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幸せのひととき

黒江さんとデートの約束を一方的にした後、黒江さんにも僕の秘密を知ってもらおうと思ったが、やっぱり止めた。


次はシハルさんだ。シハルさんの治療をする為には車椅子で移動しなければならない。


逆に僕が退院するのも考えたけれど、アオイの事も気になるから可能ならばシハルさんの後に退院したいので怪我はそのままにして車いすで移動するしかない。


黒江さんにはアオイの事で相談があると言ってシハルさんの部屋まで行ってもらえるようにした。


シハルさんは僕が来たことに驚いていたが、笑顔で迎え入れてくれた。


「それじゃあ、病室に戻るときは声を掛けてくださいね。少し他の部屋を見に行ってきますね」


「ありがとうございました」


「ハルカ君、おはよう」


「シハルさん、おはようございます。今日はお願いがあってきました」


「あの魔法が出来たのかしら?」


驚いたことにシハルさんは僕が来た理由を当ててみせた。


「昔からシハルさんには隠し事が出来なかったですね」


「そうね、さっきの看護師さんとも仲良くなっているのも隠しきれていないわね」


「ははは」


本当に女の人の勘や洞察力には驚かされる。


「それじゃ、少し見ていてください」


そう言って僕は血が出るまで掌を握りしめた。


爪が食い込み、血が出てくる。


「ハルカ君?!」


「安心してください、大丈夫です。ここからです、見ていてください」


そう言って僕は魔法陣の描かれた布を出してマナを込めていく。五重の魔法陣が起動して、血塗れの手が元に戻っていく。


「凄い……」


そうつぶやくシハルさんはこの異常な状況でも落ち着て僕の手と魔法陣を交互に眺めている。


「それを私にしてくれるの?」


「もしも許してくれるのであれば僕に治させて欲しいです」


涙を湛えたしはるさんの瞳はまっすぐに僕の事を見つめて頷いてくれた。


「これは、身体を部分的に過去の状態に戻す物です。なので、悪化している部分をその前の状態に戻すのですが、どのくらいの時間を戻すのかによって違和感が変わってくると思います。少しずつ戻していくので、変化を感じたら言ってくださいね」


ミナートさんに教えてもらった前置きをシハルさんに説明しながら、僕はシハルさんのお腹の上に魔法陣を置いてマナを流し込んでいく。

シハルさんの血管を魔法陣から伸びるマナが流れ込み全身駆け巡り全身を温かいマナの光が包んでいく。そして僕は膵臓を頭の中でイメージしながら図鑑で見た健康な状態に戻していく。


シハルさんは脂汗を滲ませながら唇を噛み、声を上げないように必死に耐えている。


やはり、魔力器官がない人にマナを流すのは負荷がかかりすぎるようだ。気を付けないとシハルさんの体力が持つかどうか。通常の回復を挟む為にゆっくりと流すマナを押さえていく。


「私は大丈夫、もっとお願い!」


僕が流すマナを加減しているのに気付いたシハルさんはそのままマナを流す様に僕に指示してきた。

なんだろう、なぜかとてもいけないことをしている気分になった。


気を取り直してもう一度、魔法陣にマナを込める。


「ん~ん」


薄いシーツを握り締めて、唇を噛み締めながら嫌々と首をふり、身体の変化になんとか耐えているシハルさん。


滲む脂汗が玉のようになり、首を振るたびにシーツに汗が飛び、シミを作っていく。


何度も魔法陣に通すマナを弱めようとしたがその気配を感じるとシハルさんは激しく首を振り僕に続きを促してくる。


何分経っただろうか。いつの間にか、シハルさんの病室はシハルさんの身体から零れたマナでいっぱいになっている。それほどまでにこの治療はマナを生み出していた。


「シハルさんっ!!」


部屋の中のマナに気を取られた隙にシハルさんは気を失ってしまっていた。急いでナースコールを押して助けを呼ぶ。


僕の魔法が不完全だったんだろうか。体調を見てやはり止めるべきだったのではないか。そんな不安が僕の頭の中で不安を呼び起こす。僕の心臓も早鐘を打つように暴れている。


「シハルさん! しっかりしてください!」


「佐倉さん、落ち着いてください」


大声を出している僕に一言投げ捨て、足早に入ってきた看護師長はシハルさんの様子を確認して、すぐに僕の車椅子を壁際に移動させた。


「ムカイさん。 聞こえますか? ムカイさん?」


落ち着いた様子で看護師長は脈拍を確認する。溜息をしながらこちらに向き直る


「佐倉さん、どうしてナースコールを押したんですか?」


僕は言葉に詰まってしまった。魔法を使って治療をしていましたなんてとても言えたもんじゃない。まっすぐみつめてくる看護師長の視線を避けて車椅子に座る自分の膝を見つめる。


「話している途中で急に気を失って、慌ててナースコールを押したんです」


もう一度大きな溜息をついてしゃがみ込む師長は僕の目を見て言った。


「気を失ったんじゃなくて寝ているだけでしょ? 驚いたのかもしれないけど、ちゃんと呼吸とかも確認した上でナースコールは押してくださいね」


「え?」


「”え?”じゃないでしょ、疲れが出て寝てしまったのよ。でも顔色も良いし、脈拍も少し強い気がするわ。ムカイさんもこの後検査があるから貴方はもう自分の部屋に戻りなさい」


「良かった」


さっきまでの不安がすっと胸の奥の方に引いていく。良かった。本当に良かった。きっと身体が元に戻る上で体力も消費したんだろう。結局は謎の気絶のままだが、この後の検査で分かるだろう。僕は促されるままにシハルさんの病室を後にした。



車いすを操り病室に一人で戻った。何とか自力でベッドに這い上がったぼくは、もう一度医学書を見直す。回復魔法は上手くいったのか失敗したのかそればかりが頭の中でぐるぐると回ったままだ。このもやもやとした気持ちを本を読む事で誤魔化すので精一杯だった。


昼食も上の空で食べ終えて、シハルさんが検査から戻ってくるのを悶々と待つ時間はとてもとても長く感じた。



「聞きましたよ! ムカイさんの病室で何をしてるんですか?!」


ノックもせずにいきなり扉が開いたかとおもうと黒江さんが勢いよく僕のベッドまで詰め寄ってきた。大きく揺れる胸に気を取られて返事ができずにいると”聞いていますか?”といった顔で睨んでくる黒江さん。


結局視線を胸から外すことも、返事を返すことも出来なかった。


「もう、少し目を離しただけなのに! しっかりしてくださいよ」


次第に言葉が弱々しくなっていく黒江さん。


「それよりも、シハルさんは大丈夫だったんですか?」


それよりもという言葉がいけなかったのか、黒江さんの表情が険しくなったが話をしてくれた。


「本当にハルカ君が何かしたの? 私も検査の話を聞いたんだけど、シハルさんの病気がありえない程綺麗さっぱり治っていたんですって。それなのに今も眠っていて意識が戻っていないのよ、信じられる?」


僕の手に握りしめた魔法陣の描かれた布はしっかり役目を果たしてくれたみたいだ。


「良かった、本当に……良かった」


思わず涙が溢れてきた。意識を失わてしまった時は失敗したかと思ったが、シハルさんはちゃんと生きている。そして病気も取り除くことができた。これ以上ない結果だ。


それでもこの涙はうれし涙だけではない。自分の母親を救えていない自分に対しての悔しさが含まれてしまっていた。


「ほら、泣いてないでください。ムカイさん、無事だったんですから」


黒江さんは泣いている僕にハンカチを渡してくれた。黒江さんのハンカチは香水でも付けているのかと思うくらい柑橘の良いにおいがした。何処かで嗅いだことがある優しいにおいが僕を落ち着かせてくれた。


「すみません、ナースコールを慌てて押したり、みっともなく泣いてしまったり。少し情緒不安定なんですかね」


涙を拭って、軽口とも弱音とも取れない言葉が零れてしまった。


「誰でも不安になる時はありますからね。それこそ近くに居る人に甘えてもいいんですよ?」


僕からハンカチを取り上げた黒江さんは僕の頭にポンと手を乗せて髪を梳かすように撫でてくれた。今すぐにても抱きしめたい衝動をなんとか押さえ込みながら、黒江さんの手のぬくもりを感じた。


今日の夕方には父さんは急な仕事が入ってしまい病院には来れなかった。ナツミも今日は元々来れないと言っていたしアオイもシハルさんの件できっと来ないだろう。


もし誰かが来ていても僕はいつも通り対応出来ただろうか。


全てを打ち明けている父さんが来ていたら母さんが攫われた事や、僕が教会の偉い人を殺してしまった事をうまく伝えられただろうか。逃亡犯として扱われるだろうこれからの事をうまく説明出来るだろうか。


アオイにシハルさんの病気を治したことをどんな風に説明したのだろうか。


言葉を尽くしても、熱意を持っても、実際にその場に居なければ信じては貰えないし、魔法を見せたとしてもそれは僕の言葉を信じるには足りないだろう。


これまで魔力器官を鍛えて寝ていたのに、今日はそれが出来ない。いくらマナを消費しても減ることがない。疲労感はあるもののなかなか寝付けないでいた。



これで良かったのだろうか?


僕はレヴェラミラでの知識と経験を得て、人を殺すことも、そして生かすことも出来るようになってしまった。もしこの事がこの現実世界で見付かってしまったらどんな風になってしまうのだろうか。


力が無くて思い悩んでいた時よりも、力を得て思い悩む今の方がどうしようもない諦めのような感情で溢れてしまっている。


僕の病室のドアが開いて、白いワンピースに身を包んだ女性が入ってきた。


「黒江さん?」


いつもの看護師姿ではなく、私服だったので誰か分からず一瞬戸惑ってしまった。


「ハルカくん、こんばんは。まだ、寝てなかったの?」


悪戯っ子のような笑顔を見せる黒江さんは普段とは違う表情だった。


「なんだか眠れなくて……」


「そっか、私は昨日の夜は大変だったし、心配だったからちょっと来てみたの」


照れ隠しに笑ったような素敵な笑顔も僕には不釣り合いな気がして素直に受け止める事は出来なかった。


「どこか具合悪いの? 大丈夫?」


下を向き黙り込んでしまった僕に黒江さんは優しく声を掛けてくれる。


「大丈夫ですよ。心配させてしまってごめんなさい。少し疲れちゃったのかもしれません」


「そうなの? 私に出来ることがあるなら言ってね。何て言っても私はハルカ君の彼女になったんだからね」


なぜか胸を張ってふざけている黒江さん。僕は薄く笑うのが精一杯でまた顔を下げてしまった。


身体に掛けたシーツの皺が月明りに照らされている。そういえば強かった雨音も消え、いつの間にか雨はやんでいるようだった。そしてふいに柔らから感触が僕の頬を包み込んだ。


頬を包み込む柔らかな手に導かれ顔を上げると至近距離に黒江さんの顔があった。


「黒江さん? 近すぎませんか?」


「良いんです。これくらいで」


「何か怒ってます?」


「彼女が優しく声を掛けてるのに元気を出さない彼氏に怒っています」


「ごめんなさい」


僕が謝ると黒江さんは諦めた様子で頬から手を離してくれた。


「私も不安なんですよ、告白した夜に、その相手がうなされながら暴れたり、知り合いの患者さんのナースコールを押したり……私のせいかなって」


「そんな、それは関係ないですよ。僕が勝手にやってるだけですから。黒江さんのせいになるわけないじゃないですか」


「そんなの知りません。私が気になるだけです」


「黒江さんて意外と頑固なんですね」


「ちょっと、普通そんな事言わないよ? でも少し元気になったみたいで良かった」


自然と僕は笑っていたようだ。


「黒江さん、今度何処かにデートに行きましょうね。僕も黒江さんに聞いて欲しい事もいっぱいあるんで」


僕はそう言って、黒江さんにレヴェラミラについて話する覚悟を決めた。


「そうね、今日はもう遅いからしっかり寝てね。私は明日休みだから。お見舞いに来るわね」


話をする日はすぐ明日になったようだ。


「分かりました。沢山話しましょうね」


「えぇ、それじゃ私は帰るわね」


そう言って明日会う約束をすると黒江さんは僕のベッドに一歩近づいて僕の頬に触れるか触れないか微妙なキスをして僕に満面の笑みで手を振ってきた。


「よく眠れるようにおまじないだよ」


「これ、逆に寝れないかもしれませんよ」


そして黒江さんはこの部屋に来た時のように悪戯っ子のような笑顔でオヤスミの言葉を残して去っていった。


「本当に眠れないのに……」


つぶやいた言葉とは裏腹に心地良い倦怠感が急に襲い掛かってきた僕の身体はベッドに吸い寄せられるように倒れ、そしてまもなく眠りについてしまった。


黒江さんのキスはまるで魔法の様だった。

読んでいただきありがとうございます。 


面白いかもしれない、とか続きが気になるよ?と感じたら画面下部から感想、評価して頂けるとありがたいです!


今後の展開にもご期待ください!よろしくお願いします!

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