アーサーとブリザード
「やーやーやー、こんばんわ。今日も月が綺麗ですね」
軽いノリでドアを開け放つ優男は元の世界の文豪の言葉を出会い頭に放ってきた。
「セレス、今日も綺麗だね」
部屋に入ってきた優男の言葉をかなりの勢いで無視するセレスティルさんは一緒に入ってきたクロエを手招きしている。そして、男に返事をする事なく、クロエを隣に座らせ一緒に飲み始めた。
「クロエ! アーサーを呼んで来てくれて有難うね。アーサー、冗談は置いといてローゼリスを家まで送ってくれる?」
このイケメンはアーサーさんでローゼリスのお父さん? でもセレスティルさんには目も合わせずにいいように使われてるけど……
「りょーかーい!」
軽薄な優男の声を聞いて思い出した。クロエが最初に冒険者ギルドの二階で飲んでいた時に一緒に座っていた優男だ! ということはその時に座っていたのはセレスティルさんとアーサーさんだったのか!
本当に最初からクロエが僕の為に動いていてくれたんだ。それなのに僕はクロエをあんな風に怒鳴ってしまった。僕は最低の男だ、明日もう一度お酒の席じゃなくてもクロエにちゃんと謝ろう。
そんなことを考えているとアーサーさんが奇声のような悲鳴のような声を上げた。
「え?! セレス! もしかして炎酒とか飲ませてないよね?」
テーブルに突っ伏しているローゼリスを揺すりながらアーサーさんは焦っている。
「私は飲ませてないわよ、その子が勝手に飲んだのよ」
「そ、そうか……ローゼリス、君はお酒を覚えなくていいからね」
アーサーさん、は優しい声で眠りにつくローゼリスに声を掛けた。
「なんかつまらないわね。そうだハルカ君! アーサーと一緒にローゼリスを家まで送って行ってくれる?」
「え?! 僕ですか? 僕も結構酔ってると思うんですが」
「あの時のキミが選定者君か! よろしくね! 僕はアーサー・クリストフ! セレスティルの夫で、ローゼリスの父親だ!」
凄く勢いのある優男だ、僕の父さんとはかなり違う。
「初めまして、佐倉ハルカです。娘さんにはお世話になっています」
「私もお世話したわよ?!」
セレスティルさんは僕を見つめながら艶のある唇に触れながら微笑んでいる。
「セレス! 何度言えば分かるんだ。キミには僕がいるだろう? こらこら、僕が注意している間にクロエと仲良くしない!」
アーサーさんが喋りかけているというのに、クロエと楽しそうに談笑するセレスティルさん。この世界ではかなりの確率で女性が強いらしい。もしかしたら僕の周りだけなのかもしれないが……
「はぁ、仕方ない。ハルカ君、ちょっとローゼリスを脱がすのを手伝ってくれないかな?」
なんていう事を言う親だ。僕はローゼリスの将来を心配しつつ、ここまで良い子に育ったと思われるローゼリスを褒めてあげたい気持ちになった。
「いくら僕でも流石にフル装備のままの娘は担げないからね。ちょっとそっちのブーツの留め具を外しておいてくれるかな」
ダメだ、僕もかなり酔っぱらっているみたいだ。公衆の面前で年頃の実の娘を裸にする親がどこにいるというのだ。心の中でアーサーさんに謝りつつ僕はローゼリスの鎧を外す手伝いを始めた。
「おっ、ありがとう。こっちの胸当てはこうやって外すからね。ちゃんと覚えておいた方が良いよ!」
ん? 何か違和感を感じたけどなんだろう、この違和感は……
「それじゃ、インナーも脱がしておいてね。僕はちょっと鎧をしまうケースを取ってくるから!」
そう言い残して颯爽と立ち去るアーサーさん。
鎧を外されソファに横になるローゼリスとその傍に立ち尽くす僕、そしてそれを眺めながら酒を飲むセレスティルさん。クロエはすでに出来上がっていて大きな瞳は瞼の後ろに隠れてしまっている。
「ほら、御馳走が転がっているぞ選定者殿!」
「えっ? ごちそう? セレスぅもう食べれないよぉ、えへへ」
なんだこの状況、僕は内心激しく揺れる鼓動をお酒のせいと言い聞かせながら、冷静に対処した。
「インベントリ!」
ローゼリスの鎧をインベントリに仕舞っていく。なぜか後ろから舌打ちが聞こえた気がするが気のせいだろう。
「おー! そうだった、キミにはそれがあったね。助かるよ!」
「インナーは意外と重いから脱がした方が良いんだけど、やっぱり君は真面目だな! 君は良いやつだ。これからも娘を頼むよ!」
肩をポンと叩いて娘を頼むって……やっぱりクロエの周りには変わった人が集まるのだろうか。こっちの世界はこれが普通なのか、僕にはまだ分からなかった。
「それじゃ行こうか!」
ローゼリスを背負ったアーサーさんはローゼリスのお尻の下に剣で椅子を作るようにしてローゼリスを固定した。いくら夏とは言え、薄着の女性を背負うのにそのまま周囲の目に晒すわけには行かないのでインベントリから夏でも使える外套を取り出してローゼリスに羽織らせた。
「うん! やっぱり君はいい男だ、僕には叶敵わないけどね!」
なんの裏表もなくさっぱりとした雰囲気でアーサーさんは言った。きっと、まっすぐな気持ちの良い大人なんだなと思った。
それからクリストフ家まで、アーサーさんと一緒に歩いた。馬車もあるがローゼリスを背負ってキミと一緒に歩きたいとアーサーさんに言われたからだ。
特に何を話した訳じゃない。ダンジョンではローゼリスはどうだった? とか、クロエと一緒にいて大変だろう? とか僕を気遣ってくれる言葉を掛けてくれた。
そんな風に父親以外の大人の男性と喋る機会は無かったから、新鮮な気持ちだった。セレスティルさんに飲まされたお酒のせいもあっただろうけどとても気持ちが高揚していていつもよりたくさん喋っていたと思う。
父さんともいつかはこんな風にお酒を一緒に飲んで夜風に当たりながら散歩をしてみたいと思いながらもゆっくりと夜道を進んでいく。
「すまないね、家の中まで付いてきてもらっちゃって」
「いえ、インベントリでほとんど手ぶらでしたし、逆に色々話を聞いて貰ってなんかすみませんでした」
「そんな事言うなよ、僕も君の話を聞きたかったし、キミも誰かに話を聞いて欲しかった。ただそれだけだよ」
ふいにそんな事を言われてしまい胸の奥が熱くなるのを感じた。そうか、僕は僕のことを誰かに聞いて欲しかったんだ。気付いてしまうともう止まらなかった。
涙が、嗚咽が、止まらなかった……
「おいおい、泣くことはないだろう? 誰だって、知らない世界に放り込まれれば不安にもなるし、聞いて欲しい事だってたくさん出来るだろう? だから泣くなよ。当たり前の事だろう?」
この優男は本当に良い人だ。だからこそセレスティルさんやクロエみたいなちょっと癖のある人が一緒に居たりするんだろう。危うく僕もこの人のことを好きになりそうだった。
「それじゃ、落ち着いたらこっちの倉庫にロゼの装備は置いといてくれないか。僕はローゼリスを部屋に寝かせてくるよ。ちなみにローゼリスの部屋は二階に上がって一番奥の部屋だからね。外からだと、北側のベランダから入れるよ」
それでいてユーモアもある。これはユーモアであって欲しい。
アーサーさんが戻ってきてローゼリスの鎧の手入れを一緒にした。ローゼリスの鎧はブーツの部分とガントレットの所に細かい傷がたくさん出来ていた。
「これは蟻の顎にやられた傷だね。防御障壁を躱して届いたのかな。まだまだマナの錬成が甘い証拠だね。」
皮の部分に補修クリームを刷り込みながらアーサーさんは続ける。
「こうやってさ、装備の手入れをしているとね、持ち主がどんな戦い方をしているのかが分かるんだよ。戦っている時は夢中になって剣を振るったり走り回ったりするだろ? そんな時に自分がどんなふうに戦っているかなんて分からないもんだからさ。こうやって毎日ちゃんと装備の手入れをするのが良いんだよ」
僕はどうしても気になって聞いてしまった。
「自分の娘が狂暴なモンスターと戦う事に不安だったり、心配だったりしないんですか?」
「うーん、そりゃあ心配だよ。でも、僕らの世界はこれが普通の事でもあるんだ。いざという時に自分の身は自分で守れるだけの力がないと生きてはいけない。そんな事を聞くってことは君の世界にはモンスターは居ないんだろ?」
「はい、この世界のモンスターのような生き物は居ません。狂暴な生き物や毒を持つ生き物ぐらいはいますけど」
「そうか、良い世界だね。モンスターに襲われる心配がないというのは少しうらやましく思うよ。でも一番危険なのはモンスターなんかじゃない。人間だ」
優しそうな表情のまま怖いことを言うアーサーさん。
「怖がらせるつもりはないけど、このレヴェラミラで生きるにはやっぱり最低限の力が必要だよ。その為には自分で努力するしかないんだ。キミにも、ロゼにも強くあって欲しいと僕は思うよ」
にこやかにそんな話をするアーサーさんの横顔をみて何故か父さんの顔が頭に浮かんだ。アーサーさんの方が男前だし、優しいし、話も上手だ。けど子供を思う父親、家族を思う男としては世界が違っても何が違っても一緒なんだなと思った。やばいまた胸の奥が熱い。
「よし! と、今日はロゼちゃんを守ってくれて有難う。キミも鎧君もね!」
僕に向けて言った言葉かと思ったらこれだ、鎧と僕は一緒の扱いか。やっぱりこの人は面白い人だ。
「今日はありがとうございました。何か気持ちが軽くなった気分です。」
「あはははは、そうかい? そりゃあよかった。僕もセレスも嬉しいよ。」
「セレスティルさん?」
なんで今セレスティルさんが出てきたんだろう。
「あぁ、不思議そうな顔をさせたらごめんよ、君はさっきセレスティルにお酒を飲まされてるだろ?」
ヤバい、人妻に口移しで酒を飲まされたのばれてたのか?
「いや、大丈夫! 気にしないでいいよ。セレスは酔っぱらうといつもそんなことをするんだよ。僕も最初はイヤだったけどね。もう慣れたよ。それにセレスの口移しは体内で過剰に生成されるマナを放出する役割もあるんだ」
なんだ、怒られる訳じゃないのか、慣れたって……アーサーさん、苦労してるんですね。
「そうなんですか? マナが過剰に生成ってそれって良いことじゃ無いんですか?」
そんな体質、喉から手が出るほどに今の僕には欲しい体質だ。
「セレスティルの二つ名は知っているね? ”雪嵐”セレスティル、その実は”マナ過剰生成器官障害症候群”に掛かっているか弱い女性なだけなんだ。」
障害? 症候群? あのセレスティルさんが病気にかかっている?
「本来はどこまでも体内でマナが増幅し続けて赤ちゃんの時に死に至る病なんだけどね。セレスは運がよかった、過剰生成されるマナを放出出来る体質だったんだ。マナを冷気に自動変換して体外に放出する。それで付いた二つ名が”雪嵐”。本人はああだし、僕もこんなだからそんな風には見えないだろ?」
ああ、この人たちは本当に凄い絆で結ばれているんだ。そう思えるアーサーさんの言葉は僕のちっぽけな脳みそでは処理しきれなかった。
「それでね。セレスはキミに伝えたくなかっただろうけど、口移しで君の身体にマナを活性化魔法として送ったんだよ。それもあって体が軽いの! でもこれは内緒にしておいて、僕が殴り殺されちゃうかもしれないから」
裏表のない笑顔でさらっと怖いことを言うアーサーさん。本当に大丈夫だろうか……
「それじゃまた明日もローゼリスをよろしくね! エドガーの叔父さんにもよろしくって伝えておいてね!」
「はい! これからもよろしくお願いします!」
こうして僕はクロエへの謝罪と、クリストフ家の優しさを胸に、元の世界に戻る為に竜鱗亭へ帰っていった。
今日も色々なことが起き過ぎて本当に何が何だか分からなくなっていた。父さんに伝えることもまとまらないままで、夜が更けきる前にとりあえず”セーブ”するしかなかったのだった。
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