第三十九話:鳥蛮族
氷室氷花は目前に構える寺岡稽太を睨みつける。
その瞳は異能を発動していないというのに、恐ろしいほどに冷たかった。
「鏡花じゃないから全力でやれるわ」
稽太を見下ろすように首を傾けながら稽太を見据える氷花さん。
「ハッ、俺がそう安安とやられるように見えるか?これでも俺は小さい頃から親父に異能の扱い方や霊力とは何たるかというのを叩き込まれてきたんだぞ」
稽太は内心焦ってはいたが、顔に出ないように平静を装っていた。
(まずいな…より外傷の多い空蹴さんをあの二人に当てられた。正直あの傷でまともに戦えるか分からないが、相手は隊長だ。あの二人を欺くなんて容易なことだろう。早めに片付けて加勢したいところだが…それは無理かもしれんな……)
「…………」
一触即発の状況。
二人の五感には相手しか写っておらず、全身全霊を目前の『敵』へ集中させていた。
「破ァ!!」
その状況を破ったのは稽太。
指先に霊力を集中させ、累たちに視せたような霊力弾を氷室さんへと放つ。
「早いけど…まだまだね」
しかし氷花さんはその攻撃を軽々と避ける。
(やはり一番隊の副隊長なだけはあるな…まともに当てさせてもらえない……!!)
軽々と避けた氷花さんは稽太が思考する暇を与えないかのように高速で稽太へ接近する。
その拳には全てを凍らせてしまうような霊力が込められていた。
「ぐっ…!!」
「異能から身体強化への移りが少し遅いわね…まだ修行中かしら」
腹部にモロに打撃を喰らった稽太は苦痛の声を漏らす。
それを全く気にする様子がない氷花さん。
稽太はすぐに拳に霊力を込め、薙ぎ払うように氷花さんへ手刀を放つが、氷花さんは後方へ飛んで回避する。
(実力差がありすぎる…このまま負けてしまったら、俺達の負けが確定する…!勝つしかないのか…?俺が…氷花に……!!)
稽太がその実力差に打ちひしがれていると、自身の背後から低い声が轟く。
「稽太ぁ!!勝たなくて良い。累たちもすでにクレイルチームの陣地に辿り着いて、旗を奪取しようとしている!なるべく時間を稼げ。防戦に徹しろ!!」
カゲロウの低い声が稽太の耳に届く。
稽太の瞳に微かな希望が宿り、小さく笑う。
「ああ、だが俺も…男だ。守ってばかりじゃ敵は倒せないからな…今の俺の全力をぶつけ、倒して見せる…!!」
「あら、良いこと言うじゃない。私の中の株は神白累より上よ。あんた」
「そりゃ有り難い限りだ」
稽太は再び拳に霊力を集中させた。
その二人の様子を横目で視る空蹴は疲れた様子で頭を叩きながら千弘たちへ向き直る。
「はぁ…まさか僕達の陣地まで来ちゃうとは…少々鍛錬不足ですかね……」
空蹴は己の不甲斐なさにため息をつく。
「ハッ、そりゃ霊力がないって言って、塁を低く見てた野郎共だからな」
その空蹴を見下すように笑うカゲロウ。
カゲロウの言葉に怒りを覚え、三人を睨みつける空蹴は「まぁでも、試験に勝てば良いことですし」と澄ました顔で言う。
「どういたしますかい?カゲロウの兄貴。旗を持って逃げ続けます?」
その様子を見て小さな声でカゲロウに耳打ちをする中鳶。
「いや、それは駄目だと氷室先輩(あの女)が言ってやがった。だから、ここでこいつらから旗を守って、塁達がクレイルチームを倒してくれるのを待とう」
「で、でも吾輩達戦闘とか出来る質じゃないし…」
中鳶がカゲロウを頼るような目で見つめる。
「悪ぃが俺も出れねぇ。この前あの空間であの姿になったせいで結構霊力が枯渇してんだ。多分、あの時より時間持たねぇだろうな」
「無能かよ」
「ぶっ殺すぞ」
「すみません」
「だが……」
カゲロウは静かに低く唸り、下の千弘を見つめる。
「千弘が闘れるってんなら話は別だ」
◇
クレイルチームの陣地の中心、ちょうど旗の周り。
そこを囲む大量の野生動物たち。
その中でも一際大きなクマの上に座る小さな少女。
久我山奏である。
「さっきの下辺りだから…」
奏ちゃんは目を瞑って、霊力探知を研ぎ澄ませる。
「あ!居た!一人…って、あれ?なんか近づいてきてるような……」
奏ちゃんが霊力探知で発見した人間は猛スピードでこちらに駆けてくる。
「ぅおらああぁぁぁ!!ジンギスカンにしてやるぞおおぉぉ!!」
その正体はすぐに自身の視界に入ってくる。
ピンク髪の少女、情報にあった朝倉美玲という女の子だ。
とんでもない形相で自身が放った動物を追い回しながらこちらへ近づいてくる。
「お、見つけた。旗いただきぃ!!!!!」
一度可愛らしい顔に戻ったかと思ったらすぐに眼がガンギマり、旗の方へと全力疾走してくる。
「く、くまさん達!行きなさい!」
「な、なんだなんだぁ!?」
奏ちゃんがそう命令すると、周囲に居た数匹の大柄なクマが美玲に向かって走り出す。
「女の子ですから怪我はさせないようにしてください!」
まるで子に言い聞かせる母のような口ぶりでクマ達に命令した奏ちゃん。
その背後ではその二人の視界には入らない速度で、空中を旋回する鳥を掴み落とす塁の姿が在った。




