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暗示使い  作者: 夜鳥ツル
世界が変わる一週間
13/15

2日目(4)

ーーーーー同月同日 午後6時


ーーー壁時計の奏でる軽快な音色で、薄れかけていた意識がわずかに覚醒した。


目の動きだけで、壁時計を確認する。


室内は暗かったが、壁時計の針だけは仄かな蛍光色になっていた。




…六時、か。




まだ、これが始まって一時間も経っていない。


でも、僕の体感ではもう真夜中なんじゃないかってくらい、これをやっているように感じる。




窓の外は、もう暗い。




外の家々の明かりがわずかに反射して、室内を照らしだす。




僕は、床に倒れていた。




外傷は、ない、はずだ。


室内が暗いため、確認は出来ない。


いや、したく、ない。


もし、あるなら、身体中が青くなっている。


そんな予感がある。




そして、宙空にはひとがたが一つ、さも、今まで何もなかったかのように最初に浮かび上がった場所で、小さくゆらゆらと浮かんでいた。




ひとがたーーールナさん曰く、ヒトガタくんーーーは、どういう原理で動いているかは全く分からないが、ルナさんが言った通り、自動的に暗示を発動する装置だった。




その挙動に慈悲はない。




今までのパターンだと、次に来るのは暗示による物理攻撃だ。




僕はこの小一時間、ひたすら暗示による波状攻撃を受け続けていた。


順番は、物理攻撃、回復、そして、精神攻撃だ。


回復は一見、慈悲のようにも感じれられる。


しかし、長期的に見るとそれは、永遠に続く拷問に変わるのだ。


回復によって、身体の痛みは全てなくなる。


しかし、精神攻撃によって心はズタズタだ。


もちろん、ただやられていたわけではない。


攻撃もした。


反撃もした。


半ば、無意識だった。


条件反射と、言ってもいい。


しかしそれらは、謎の透明な壁によって全て無効化された。


最終的には防戦一方となった。


三周目までは、なんとか命魔法と種で防ぎきった。


しかし、精神攻撃はどうやっても防げなかった。


精神攻撃とは言っても、僕自身の感覚では、悪夢だ。




真っ暗な空間。


僕一人。


その中に、目が三つ。


真っ赤に輝く、目が三つ。


僕を見つめてくる。


全てを見透かすように。


呪ってくるのだ。




そうして、五周目になると全ての攻撃をもろに食らった。


十周目になると立っていられなくなった。


何周目か数えられなくなった時、声を我慢するのもやめた。




叫んだ。




(わめ)いた。




泣き叫んだ。




泣き(わめ)いた。



そして、懇願した。






ーーー暗示は、魔法に勝る。






それを、嫌でも痛感されられた。




誰も助けてはくれない。




…しかし、それを認識出来た時、僕は初めて、逃げるのをやめて考え始める。


ここから出るために。




ルナさんの言葉。


『そらせるようになったらこの部屋から出られるようになりますから』




「ーーーーー」





『三つの暗示が全部出来なくてもいいんです。大切なのは、暗示から、身を、守ること。…これを、忘れないで下さいね?』




「ーーーーー」




僕はどうすればいい?


なにを、すればいい?


なにが、出来れば、いい?




暗示をそらすのに必要な力。




明示。




纏暗示。




自己暗示。




…その中で僕は、明示が苦手。


これは、シヒさんが言っていた。




明示は、捨てる。


今はもう夜で、光も集めにくい。


なおかつ、自分に合っていないものならば、この状況で無理して挑戦する必要もない。




それなら、残っているのは纏暗示と自己暗示。




纏暗示はルナさんに見せてもらった。




…そう言えば、自己暗示は見たことなかった。


説明だけだった。


ルナさんにも、出来ないということなのだろうか?




…今は置いておこう。


今必要なのは、見本と、感覚。


見本は、ある。


あとは、感覚。


僕は一度、模擬戦の時に、無意識に発動したと、シヒさんとルナさんが言っていた。


感覚は、体が覚えているはずだ。




僕は、目を閉じる。




模擬戦の時の、自分が覚えている最後の感覚を思い出す。






…僕は、悔しかったのだ。






負けることは分かっていたはずだった。


でも、どうしようもない、埋められない差を見せつけられた時、思ったのだ。




悔しい。


なんで、ここまでやって、勝てないんだーーーと。


そして、完全に諦めきれない心の黒い感情と共に倒れたのだ。






ーーーそうか。








ーーー魔法と暗示は、違うのだ。








確かに、魔法と暗示は似通っている部分も多い。


制御の方法。


魔力を消費すること。


世界を、変えること。




だが、別物だと、異能だと、ルナさんは言った。


(げん)に暗示は、魔法より上位の力を有していた。


なら、魔法とは違う魔力、つまり、(みなもと)を使っていると考えればいい。




魔法に使う魔力は人間の精神力だ。




では、そもそも精神力とは?




精神力はーーー




ここまで考えた時、ついにヒトガタくんから暗示が溢れた。




それらは、ゆるく形取り、一斉に僕めがけて突っ込んでくる。




あたかも流星群のごとく。


僕に降り注ぐ。




痛み。




痛み。




痛み痛み痛み。




痛み痛み痛み痛み痛み。




痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み痛み。




無数の流星が降り注ぐ中で、僕は無理矢理、思考を続ける。




ーーー精神力は、心。




否。




魔法を使う中で、心が摩耗していくわけではない。




心は、ようは感情だ。




感情はむしろ、戦いの最中にも大きくなるくらいだ。




痛み。


暗示が当たるたび、体が跳ねるのがわかる。


それでもーーー続ける。


ここから、出るために。




ーーー魔力を使った後の状態はそういう感じじゃなかった。


…そうだ、カナタが言っていたじゃないか。


魔力が高い人は人格者だ、と。




人格は心とは違う。


似てるが、異なる。




そして、人格を形作るのは思考だ。


人間は思考してこそ、行動に移せる。




つまり、僕たちが精神力と言っていたのは、思考力だったんだ。




魔力を使った後の虚脱感は思考能力の低下によって起こっていたんだ。







では、暗示は?


暗示は、何を(みなもと)にする?




残りは一つ、だ。


そう、思考力の対極。






ーーー心。


ーーー感情、だ。






いつの間にか、暗示の(つぶて)は止まっていた。


身体の痛みが引いていく。


どうやら回復行動に移行したらしい。




身体が暗示に包まれる。




気にしていなかった分、むしろ痛みが引くほうが痛い、という、よく分からない感じになっている。




そして、暗示の気配が消えた。




回復の次は、あれが来る。




だが、焦りはない。




心は、無だ。




感情が、身体から染み出す感覚。


感情が、身体の外に溢れていく。


いい感情なんてない。


黒も黒、真っ黒だ。


だけど、それでこそ、この暗示を破るのに相応しい。


そう、思った。


心の中の余計な感情の全てを、身体の外へ、押し出す。






…やがて、見渡す限り、部屋中が僕の黒色の感情に染まったような気がした。


立ち上がる。


苦もなく立ち上がれた。




ーーー心の中が無になって初めて気付いたけど、思考力が極限まで研ぎ澄まされていた。




(なか)は無の世界。




外は感情の世界。




…今この瞬間だけは、この空間は僕のものだと、ふと思った。




そう思うと同時に、僕は、僕の中に存在する独立した空間を見つける。




ヒトガタくん。




ヒトガタくんは、不可視の壁によって、自らを守っていた。


周りが僕の感情で黒く染まっているのに対し、ヒトガタくんの周りは、白く光り輝いていたのだ。


それは、何者にも染まらないという、意思の表れに思えた。




だから…


だからこそ…


今は、邪魔だ。




ヒトガタくんは、僕の意思を感じ取ったのか、一際(ひときわ)強く輝いた。






暗示が、来る!






僕は目を閉じ、集中する。




目指すのは、外に出した感情を纏う感じだ。


徐々に、部屋の中が渦巻いていくのが感じる。


やがて、僕の周りに集束していく。




腕へ。




胴へ。




足へ。




そして、頭へ。



膜を張るように。




黒いものを、纏っていく。


厚さとしては薄いし、むら(・・)もある。


まるで、身体中に羽衣を纏ったかのような、少し頼りない感じ。


だけど、部屋中の黒いものを凝縮し、圧縮したものだ。


濃度は相当のものだろう。






これが、纏暗示。






そして、纏い終わるのを待ってくれていたかのようなタイミングで、ヒトガタくんから、暗示が放たれた。






僕は、泰然とした面持ちでそれを弾きーーー






ーーー気がつくと暗闇の中に立っていた。








…そんな。








嘘だ。


絶対に。


なんで。


どうしてだ。


纏えていたじゃないか。


なんで。


また。




…またか。




目の前には、赤い目が三つ。




そして、その下の部分に、横に赤く、線が走った。




…口だ。




今まではなかった、真っ赤な口だ。




その真っ赤な口は、




その真っ赤な三つの目は、




僕を見て、





ニヤリ






と笑った。






悪夢はまだ、終わっていない。

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