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イヴと言う名の少女

「ハルカ、ハルカ!」


遠くの方から僕を起こそう賭している声が聞こえる。


「起きて!!」


突然耳の中から聞こえたかのような大音量に僕は漫画かアニメのように飛び起きた。そして僕を起こした正体が目に飛び込んで来てそこからさらに飛び退いた。


僕が飛び退いた理由、やわらかな曲線で絵にかいたような幼女が僕が寝ていたベッドサイドと立っていたからだ。それも全裸で……



「おう、起きたようだな」


部屋の向こうから現れたオウガはこの幼女の事を無視したかのように僕に話しかけてくる。


「どうだった、アーティファクトがあるだけで現実世界が違って見えたじゃろう?」



「おい! オウガ! なんだその子は! 俺は誘拐の手伝いなんかしないからな」


「誰が誘拐犯だ。どう見ても主犯はお主だろうが」


心外といった表情で腕組みするオウガ。確かにこの現場に警察が乗り込んだとしたら、容疑者は僕になってしまうだろう。この世界に警察なんてものはないけれどね。


「おぃ、僕を犯人に仕立て上げるな!」


「それだけ声が出せるのなら昨日の出来事はもう乗り切れたと思っていいんじゃな?」


寝覚めがこれだ、昨日の事なんて関係ないだろう。むしろ、僕は現実世界でも一日過ごしているようなものだ。オウガにそれを見られていた訳でもないだろうが……確かにレヴェラミラでは人を殺した。そして、現実世界に戻り、大切な友人の母親を僕が救った。僕の罪が無くなる訳じゃない、アイツは死んで当然だとも思っている。


けど、本当に僕の心を支えてくれたのは、黒江さんかもしれない。


現実世界での出来事が脳内で再生され、頬に手をふれてしまう。


「なんだかんだ向こうの世界でもうまくやってるみたいだな」


心を読む力でもあるかのようにオウガは言った。


「心を読むなよ、恥ずかしい」


「それだけ、しっかりした心の支えがあるという事はいいことだと思うぞ」


確かに、黒江さんとは出会って間もないけど、なぜか彼女と一緒にいると落ち着くというか、安心感のようなものを感じてしまう。年上の女性という事だけでなく、もっとずっと一緒にいるようなそんな心地よさがある。


「そうだな、そう思っておくよ。それで、結局今の状況はどんな感じなんだ。ミーナトさんと話していたような気がするんだけど、あまりにも記憶が曖昧で……」


「まあ、そうだろうな……」


俯いていたオウガは深刻な表情で僕の事を見つめてきた。口を開こうとしたように見えたが、遮る様に全裸の幼女がオウガをかばうように僕とオウガの間に割り込んできた。


「いじめちゃ、ダメ」


何処かうつろな目で、僕に目を合わせるでもなくどこか遠くを見つめるように手を広げて立ちふさがる幼女。


「うゎ! なんだよ。てか服くらい着させろよ! オウガはやっぱり変態なのか?」


「違う! 我は思念体で服なんぞ持っていないから困っているのだろうが! 早く服を出せ!」


仕方がないので僕はインベントリからTシャツとグレーのパーカーを出して幼女に着させてあげた。


身長は130センチくらいだろうか、僕のパーカーがワンピースのようになっている。整った顔立ちと大きな瞳、そして真っ赤な髪の毛がとても印象的だ。


なんか服を着せている時は父親になったような変な気分だった。いや、そういう変な気分ではなくて。てか僕は誰に言い訳をしているのやら。一通り自分で自分に言い訳をしたところでオウガが話しかけてきた。


「この子はイヴという名で、この書庫を管理する自立機械人形だ。ここでは無敵の彼女だ、怒らせないように気を付けてな」


「私はイヴ? よろしくオウガ」


「こいつ、今自分の名前が疑問形だったぞ? 大丈夫なのか?」


スパンと音がしたと思ったら僕は天井を見上げていた。そしてそっと肩の所にイヴの小さな素足が乗せられた。


「私の名前は”こいつ”じゃない、イヴ。 分かった?」


ワンピースのようになったパーカーの中身が見えるように踏みつけられる僕、レヴェラミラでは身体強化もマナも強化されているはずなのになすすべもなく拘束されてしまった。


「イヴ、行儀が悪いぞ」


オウガに止められて、足をどかすイヴ。誰だこんな凶暴な人形を作ったやつは。


「大分落ち着いたようなだな、説明するからこっちにこい。イヴこいつに茶でも用意してもらってもいいか?」


「分かった」


そう言って大人しくキッチンへ向かうイヴを横目に見ながら僕はオウガを睨むしかなかった。


「暴走したお主を止めるにはあの子の力が必要と思ったんだが、必要なかったな」


「もう少し早めに判断して欲しかったな、オウガさんよ」


そう言って僕は寝室を後にしてダイニングルームに導かれた。そこにはすでに茶器が用意されていた。純和風な湯呑に急須、どこから用意したのか香ばしく焼かれた海苔煎餅まで置いてある。


「ここは日本なのか?」


煎餅を齧り、お茶の飲むと懐かしい味にほっこりしてしまう。そういえばこんな風にひと息つくなんて最近なかったな。


ようやくこの場所について気が回るようになった僕にオウガが説明をしてくれた。


ここは魔女の家と呼ばれるイニティを守る結界を生成する場所の一つであり、この場所を知るものはほんの一握りしかいない事。迷子ロストが住むことが多く、調度品や生活用品が充実していると教えてくれた。


「それで、今後についてだが、現在お主には懸賞金が掛けられている。教会がなんとしても捕まえたいといった様子だ。教会がクライアントになって傭兵ギルドや冒険者ギルドに依頼を掛けているようだ」


「なんか賞金首になった見たいでなんかかっこいいな」


「そんな冗談を言っている状況じゃないんだよ。ミナートも協力者と疑われて今は尋問に掛けられているはずだ。同じ迷子ロストだからな」


「そんな」


僕のせいでミナートさんが尋問されているなんて……


「そうだ、少しは自分の軽はずみな行動を反省出来たか?」


「そんな事言ったって、ミナートさんは関係ないだろっ!」


迷子ロスト排斥派の教会勢力が頑張っている所だからな。仕方ないだろう。それともう一つ、これは伝えたくない内容なんだが……聞くか?」


「どんなことだろうと俺がやった事だ、ちゃんと受け止める覚悟はできている」


「先に言っておくがここで暴れても何も解決しないとだけ伝えておこう。そしてこの手順は必ず踏まなければなかったことだとして諦めてくれ」


「もったいぶってないで教えてくれ」


不自然なほどにもったいぶったオウガに苛立ちながらも僕は問い詰める。


「お前の殺したレン・クリストファーという男は生きている」


ついさっきまで感じていた苛立ちも忘れてしまった。あの時の光景が脳裏に浮かぶ、心臓にマナの塊を撃ち込み、身体がめくれ上がっていく瞬間と気味の悪い男の笑顔が……


「まさか、そんな。それじゃ俺が指名手配されているのは? ミナートさんが尋問されているのは?」


「そう、全て冤罪だ。あのレンという男が書いたシナリオ通りに物語が進んでいるだけだ」


あの男が生きている? 僕が殺したはずの男が生きているって? 思考が停止してしまっている。確かに手ごたえがあった。確かに殺したはずだった。それなのに、死んでいない?


何かの冗談だろうか。


「落ち着いて聞いてくれ。ここで、マナが暴走して、この場所が突き止められたらもう逃げる場所はない。その為にイヴを起こしたんだ」


あの時と同じように心の中に吹き荒れる激情をなんとか押さえながら僕は言葉を続けた。


「あぁ、大丈夫。アイツはなんで生きているんだ?」


自分でも不思議な程、締め付けられる胸の感覚とは裏腹に頭の中はすっきりしていて落ち着いていた。僕は安心しているのだろうか? 人殺しになっていなかった事に?


オウガも僕の反応をみて意外そうな顔をしている。


「あの男は、空間魔法のアーティファクトを持っている。そこで自分自身と身代わりを入れ替えたのだろう。無傷ではないだろうが、実際に仕留めそこなった感触があるんだ。間違いない」


あの時僕の中にいた、止めを刺した刀の思念体そのものが殺せていないという事ならばそういう事なのだろう。


「分かった。それで、僕はどうしたらいいんだ」


続く僕の質問には不思議そうな顔をしながらもちゃんとオウガは答えてくれた。


「まずは、ハルカ自身が圧倒的な力を手に入れてもらう。それこそ、この世界の大部分はお主の事を殺しにかかってくる。それに対抗出来るだけの力を手に入れなければならない」


「あぁ」


実際にやってみないと分からないが、今の僕には難しい事では無いように感じてしまう。


「そして、今から打倒す相手はとてもお主一人では太刀打ちできない程強大だ。共に戦う仲間を集めなければならない」


確かに、いつまでもひとりで戦い続けるのにも限度がある。自分が強くなる事よりも仲間を作る方が難しく感じるなんて。


「なんだ、やる前から諦めてるのか?」


「世界を敵にしているヤツの仲間になる奴なんて正気じゃないと思ってさ」


「ま、我も思念体だからな。今を生きているものからしたら正気の沙汰ではないだろうな」


「私も仲間」


湯呑をもったまま固まっていたイヴも急に返事を返してくれた。


「この世界で出会った人はみな仲間だと思っているが、やはりそれぞれ立場がある。教会を敵に回しても潰されないだけの力を持った者たちを教会に悟られないように味方に付けていこう」


「そんな奴らが本当にいるのか?」


「いる。しかし、この世界には居ない」


まさか、


「気付いたようだな。そうだ、ダンジョンや塔の中の存在、そしてその向こう側の存在だ。そいつらを味方に付けてレヴェラミラに害を成すアレを打倒する」


「本当にそんなことができるのか?」


「なんだ、いきなり弱気なのか? 手始めにクワリファダンジョンの攻略を進めよう。依頼を受けた場所だし、色々と都合が良いからな。それと転移魔法を覚えてもらう。これがないとあの枢機卿に逃げられっぱなしだ。分かったか?」


あまりの情報量に戸惑う僕をよそにオウガは転移魔法についての書籍を探すと言って書庫に行ってしまった。


ずずずずず。


熱いお茶をすする音が部屋に響く。僕の正面に座るイヴという幼女の姿をした自動機械人形は一体何者なのか。そもそも、自動機械人形とはなんなのか


「イヴさんは何時頃から此処にいるんですか?」


ずずず。とお茶をすする音が止まり、ゆっくりとイヴの瞼が持ち上げられた。その仕草も表情もとても人形とは思えない程に精巧に出来ている。


「ずっと……」


一言だけ呟くと瞼は下がり、お茶のすする音が響く。


なるほど、会話は難しそうだ。


「イヴさんは、ここから出たことがないんですか?」


「ある。けど、長くは離れてられない。」


「何か理由でも?」


「秘密……」


なかなか手ごわい相手だ。


次の話題を考えていると、イヴの方から僕に話しかけてきた。


「君はどうして、世界を敵にしたの?」


イヴの言葉に僕は驚いた。今の僕の状況だと、僕は世界の敵なのか。


「どうしてだろう。僕は世界の敵になんて、そんなつもりじゃなかったけどね。大切な家族だから連れ戻したいんだ。」


「この世界に必要な人であっても?」


「そうだね。でもこの世界で必要なように、元の世界でも母さんは必要とされているんだ。」


「ふーん」


興味が無くなったのかそれだけ答えてまたお茶を啜る。気まずい雰囲気が流れて居る部屋の外から足音が近づいてきた。


「待たせたな、これが空間転移の魔導書だ。まずはこの本の内容を書き写して貰う。そしてそれを使って魔法陣を作り出せれば転移魔法の習得完了だ。マナは腐るほどあるんだから毎日それをやっていけば大丈夫だろう」


一冊の分厚い本を手渡されたので開いてみると魔法陣が縮小されたような図や、その魔法陣に対する考察が書かれている。初めて見る文字だが、読めるし意味としてしっかり理解出来ている何とも不思議な感覚だ。


そして素朴な疑問が沸いてきた。


「これって凄く貴重な魔導書じゃないのか?」


「だろうな、転移魔法の原本で、この世界にも一冊しかない」


どうやら僕はとんでもない物を、押し付けられてしまったみたいだ。


読んで頂きありがとうございます!


感想などいただけましたら幸いです!


今後とも宜しくお願いいたします!

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