第三十八話:路上で寝れるとか本当にどういう教育されてたんだろう
歩みながら「カゲロウ、合わせろ」と呟くと、塁の両手と両足に漆黒の霊力が流れ込み、『絶刀:空絶』を創り、構える。
クラウモノは興味深そうにその様子を見ていたが、塁の姿を認識した途端、驚愕し、獣のように甲高い雄叫びをあげた。
「きぃぃやああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
クラウモノには眼がない。
鼻から上がないため当然だが、その代わりとして、クラウモノは霊力を視ることができる。人間が視ているような景色ではなく、サーモグラフィーのように、霊力の熱量によって世界を認識しているのだ。
そのクラウモノの視界に映ったのは、塁の体全体ではない。
クラウモノの目に映るのは、ただひたすらに彼の両目だけだった。
その両目は、普通の霊力のようにただ輝いているのではない。それは、悍ましく、恐ろしく、得体のしれない「何か」として見えた。
それはまるで、この世の理から外れた、原初の混沌から生まれたかのような、圧倒的な畏怖の象徴。
クラウモノにはそれが何なのか、理屈では理解できなかった。
だが、本能が警鐘を鳴らし、全身が震える。この存在は、決してこの世に存在させてはならない。ここで、この「何か」を消し去らなければならない、と。
二人の様子を見て、鏡花は困惑した。
(一体、何が起こっているの……?)
そして、構えた塁の姿に、自身の姉の姿を重ねた。
「あ、まずは119やな」
塁は構えを止め、ポケットから携帯を取り出し、何度か画面をタップしする。
塁の動きを認識したクラウモノは即座に塁に接近し、拳を放つ。
鏡花にはその動きを捉えることができなかった。
「ッ!!」
塁はギリギリで反応し避けたが、腕に纏ったカゲロウが鋭い刃を生やし、クラウモノの攻撃を阻む。
「あっぶね~サンキューカゲロウ」
「油断なさらぬよう、あやつ…結構疾いです」
クラウモノは頬をかすめたのか、一度距離を取る。
「だね。あ、もしもし~すいません救急です。はい、〇〇町二丁目の……あ、膳夫公園前です。えっと…めっちゃ血出てます。え?いや僕じゃないですよ………あれ?もしもし?もしもーし?」
塁は携帯を耳から離し、画面を見ながら「なんか切れたんやけど…」と呟く。
「まぁいいや。とりあえず、お前が先だ」
少し離れたところでクラウモノは塁に唸っている。
「あ、ちょっと待って。あれ言いたいあれ。………さぁ、ショータイムだ」
塁はそう言いながら、左手を構える。
「っくぅ~これ言いたかったんだよなぁ……あ、ごめん。もう良いよ」
その言葉と同時に、クラウモノは地面に指を食い込ませながら突進してくる。
塁もクラウモノへと疾走する。
クラウモノはその巨大な体躯からは想像もつかない速度で、鉤爪を振り回し、噛みつきで攻撃を仕掛けてくる。しかし、塁はすべてを紙一重で避けるか、カゲロウを纏った空絶で斬り伏せた。
(あの動き……)
鏡花は驚愕する。塁の動き、剣筋、そして体捌きは、鏡花の姉が使うものと酷似していた。まるで、姉の動きを、さらに洗練させたかのような……。
クラウモノは、シンプルすぎる攻撃が通じないと悟ったのか、不満げに鼻を鳴らす。そして、不気味に口を大きく開くと、空へ大きく跳躍した。
跳躍と同時に背中から蝙蝠のような大きな羽が生え、力強く羽ばたく。
「ギヒィッ!」
そして口の中から、無数の蜂が放たれる。その蜂は皆、鋭く大きな針を持ち、一斉に塁へと向かっていった。さらに、追撃するかのように、クラウモノの口から青いエネルギー弾のようなものが創られ、塁へと飛んでいく。
塁は一度、空絶を鞘へと納め、「ふぅ~……」と深く息を吐き出した。そして、高速で鞘から抜き、クラウモノ目掛けて大きく振り下ろす。
すると、刃から漆黒の閃光が放たれた。それは、一瞬にして無数の蜂を焼き尽くし、エネルギー弾を一刀両断し、爆発させた。
クラウモノはそれに驚愕し、「イィッ!?」と奇声を発した。
爆発から生じた煙が薄れると、塁は再び空絶を鞘へと納めている。しかし、先程とは違い、彼の体は雷のように黒く光っていた。その光を放ちながら、塁はクラウモノへと、とてつもない速度で飛んでいく。
クラウモノは驚き、咄嗟に両手をパンッと合わせた。すると、そこから暗い空間が広がり、巨大な白い菩薩の像が出現し、塁へ手のひらを伸ばした。
その攻撃を、塁は空絶で斬る。
しかし、それは非常に硬く、小さな傷しかつかなかった。
「硬っ!」
塁は驚きながらも、超高速で何度も斬りつけた。すると、少しずつヒビが入っていく。
(あ、いけそう)
そう思った塁は、さらに速度を上げる。しかし、菩薩はもう片方の手も伸ばし、塁を両手で挟んだ。
「ギヒィ!!」
クラウモノは勝ち誇ったような声をあげる。だが、その声は、一瞬でかき消された。
ザシュッ
塁の空絶が、クラウモノの体を貫いた。
「普通に斬ろうとする必要なかったな」
塁は菩薩のもう片方の手で、自身の姿を隠し、クラウモノの背後に回っていたのであった。
クラウモノは身を捩って空絶を抜き、すぐさま塁へ爪を突き立てる。
「カゲロウ、流せ」
塁の空絶から、カゲロウの霊力が流れる。赤黒く光る閃光、轟く雷轟、世界が白と黒に支配される様な雷光を纏いながら放たれたその一撃は鋭く、美しく、洗練されていた。
「絶刀:空絶!!!!!」
黒き刃はクラウモノの右肩あたりを切り裂き、半身を一刀両断する。
クラウモノは、まるで内部から焼かれるかのように悲鳴をあげ、焼け焦げた状態で地面に落ちていった。
そして塁も同じように落下する。
クラウモノはばたりと地面に打ち付けられたが、塁はスッと綺麗に着地した。
「足場がないと踏ん張りが効かなんな~」
塁はそう言いながら、鏡花の元へと歩み寄る。
「終わりましたよ先輩。怪我…大丈夫っすか?」
鏡花は「ええ…大丈夫とまでは…言えないけど、大まかな傷は直したわ…けど、霊力が底をつきた……って、それどころじゃないわよ!」と慌てている。
「ん?何が?」
塁が尋ねると、鏡花は「さ、さっきのって……」と戸惑ったように言葉を濁す。
すると塁は「あ~」と納得したような様子を見せた。
「さっきの『さぁ、ショータイムだ』のやつ?ウィザードの変身後に言う決め台詞何だけど…まあ、女の子は仮面ライダーわかんないか~。かっこいいんだよ~変身が。あの魔法陣のやつとか、僕いつもお風呂入るとき、腕と身体で泡の膜作って腕通してたんだよ~。いや~懐かし~」
なぜかウキウキと、楽しそうに話す塁。
鏡花は「ち、違うわよ!もう、色々と聞きたいことがあるけど、まず!なんであんた…モノノケが視えるのよ!?」と叫んだ。
「なんでって…元々視えてたし……」
塁が当たり前のように答えると、鏡花はさらに混乱した。
「じゃ、じゃああんたのその剣術はどこで習ったの!?」
「え?神社」
「……はぁ、じゃあ誰に習ったの?」
鏡花は呆れ気味と言うか、もう声を出すのすらつかれているような顔で聞く。
その問いに塁が答えようとした。が、その時……。
ガギ!!
まだ、しっかりととどめを刺せておらずクラウモノは塁の肘部分に噛みついた。
「ッ!!まずい!!」
鏡花はすぐに動こうとしたが、力が入らない。
このままでは塁の霊力すら吸いつくされ、二人とも戦えなくなり殺されてしまう。そう思った。
しかし、そうはならなかった。
「ふん!」
塁は空絶であっさりとクラウモノを斬り、祓った。
鏡花は唖然とした。
クラウモノの『悪食』の霊力吸引力はとてつもない。実際に体感したからである。
だから分かる。一瞬でも噛まれたら並の異能力者ならばすぐに霊力が枯渇してしまう。
しかし、塁は微動だにせず普通に黒刀を創り出し、斬った。
「まだ生きてたか……あ、で?なんでしたっけ?」
「はぁ………………」
ここで氷室鏡花の頭がいっぱいいっぱいになって、出血と疲労も積み重なり、気絶した。




