男なのに女子力が数値で見えるようになりました(後編)
翌月曜日。
登校してから、俺はクラスメイトを眺める。
+++ 推奨【他の人に目を向けよう】
に従った結果である。
空木さんはいつものように完璧だった。髪から肌から唇からつやつやしている。目が合うと、あからさまに視線を反らされる。……ちょっと悲しかった。
他の女子は彼女ほど完璧ではない。というか、よく見ると身だしなみの適当な奴が多い。ぼさぼさの髪、歪んだメイク、うっすらと産毛。まあ朝の高校生なんてこんなもんなんだろうね。
男子はもっとひどい。顔洗ってるのかすら怪しいやつが大勢いるぞ。あーあ、隣の奴、寝癖がひどすぎる。
「おまえ、もうちょっとどうにかしろよ」
俺は百円ショップで買ったくしで髪を整えてやる。ついでに汚い目やにをティッシュで取る。
「あ? ああ」
そいつは何をされているか分からないという風にあくび。朝起きてから鏡さえ見てなさそうだな。
「シャツのボタンが取れかかってるな。中に着てるTシャツもぼろぼろだから新しいのにしたらどうだ?」
「いや、まだ着られるから……」
――男なんてこんなもんですよね。本来であれば俺だってそうだし。今日帰ったら限界超えて使い続けてるような服や靴下を全部捨てよう。
+++ 女子力【611】up!
+++ 称号【家事初心者】
+++ コメント【人の振り見て我が振り直せ】
+++ 推奨【他の人に目を向けよう】
うわ、女子力が跳ね上がったぞ。他人の面倒を見ると上がるのか? そういえば、お菓子や料理も人に食わせると高得点だったね。
そうとわかれば……
俺は放課後に人の面倒を見る専門のアイテムをいくつか揃えることにした。ソーイングセット、鼻毛切り、ウェットティッシュなどである。
翌日からまわりの面倒を見まくる。
「制服の裾、ほつれてるぞ。ちょっと貸せ」
「シャツに醤油飛んだぞ。染みになる前に脱げ」
「腹減って昼飯まで持たない? ほら、アメちゃんでも食っとけ」
「箸を忘れた? 割り箸あるぞ」
こんな具合である。裁縫や染み抜きなどネットの情報に頼りながらであるが、俺はできる限りのことをやる。
+++ 女子力【839】up!
+++ 称号【気配り屋】
+++ コメント【頼れるアイツ】
+++ 推奨【さぼらず行動を続けよう】
女子力がうなぎ登りだ!
現在クラスの二位。
現女王、空木さんまであと少し。
俺はあまりの女子力に笑みを隠しきれなかった。
思えば遠くまで来たものだ。
数字を上げるのが面白いという理由だけで、ここまで女子力を高めてしまった。
遊び半分、ゲーム気分でやっていたことではあるが、数字以外の評価も周囲からもらうようになった。
「嫁にしたい」
などとクラスの女子から言われるのだ(嫁かよ!)。
「俺とつきあわね?」
そして男子からもこう言われる(ふざけんな!)。
まあこれはもちろん冗談なのだが、女子力が高い人間がモテるというのは事実であるらしい。モテるにしても、もう少し別のモテ方したいなあ……。
▽
俺は「推奨」に操られるように、周囲の人たちに目を向け続けた。
同時に空木さんのことをお手本としてずっと観察していたのだが――
最近なんか様子がおかしい気がする。
授業中、会話中に上の空だったり、挙動不審だったりするのだ。いったいなにがあったのか。
まあ……にぶい俺にでもだいたいわかるわな。
「空木さん、恋してるだろ」
「きゃー!」
放課後、人の少ない教室でズバリ言ってやると、空木さんは悲鳴を上げた。
「ちょ、ちょっとやめてよ! だれか聞いてるかもしれないでしょ!」
慌てている。否定するかのように両手のひらを必死に振る。
「空木さんが騒がない限り、だれも聞いてないと思うぜ」
クラスに残っていたやつらは、自分たちの会話に夢中で、こちらなど見ていない。
「好きな奴がいるんだろ?」
「な、なんでわかったの?」
空木さんは乙女力全開で顔を真っ赤にしている。
「だれにでもわかるよ。相手はどんなやつだ?」
「そ、そこまではわからないのね……」
「わかるわけないだろ」
「そうだよね。よかった……」
なぜか胸をなで下ろす空木さん。
「で、相手はだれなんだ」
「相手はね――頑張り屋さんかな?」
「頑張り屋さんね。なにか努力してるやつか」
「そう、無意味な努力してる人」
「なんだそれ?」
「例えるならバスケ部なのにピアノの練習してるような人」
「そいつは……馬鹿なんじゃないか?」
「そうかもね」
空木さんが笑う。こんな笑い方のできる子なんだな。家で笑顔の練習とかしてるのか?
「でも努力してる姿ってそれだけでいいと思うよ」
「そうなのか」
「確かに無駄なんだけどね。ピアノが弾けるようになれれば、それはそれでいいじゃない」
「ふーん」
俺には彼女の好みはよくわからなかった。
でも、空木さんみたいなパーフェクトガールに気に入られているその男は相当に幸せ者なんじゃないだろうか?
浮いた話に縁のない俺なんかは、せいぜいがクラスメイトたちからプロポーズされまくるくらいのものである。まったくうらやましい話だぜ。
▽
とうとう、その日はやってきた。
+++ 女子力【1037】up!
+++ 称号【女子の王】
+++ コメント【非の打ち所無し】
+++ 推奨【さらなる先を目指そう】
女子力が四桁に達し――空木さんを超えた。
クラスでトップの女子力。うちの学年……いやこの学校で俺に勝てるやつはもういない。
「――よっしゃ!」
全身に充実感がみなぎる。
ついにやり遂げたのである。
何ヶ月もプレイしてきたゲームをクリアした気分だ。
今の俺は最強だ。
最強の女子力の持ち主。
学校の全員が俺にひれ伏すに違いない。
そんなことを考えていた。
考えていたのだが……
なぜだろう。最近の俺は嫌われている。
女子力夢の四桁に達したあたりから、クラスメイトたちに反抗的を態度をとられるようになってしまったのである。
「おい、ちょっと待て。シャツが出ててみっともない」
朝の教室である。俺はいつも通りクラスの男子に声をかける。
「あ? そんなのどうでもいいだろ」
それが彼の返事であった。
「ほら、ネクタイもしっかり結んで」
「ウザいなあ……」
俺をふりほどくように、その男子は自分の席に向かう。
「歩きスマホをしない」
スマートフォン片手にやってきた女子が次の俺のターゲットであった。
「ちょっとスカート短すぎない?」
「黙っててよ。鬱陶しい」
と、邪険にされる。だれもがこんな対応なのだ。
「笑うときに手を叩かない。下品」
「うるさいな……」
「新作コスメ? 高校生がそんなメイクする必要あんの?」
「もう、勝手でしょ!」
なにを言ってもつっけんどんに返される。なんでこんなひどいことを言われないとならないのだろう。
あれほど男女両方からモテモテだったのに、なぜだ。
理由がわからない。
必死にみんなの面倒を見ていたというのに。俺はみんなに尽くしてきたというのに。
いったい何が悪いんだろう。
そんなある日のことだった。
俺のことを見るに見かねてか、気まずそうな顔の空木さんが俺にこんなことを耳打ちしてくれる。
「ねぇ……、最近、ちょっとなんかあれじゃない?」
「あれ?」
俺はなにを言ってるかわからず聞き返す。空木さんはやはり言いづらそうにしている。
「最近さ……、クラスの子たちにいやがられてるでしょ」
「ああ、そうなんだ、理由がわからなくてな」
「うん、それは、当然って言うかさ」
「当然?」
「しつこいっていうかさあ……」
「?」
「女子力高いを通り越して――お母さんみたいになってるんだけど」
「!」
「口うるさい母親みたいになってるよ?」
「!?」
そこで俺は、はたと気づく。
女子力の先。
あるいは女性の多くが向かっているであろう先。
そこにあるのは――
母親だ。
家族の面倒を見る母親。
俺は、この数ヶ月、必死になって女子力を伸ばしていた。
それはどういうことか。
つまり……俺は母親になることを目指していたのである。
女子力の行き着く先は母親なのだ!
+++ 女子力【1127】up!
+++ 称号【おかん】
+++ コメント【標準的な母親】
+++ 推奨【妊娠・出産して子供を育てよう】
できるか!
女子力の定義は場合によって様々でしょうが、若い女性がお母さん的に物事をこなすと「女子力が高い」と言われることが多い気がします――そんなお話です。
前編で身だしなみ、中編で家事、後編で他人の面倒というような流れになってます。
たとえ男性であっても、身だしなみをしっかり整えて家事は自分でやるくらいの女子力は必要と思いますが、自分で何でも出来ると結婚できないなんて話も聞きますね。
作中で最強の使い手として君臨している空木さんですが、彼女は共働きの両親(母親はファッション関係者)の代わりに家事を行って、弟妹の面倒を見ているというような設定になっています。作者が女子力の高い女性を想像したらこうなったとでも考えてください。
主人公と空木さんのフラグっぽいものが立ってますが、主人公の女子力が空木さんを超えた時点で、残念ながらぽっきりいってしまったものと思われます。