猫と未来の話
本日は四話投稿します
新着から来た方は注意してください
「じゃあ、行こうか」
「はい」
その日、僕と紅葉さんは並んで家を出た。
目的地はいつか訪れた換金所で、しかし要件はあのときとは違う。
――正式な手続きをしたいんです。
そう、紅葉さんが言ったのは、僕が告白し、紅葉さんが受け入れてくれたあの日だった。
聞くところによると、妖怪と人間の結婚には人とは違う手続きが必要で、それをするために退魔師の元に行かなければならないのだとか。
……まあ、それはそうだろう。
だって妖怪には人間と同じような戸籍は無いだろうし……役所に行って婚姻届けを出した日にはまた別のトラブルが起こりそうだ。
「……電車だけど、紅葉さん大丈夫?」
都心の方だけあって、車で行くより電車の方が早い。
だから、今回も歩いて家を出たんだけど……。
「ええ、大丈夫です。私も慣れましたので……それに、今回も傍に居てくれるんでしょう?」
「……それは、もちろん」
迷わないように案内するし、はぐれないように注意する。
それは当然のことだ。
ただ、それでも紅葉さんが辛いなら別の方法も考えなくてはならないと思っていて――
「……でも、今回は――を――いでもいいですか?」
「……ごめん、聞き取れなかった」
紅葉さんが少し俯きながら、小声で言う。
僕からでは体格差もあって、俯いていると表情が全く見えない。
「その、手を繋いでもいいですか?」
「――」
……そういえば、前回は紅葉さんが僕の服の端を握りしめていたんだった。
あの時は手を繋ぐような関係でもなかったし。
「……も、もちろん」
「……はい」
少し恥ずかしいけど、問題なんてあるはずがない。
今の僕たちは、間違いなく手を繋ぐような関係であるはずだ。
「……」
「……」
手が重なる。
暖かく、柔らかい感触が手の中にあった。
「……い、行こうか」
「……はい」
気恥ずかしいけど、とても嬉しい。
そんなことを思いながら、足を前に出す。
――そして、そのまま駅まで二人で歩いて行った。
◆
昼前には目的地に着き、中へと通される。
そして今回も入り口付近に残された僕を、あの時の女性が相手してくれた。
「この度はおめでとうございます」
「ありがとうございます」
ニコニコと笑いながら、女性がお茶を出してくれる。
僕はそれを受け取り――なんか妙に機嫌がいいな、と思った。
「私共からしても、今回の事は慶事ですので」
「慶事?」
首を傾げていると、こちらの疑問が伝わったのか答えてくれる。
「ええ、現代の退魔師の仕事には、妖怪の婚姻の斡旋もありますから」
「……え?」
「聞いておりませんか? 今回の件以外でも妖怪と人間の婚姻が行われていると。あれは私共が進めているのです」
……なぜ、そんなことを?
退魔師という言葉からは遠いような気がする。
「あなたは妖怪が人と深く関わるとき、必ず最初に正体を明かさなければならない決まりは知っていますか?」
「……ええ、聞きました」
確か最初の頃に紅葉さんが言っていたはずだ。
だから、僕の前で変身したのだ――みたいなことを。
「昔は騙される人間が多かったですから、仕方のないことです」
……それも、聞いた。確か昔は妖怪がやりたい放題やっていた、と。
「しかし、その決まりのために妖怪は居場所を失いつつあるのもまた、事実です」
「え?」
「それはそうでしょう。最初に伝えてからでないとダメなんて、一般人と関わるなと言っているようなものじゃないですか」
……確かに、それはそうだ。
「ここ百年で技術が進歩し、人の行動範囲は広がりました。結果、人と関われぬ、人の前に姿を出せぬ妖怪はますます生き辛くなっています。しかし、それでは困るのです」
「……それは?」
「簡単なことです。こういうところは人間と一緒。……居場所を失い、生きていけなくなった者が最後にすることは?」
……それは、自棄になるのかもしれない。
「そのため、最近は妖怪の居場所を作るのも我々の仕事なのです。なので、先程は私共にとっても慶事だ、と言いました」
「……なるほど」
そういうものなのか。
……もしかしたら、紅葉さんが里の場所を教えられないと僕に言っていたのも、この辺りの事が関わっているのかもしれない。
「そういう訳ですので、これを」
「……これは?」
「妖怪の身内となる方――婚姻等をする方にお渡ししている冊子です」
ズシリという重い感触が手に伝わってくる。
見ると、表紙には『妖怪のしおり』と、役所で見るようなデザインで書かれていた。
「妖怪という存在の在り方など、妖怪自身も知らないようなことが書かれているので、よく読んでおいて下さい」
「……それって、僕に渡してもいいんですか?」
なんか重要そうに聞こえるんだけど。
「もちろんです。特に子供について書かれているところは、紅葉さんと二人で読み込んでおいてください」
「……子供」
必要でしょう? と女性が笑顔で言う。
……まあそれは……きっとそうだけど。
しかし人に言われると反応に困るところだった。
「では、話も終わりましたのでこの辺りで。
――この度はご結婚、誠におめでとうございます」
◆
紅葉さんと並んで地上に出る。
思ったよりもあっさりと手続きは終わり、一時間も経たないうちに全て終わったようだ。
「事前に準備してくれていたようです」
そう言いながら紅葉さんが見せてくれたのは、一枚のカードだった。
個人の番号と住所が記入された、身分証明書としても使える物だ。
「……紅葉さんの顔が印刷されてるね」
「はい。これが私の人としての身分になると聞きました」
内容を確認すると、紅葉さんの名前と住所、生年月日がかかれていて――。
「――ん?」
気付く。生年月日が僕より数年後になっている。
僕の年齢と、差の年数を考えると……。
「二十歳?」
「あ、それは流石に本当の年齢は書けないからと言っていました」
仕方ないですね、なんて言っている紅葉さんの表情はいつもより緩んでいるように見える。……紅葉さん、実は結構年齢のこと気にしてるよね。
「……」
まあ、ありがたい話だ。
これがあるかどうかで暮らしやすさも変わってくるだろう。
特に紅葉さんは外見が外見だから、これが無いと職質されたときに困る。
昨日までならともかく、今日なんて手を繋いでいたから言い逃れが難しくなってるし。
「ねえ、それよりもこれを見て下さい」
「なに?」
紅葉さんが指を指しているところを見る。
そこには――。
「――ほら、あなたの名前になってますよ」
「そうだね」
カードに記載されている苗字が僕の名前になっている。ついでに、住所の方もあの家だ。
これは要するに……僕たちが正式に夫婦になったということなんだろう。
「……」
たった数センチの範囲に書き込まれた文字。
ただそれが、どうしようもなく嬉しい。
――と、紅葉さんがカードを納める。
そして、切り替えるように手を合わせた。
「さて、お昼ご飯、どうしましょうか」
「……そうだね、どこかに魚でも食べに行こうか」
どこか、寿司屋にでも行くのはどうだろう。
都心だし、きっといい店があるはずだ。
「いいんですか? 偶にはお肉とかでもいいんですよ?……私は苦手ですけれど」
「うん、一緒に食べたいからね」
紅葉さんのせっかくの提案だけど、断らせてもらう。
今日みたいな日に、わざわざ紅葉さんの嫌いなものを食べる必要はない。
もちろん、別々のものを注文することも出来るだろうけど、食べたら吐くようなものを目の前で食べられていい気はしないだろう。以前匂いも好きじゃないとか言っていたし。
肉なんて、一人の時にでも食べればいい。
ただそれだけの話だ。
「本当にいいんですか?」
その言葉に、なんとなく紅葉さんが来たばかりの頃を思い出す。
休日、遅く起き出してきた僕は、待ってくれていた紅葉さんに待ってなくてもいいと言った
でも紅葉さんはその言葉に――。
「――一緒に食べたほうが美味しいからね」
そう言ってくれた
今では、僕も心からそう思う。
一人で食べるより、大切な人と一緒に食べたほうが美味しい。
そして目の前で大切な人が笑ってくれたら、さらに美味しくなると思う。
「……そうですね」
「うん」
きっと、そうなのだ。
◆
――手を繋いで、一歩一歩前へと歩く。
歩幅を合わせて、少しずつ。
ふと空を見ると、大きなビルの間に青空が広がっていた。
そして、その隙間から数羽の鳥が並んで飛んでいるのが見える。
青空の下、というのも人生の門出には気持ちいいものだと思う。
……少なくとも、夜道を猫背で歩くのよりは、ずっと。
「――紅葉さん」
隣を紅葉さんが歩いている。
目が合うとにっこりと微笑んでくれた。
「なんですか? ――あなた」
――この幸せがいつまでも続きますように。
そう願い、僕はまた一歩、足を前に出した。
これでこの物語は完結になります。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました
次回作も執筆していくつもりなのでよろしくお願いします




