彼の想い、彼女の想い
「ムカイさん、佐倉さんを見つけてくれてありがとうございます。それじゃ私が病室まで連れていくので代りますね」
黒江さんの怒気に当てられた僕らは素直に従うしかった。
「わ、分かりました。それじゃハルカまたな!」
「またな!」
親友と簡単に挨拶だけ済ませ自分の病室に戻る。黒江さんに車椅子を押してもらいながら。
「勝手に病室を抜け出してたりしたら困ります!」
滅茶苦茶怒ってる?! なんで? 僕は黒江さんを探しに行ったんですけど?!
「本当に勝手な事されたら困るんです」
少しトーンダウンした声でもう一度繰り返す黒江さん。
「さっきはすみませんでした。冗談でも言ったらダメな内容でした」
「えっ? あぁ、そっちですか? それはそうですよ、一応気にはしてるんですからね」
「一応? 彼氏が居ないことですか? さっきも言いましたけど黒江さんは十分素敵です、仕事とか出会いとか、色々な巡り合わせが噛合ってないだけですよ」
「それって、フォローしてるつもりですか? やっぱり佐倉さんは女心が分かってないですね」
「やっぱりってなんですか! やっぱりって!」
表情は見えないがさっきより穏やかな声色で話しかけてくれている。良かった、何とか機嫌を戻してくれたみたいだ。
首元にふわっと風を感じたかと思うと、次の瞬間耳元で囁かれた。
「ハルカ君は、その、彼女とか居ないの?」
「え? なんです、急に?」
悪戯に成功したような笑顔をしている黒江さん。
「そりゃ、彼女の一人や二人くらい……すみません、彼女なんて居たことないです。」
悲しい気持ちになりつつ黒江さんにもう一度謝る。
「ごめんなさい」
「うん、分かれば良いのよ! 分かってくれればね!」
言い負かされたままだとなぜか向こうの世界のクロエに負けた気分になるのでここは強気に言い返す。
「でもいつかは黒江さんみたいな素敵な女性とお付き合いしたいと思ってますよ!」
「じゃあ付き合ってみる?」
やられた。黒江さんの方が一枚も二枚も上手だった。僕は黙り込んでしまうしかなかった、悔しい。
ナースステーションの前を通り、見つけましたと僕と黒江さんはさっきの看護師さんに伝えた。看護師長でもあるその人は、二人とも会えたみたいで良かったわと優しく声を掛けてくれた。僕と黒江さんはすれ違いながら同じことを看護師長さんに聞いていたみたいだ。それを知った僕らは互いに目を合わせて3人で笑った。
「ハイ、お部屋に付きましたよ」
部屋には誰もおらず、窓の外の雨はまだ窓ガラスを叩いている。
「返事はどうなんですか?」
「返事って何のですか?」
僕は何のことかさっぱり分からなかった。
「もう、さっきの付き合うっていう話ですよ」
「いや、冗談ですよね?」
「さっき私は冗談を言ったハルカ君に怒ったんですよ?」
そうだった。ここは真面目に答えよう。
「ぜひ、僕でよかったらお付き合いしてください」
なるべく間を開けずに、断られても自分が笑ってごまかせるように、そう思いながら黒江さんの目を見つめて僕の気持ちを伝えた。
「私の方こそ、良かったら一緒に居てください」
ホントに? なんで? どうしてこうなった? 人生の春なんて、名前で全部使い果たしてしまったと思っていた僕が、彼女?
「それじゃ、ナツミちゃんから私の連絡先は聞いておいてね?」
きょとんとする僕をおいて、黒江さんは可愛らしい微笑みを僕に投げかけてくれた。
「それじゃ私、仕事があるから。またね!」
頬を真っ赤にして急いで出ていく黒江さん、病室のドアが先に開き、父さんが入ってくる。
「あぁ、黒江さん、こんにち……は?」
父さんの挨拶は雨音に消されて、またもや車椅子に放置された僕は、父さんに抱えられてベッドに戻った。
「ははは、ハルカに春が来たのか。面白いな」
ダジャレじゃねぇよ。今起きたことを話さない訳にもいかずに父さんに伝えたらこれだ。
「いやぁ、青春だね」
「もういいから。ふざけてるんだったら今日はもう帰ってよ!」
「すまない、今日は何か進展があったのか?」
急に真面目になる父親はやはり僕の父親だなと思う。
「向こうで僕の顔に似ていて尚且つ日本人の名前の人が居るみたい」
「本当か?! その人には会えるのか? 名前はどんな名前だ?」
矢継ぎ早に聞いてくる父さんを落ち着かせて、一つずつ答えていく。
「名前はミユキさんという名前で向こうの世界の宗教でテュルカ神聖教っていう教えを広めている教会の聖女として活躍している人見たい」
「ミユキ、ミユキ……ミユキ! ミフユが小さい時に離れ離れに別れた双子の妹の名前だ!」
まじか、母さんかもしれない。そう思うと鼓動が速くなり、緊張してくる。
「ははは、ミユキか。アイツらしいな」
「父さん……」
「分かっているよ、別人かも知れないし、記憶が残っているとも限らない。何しろ訳が分からない事だらけだからな」
「うん……」
「それでどうなんだ、こっちの世界みたいに、向こうの生活も順風満帆か?」
父さんの発言は僕の嬉しい気持ちを萎えさせるくらいには破壊力があった。きっと僕もこんな感じで無意識に人の地雷を踏み抜いていくスタイルなんだろう。自分もこんな感じだろうと思うとまったく笑えない。
「父さん、冗談は止めよう。そうだね、とりあえず落ち着いてきたかな。この前も話したと思うけど妖精のガイドが色々手を回してくれていたみたいで、そのおかげでかなりスムーズに向こうの世界でも上手くやっていけそうだよ」
「そうか、さんざんダメ出ししていた妖精さんが実は優秀だったってことか。人は見掛けに寄らないからね。妖精さんだけどな」
そう、妖精も見かけによらない。あのエドガーさんやその当時最強と謳われたパーティーのメンバーがクロエに助けられたと言っている。それを僕はクソガイドとかポンコツだとか罵っていた。それじゃ、クロエを迫害していた塔の妖精と同じじゃないか。
まったく嫌になる。
「そうだね、今まで酷いことを言ってきたから明日はちゃんと話をしようと思うんだ」
「そうだな、ちゃんと膝と膝を突き合わせて話さないと互いに意識のズレがうまれるからな。ちゃんと、自分の気持ちも伝えないとダメだぞ」
真面目な父さんらしい言葉だ。アーサーさんだったら、お酒でも飲みながら本音で話そうよー。みたいな感じになるんだろうな。
「父さん、昨日言っていた。ローゼリスって子の父親のアーサーさんって人と話をしたんだけどさ、凄く面白い人だったんだ」
僕は自分の娘を襲うようにけしかける親なんてどうかと思ったという話をしたら、それは逆にうちの娘に手を出してみやがれって意味だと父さんに笑われてしまった。
よく分からないが、「お前も娘を持てば分かるさ」という父さんの言葉でまとめられてしまった。もっともそのあと、クリストフ家の不法侵入の仕方や、鎧の脱がせ方をレクチャーしたという話をしたら、”それはお前、あれだよ。”と言葉を詰まらせていたのはやっぱりアーサーさんは良い人だけど少し変わっているという証拠だろう。
もちろん、セレスティルさんとの口移しの話やローゼリスの下着姿を見た話は伏せておいた。トラブルは未然に防がないとね。
そして父さんが興味を引いたのは鎧の話だった。
「ふーん、凄い話だな。装備についた傷でその人に何が起きたのか分かるのか。確かにそうだな、日々使うもののメンテナンスはどこの世界でも重要なのは共通なようだな。お前もちゃんと手入れはしろよ? その人たちはすごく強い人たちなんだろ?」
レヴェラミラでアーサーさんと話した内容を思い出し、父さんはどう答えるだろうと思ってしまった僕は性懲りもなく聞いた。
「父さん! 父さんは僕が別の世界で、でっかい蟻とか、でっかい芋虫と戦うのはどう思う?」
「そうだな、お前が話している内容だけ聞くとだな。そんなでっかい蟻が居るわけないだろ。とか、でっかい芋虫ってなんだよ。って思う自分がいるんだよ。でも、お前の持って帰ってくるその魔法陣みたいなヤツとかそれを光らせる何かとか、普通じゃないものを見ているとそんな世界があってもおかしくないと思う」
まぁ僕も、レヴェラミラに行って実際に目の当たりにしなかったら、はいはいと聞き流して終わって居ただろう。
「前置きが長くなったけどな、俺はお前に死んでほしくない。その為に使えるものは何でも使え! 親だろうが、そのアーサーって優男とか、なんもかんも全部だ。それで毎日此処に帰ってきてくれ。 俺はそれだけで幸せだ」
僕の背中をトンと叩く父さんはなぜか小さくなって見えた。
「すまないな、お前ばかりに迷惑を掛けてしまって」
「そんなことないって。逆に母さんを助けれるチャンスなんだから、僕が頑張らないと」
「無理だけはしないでくれ! それと、向こうの世界で楽しんだらいけないとか、贅沢したりしたらいけないとかそういうのは止めてくれよ。向こうで貧乏暮らししてないみたいだから言うけど、それはお前が勝ち取ったものだからな」
やはり父さんは真面目だ。僕が無駄遣いをしているとは思っていない。
「分かったよ。向こうは向こうで頑張るよ。今度向こうの世界のごはんとか持って帰ってこれるか試してみるよ」
そんな事を言っているうちに面会時間は修了しており、黒江さんとナツミが一緒に入ってきた。
「兄ちゃん、私に感謝するんだな! 私のことを今度から天使様ナツミ様と崇め奉るのだ!」
「父さん、アイツどうにかしてね」
「父さんにアレは無理だ」
「そろそろ面会時間が……すみません。」
そんなこんなでバタバタした病院での一日は終わった。
寝る前にはしっかりとマナを全て使い果たすようにミナート司教から貰った魔法陣を展開し注ぎ続けた。張り切り過ぎたのか、昼間に使い過ぎたのか、起動時間は短く、沼に沈むように意識は消えていった。
「消灯時間でーす、電気消しますね、今日も一日お疲れさまでした」
意識の外側でぼんやりと誰かが喋るのが聞こえる。
「もう、どこにもいかないでくださいね」
きっと僕の夢の中の声だろう。頬に当たる柔らかい感触のように、とても優しい声が僕に囁いてくれた。
この夢か幻か分からない違和感は今の僕には分からなかった。
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