゃんが助けにきてくれたの!」と熱烈な猫ちゃん推しであった。
うん、元凶とはいわないまでも、要因の一つであった俺としては正直心苦しかったりもする。
幸いなのは、親御さんのなかに「変な猫についていくからこういうことになるのよ!」と怒ったりする者がいなかったことだろう。
その場合、俺はまったく否定できなかったし、さらには間に入って平謝りするしかなくなっていた。
「なんとか一件落着ニャー」
家族の再会を眺めつつ、色んな意味で安堵したところ――
「んニャ?」
俺はふと下半身に違和感を覚えた。
すーすーする。
やけにすーすーとして、謎の解放感が心を満たすのだ。
「こ、これは……下半身が戻ってるニャ……!」
危ない。
コートを身につけていなければ即死(社会的)だった。
この突然の事態に、俺は体の一部が戻ったことを喜ぶよりも、今の状態が誰かにバレやしないかと震え上がることになり、さらには手が戻ったとき同様、この状態が一時的なものであることを祈ることになる始末。
温かな雰囲気に包まれる神殿にて、俺だけがひやひやすることしばらく。
おそらく日頃の行いがよかったからだろう、なかなかしぶとかったものの誰かに気づかれる前に俺の下半身は猫に戻り事なきを得た。
「まったく、焦らせやがるニャ」
「いや、そこは喜ぶところじゃないのかい?」
神殿からシルさん家に戻ったあと、俺は体の変化についてヴィヴィに相談した。
「しかたねーニャ。腰から上が猫で、下が人間なんて、そこらの化物よりも不気味だニャ。確認したいとも思わねーニャ」
「確かにそれは不気味だろうしね。しかし今回は効果があったのか。君が具体的になにかしたわけでもないのに……。ふむ、そうなると、やはり症状改善の鍵となるのは君の心なのかな」
ヴィヴィの見解では、俺の性根が真っ直ぐになれば猫の姿から解放されるとのことだが、これはまったくおかしな話である。
「ニャーほど自分に正直で真っ直ぐな心の持ち主なんてそうそういないはずニャ」
善行を積んだら予想通りいよいよ霊験あらたかとなり、ついには信仰の対象になってしまったほど。
そんな俺の性根をより真っ直ぐなど、きっとそれは世界の理を突き崩すような矛盾を発生させるに違いない。
「うーん、根幹は善良だと思うんだけどなぁ……。それがこれだけねじ曲がるのは……問題なのは思考かな……?」
まったく失礼な妖精である。
それでは俺が『頭のおかしい人』のようではないか。
△◆▽
誘拐事件が解決したあと、これまでの短い期間でけっこうな善行を積んでいた明王を選び、今回の功労と合わせて、ということで育毛の儀式を受けさせ頭をふさふさにしてやった。
これは『ただ扱き使ってるわけではありませんよ』というアピールであると同時、未だ明王である者たちを奮起させるためのデモンストレーションでもあった。
これにより、解脱者となった者は深い感謝と共にますます善行にはげみ、仲間内から解脱者が誕生したことで明王らはより一層の努力を重ねることになる。
ハゲが照らすこの都市の未来はたぶん明るい。
それからユーゼリア騎士団に連行された誘拐犯たちだが、数日間の取り調べのあと『鳥家族』送りになった。
魔界への出店のため人手不足だったのが、これで多少は改善される。
しかしまだまだ人手は必要だ。
これは店舗ではなく、俺に頼らない経営のための生産面の話だ。
ああ、どこかに寿司屋の地下で扱き使われる河童のような存在はいないものだろうか?
そんなことを考えながら、俺はシルとクーニャにもふられながら縁側でくつろぎつつ庭で遊んでいるおチビたちを眺める。
これまでおチビたちは俺にべったりだったが、誘拐事件に関係して新しいもふもふを迎えることになったため、現在はそっちに夢中になっているのだ。
そのもふもふとは、誘拐犯のボスのペットである熊と狼二匹。
世間的にはそれなりに強い魔獣ということでユーゼリア騎士団は扱いに困り、シセリア経由で話を持ち込まれた結果、こうして引き取ることになったのである。
でもってその際、この三頭の名前をどうするかでおチビたちが揉めた。
このまま熊や狼らはその容姿に似合わぬ愉快な感じの名前をつけられるかに思われたが、散々紛糾した結果、ボスがつけた名前があるのでそれをそのまま採用(?)することに落ち着いた。
で、その名前はというと熊が『クーマー』であり、狼が『アラスター』と『ベクスター』であった。
うん、狼はなかなか立派な名前をしていると思う。
少なくともニャスポーンよりはずっといい。
それで熊は……えっと、なんなんだろうね。
違和感を覚えるのは俺だけかな?
発音的には樽職人みたいな感じだから、きっとこっちの世界ではとくにおかしいわけではないのだろう。
ともかく、そんな感じで俺に釈然としないものを抱かせる名前のクーマーは俺に突撃してきた熊とは別の熊かと思わせるほど大人しくシルさん家の庭で過ごしており、ノラ、ディア、メリアにはこれ幸いとよじ登られたり、パンダカーのように乗り回されたりしている。
それでもまったく、敵意どころか嫌がる素振りすら見せないのは、よほどボスに躾けられていたからだろうか。
それとも、ときおりクーマーがそっとシルの様子を窺うように顔を向けてくることからして、『自分はこんなに従順で無害な熊ですよ』と必死のアピールをしているとも考えられる。
だとしたらなかなか小賢しい熊である。
このようにクーマーはお嬢ちゃんたちに遊具扱いされていたが、その一方で狼たちはというと、こっちはこっちでペロに子分扱いされていた。
「こぶんその一、ラウー!」
「……ん!」
「こぶんその二、フリード!」
「バウッ」
「こぶんその三、アラスター!」
「アオーン」
「こぶんその四、ベクスター!」
「ウオーン」
ペロの呼びかけに応える子分たち。
傍目にはたいへん微笑ましい光景である。
するとそこで、自分たちが含まれていなかったことを遺憾に思ったのか、ペロの足元にいたテペとペルがきゃんきゃん吠えだした。
「テペとペルはかんぶ! ――あ、かんぶだわん!」
「わふ!」
「うぉん!」
そうか、かつてはラウくんとフリードだけだったわんわん軍団も、とうとう幹部を抱えるまでに成長したのか。
何気にペロは最初からニャンゴリアーズに対抗心を抱いていたからな、こうして数で猫どもを上回ったとなると、そのうち攻勢に出て壮大なわんにゃん大戦が勃発するのかもしれない。
ただ、相手であるニャンゴリアーズはそんなペロたちの様子を縁側に寝そべって『なにやってんだあいつら?』って顔で眺めているだけだし……もしかしたら相手にされないかもしれないね。
そんなことを思っていたところ――
「ニャ?」
ふっと庭に大きな影が落ちる。
すぐにおチビたちも気づき、なんだろうと上を見上げたあと、わっと声を上げてすたこら庭の隅へと避難した。
するとそれを待っていたように、濃い紫色の竜がふわっと舞い降りてくる。
「おや、マリーではないか」
マリー……?
ああ、確かシルの妹だったな。
お姉ちゃんを訪ねてきた……のだろうか?
状況としてはそれしかないのだろうが、この家が完成したお祝いの宴には参加しなかった妹さんが、このタイミングでやってくるというのはちょっと妙な感じもする。
そんなことを考えていたところ、マリーの背からもたくさ降りようとする人影を見つけた。
それは黒髪の、ちょっとひょろっとした感じがする若者だ。
「ん? あの男は……」
どうやらシルはあの男性を知っているらしい――って落ちた。
若者は地面でごろごろのた打ったあと、やがて起き上がって『恥ずかしいところをお見せしました』とばかりにこちらに頭を下げる。
うん、なんかその感じの仕草には馴染みがあるな。
あいつ日本人だろう。
そんな俺の予想は間違いではなく、若者はそこで自己紹介。
「あ、どうもはじめまして。僕は浅澄蓮理といいます。ちまたでは『さまよう宿屋』と呼ばれていたりします」




