Episode 52 : モンスター
目の前のそれは想定していた中で最も最悪の状況が起きていること理解させるのには十分なものだった。
艶のない紺色をした遺跡の壁が内側にへこみ込む様に拉げ、その中心には壁の向こうにあるはずの景色が"風"とともに此方へと抜けてくる。
「マジかよ……外に出ちまったぜ」
その穴を一番早く発見し誰よりも早く近づいたスィリーが、後から追いついた俺の隣で間抜けな声を出した。
俺もスィリーの後に続き穴の内側を覗き込むと、ちいさく呆けた声を出していた。
もちろん知識では知っていた、しかし本物を見るのは初めてでとてもじゃないが屋内だとは信じがたかった。
ドーム型の天井部分には白色の三角ベースパネルが満遍なく貼り付けられ、その向こう側には雲が浮かび太陽が燦々と輝いていたのだ。
そして目の前には深く生い茂る密林が暗くどこまでも広がっている。
体にまとわりつくようなジメッとした空気や空から降り注ぐ日の熱だってまるで本物だ。
「外じゃない……ですよ。ここが、環境再現区画です」
「待てよレディ、これがか? どっからどう見たって地上だろ」
目の前に広がる自然は、どこかの土地から運ばれ敷き詰められた土壌、植物、生き物達、によって構成されているのだから間違いなく地上の物だが、空間を満たす明かりと透き通るような青さの空は高度な技術によって再現されたものでありそれは紛れもない人工物である。
しかし知識がなければ目の前の空間が船内であることなど到底理解できないはずだ。むしろ知識がある今でも目の前の空間が偽者なのか疑いたくなるほど再現度は高いと思う。
スィリーの言葉に俺は頷いた。
「それが環境再現区画が、そう呼ばれている由縁です。あの三角のパネル見えますか? あれ一枚一枚が空を再現した映像を流してるモニター兼熱源なんです。」
「なるほどなあ、じゃああれは空じゃねえってことか。すげぇな遺跡ってのは」
「これがただの遺跡調査ならよかったんですけどね……って感心してる場合じゃないですよスィリー。穴が開いてるなんて予想外だった」
そうだ。そうなのだ、これは遺跡調査というよりは敵が潜んでいるかいないかを調べるための調査だ。
俺は小さく頭を叩いて冷静になれと頭の中でつぶやいた。
まず基本的としてこの手の船舶遺跡は自己メンテナンス機能というべきものが半永久的に機能しているようで、故意に壊されない限り経年劣化によって内部が崩れるはずはない。
つまりこの穴は明らかに恣意的に開けられた可能性が高いということだ。
今一度穴の周辺を改めて見てみると元々いた通路側の方に穴を覆う形で煤の跡があったので間違いはない。
誰かがこの壁を壊した。
そして今大事なのはいつ壊したかだ。
俺はスィリーの肩を叩いた。
「スィリー。穴の周辺のサーモスキャンをお願いします」
「いいけどよ。それがどうかしたのか? 」
「穴がいつ出来たのかを調べて欲しいんです」
そう俺が言うとスィリーが腕部についたモニターを操作し、スィリーのヘルメットに取り付けられたカメラユニットから赤外線の照射が始まる。
「ああんと……穴の周辺温度は周囲より若干高いみてだし、結構新しく出来たみてえだな」
どこかを爆発したといった類の報告は入ってきていない。つまりこの穴は俺達がここに来る直前に出来た可能性が高いということになる……。
「スィリー。まだ敵がいるかもしれません先ほどより警戒を強めたほうがいいと思います」
「いや、その必要はなさそうだ」
そう言いながらスィリーが正面の木陰を指差した。
「あそこにあるのきっと死体だぜ」
スィリーの指を刺すほうへと目を凝らして見れば、血だらけの足が木陰から飛び出していた。
出来たばかりの穴の奥に死体……。
鮮血で汚れて判断しにくいが、あのブーツはここの職員が履いている作業用ものではなく襲撃者の戦闘用のものだ。
血が固まりきっていないことからあいつがこの穴を開けた犯人で間違いはないだろう。
つまり穴を開けた奴からの襲撃は少なくとも回避されたことになる。
しかし残る問題はあいつを殺した存在がいるということ――
「おーしお前ら、あれを確認しにいくぞ」
俺がその場で考えている隙に、いつの間にかスィリーは他の3人を引き連れ環境再現区画の中に足を踏み入れていた。
「待ってスィリー! その死体は明らかに不自然です。だから――」
近づくのは危ない――そう言い切る直前だった。
巨大な影――先端がジャックナイフの様な形をした鞭状――が血まみれの足のほうから突然飛び出すと死体に一番近かった、スィリーの右側にいた兵士が引き裂かれるような金切り声を上げるのと同時に、その体は真っ二つに裂けて鮮血を撒き散らした。
引き裂かれた肉体は一瞬だけ切り裂かれたことに気づいていないように宙に留まった後、鈍い音とともに地面へと崩れ落ちる。
死体が地面へと落ちきった直後例の影がスィリーの真上から飛び出す見えた。
「スィリー! 上です! 」
「っちぃ!」
影の存在に気づいたスィリーは咄嗟に粒子ソードで防御姿勢をとったが横に大きく吹き飛ばされ、鈍い音を立てながら巨大な岩に衝突。
そのまま力なく地面へと崩れ落ちていく。
「――スィリー!」
通信機に叫ぶ。
「…………」
反応がない。
体が痙攣しているのが見えるから生きてはいそうだ。
しかし気絶はしている可能性が高い。
今助けに行かなければ瞬く間にあの影の餌食になってしまう。
「こっちにも出やがった!」
スィリーたちの直ぐ後ろにいた二名の兵士が叫ぶ声が聞こえた。
そちらへと目を向ければまた新たな個体が姿を現している。
叫んだ二人は果敢に手に持つライフルでその影に立ち向かっているが、素早い影の攻撃を避けながら軽い応戦をするのが関の山といった状態だ。
スィリーを助けに動けるのは俺だけだった。
ここでとる選択肢は一つしかない。
俺は車椅子から降りると穴を潜り抜けた。
× × ×
入った瞬間、体中から汗を噴出すような暑さが身を包む。
穴の外側にいたときよりもはっきりと伝わってくる暑さはとても不快だ。
足のほうはだいぶ回復しているみたいだった。
痛みも不自由さもあまり感じない、もしかすると戦闘服のパワーアシスト機能のおかげなのかもしれないが……。
しかし走れるのなら今はそんなことは些細なことに過ぎない。
響く銃声の中を駆け抜け、ぬかるんだ地面を素早く蹴りこんでいった。
穴の外から覗いていた時は全体を見渡すことが出来た。
しかし穴の中をくぐり、木々の間をかけていると自分が何処にいるのか分からなくなりそうになる。
背の高い草と生い茂る樹木の間からスィリーを発見したのは、入って数十秒後のことだった。
スィリーが飛ばされたのは元々いた位置から小さな崖――中に入ってから崖があることに気づいた――を挟んで数メートル先の岩の近くだった。
崖は飛び越えるのには少々リスキーな幅があり、崖を迂回してスィリーの元へと走らなければいけない。
俺はさらに速度を上げ、全力で木々の間を走り抜けていった。
「スィリー! 起きてください。ここから出ますよ」
彼此何度も通信機に呼びかけながら近づいているが、まだ返事は返ってきていない。
しかしスィリーまであと数歩のところまで近づき、まだ奴の餌食になっていないのを見て少しほっとすることはできた。
起きたときにはこの不手際の責任の一切を責めてやらねばなるまい。
横から迫る風を切る音――。
咄嗟に後ろへと跳躍。
直後目の前を漆黒の鎌が通過し眼前の地面を大きく抉り取った。
出てこないとは思ったが、まさか待ち構えてるとは――。
見えるのは鎌だけだが、鎌の先はすぐそばの茂みにつながっている。
ならば奴の本体はそこの茂みの中に。
ブラスターのセーフティを解除しすかさず鎌の根元である茂みに向かってトリガーを引いた。
地を這うような低いうねり声。
どうやら本体に直撃したらしい。
正面から鎌が迫る。
鎌の勢いがいい。あまりダメージはなかったようだ。
股を大きく開いて素早くしゃがみ込み鎌を躱す。
躱した直後、茂みから"奴”が奇声を上げ現れた。
体長おおよそ5mその内体部分は2mほどの大きさのそれは、猿のような四速歩行で歩き、その目は獲物を逃さんとするカメレオンのようなギョロメ、口元にはこれまた噛まれたらひとたまりもなさそうな牙を持ち、体よりも長い尻尾の先には鋭利な刃――骨が進化してできたであろうもの――を携えている。
奴の目と俺の目が交わった。
刹那、奴の獲物が俺めがけて振るわれる。
カメレオンの目による立体視によるものか、寸分の狂いもなく放たれた刃は俺の頭部めがけて迫ってくる。
よけるには時間がないっ。
狙いを鎌に、すかさずトリガーを引く。続く小さな破砕音。
ブラスターから放たれたエネルギーは見事鎌を弾き飛ばしたらしい。
弾かれた鎌が即座に持ち主の身を守るように俺と化け物の間で静止した。
なんともまあ、たいした頭をあの化け物は持ち合わせてくれているようだ。
奴の口からは、不満そうな唸り声が出ている。
俺を一撃で仕留め切れなかったのが相当ご不満なようだ。
でも俺だって死にたくはない、それに一方的に殺されるためにいるんじゃないってことを思い知らせてやる。
化け物が再びその鎌を振り下ろしたタイミングで俺も走り出す。
眼前に鎌の先端。
瞬間、俺は左足のブースターを一瞬だけ起動し攻撃を避け、右足のブースターで一気に奴まで迫る。
「これでも食らえ化け物っ」
奴にぶつかるような勢いで加速を続ける中でブラスターのトリガーを引く。
――不気味な叫び声
咄嗟にとった射撃体勢は中途半端な形で、その反動がライフルストックを通して肩を強く打ち付け小さな悲鳴が漏れる。
が気にしてはいられない。
すぐさま右足のブースターを切り加速をやめ、前に放り出した左足のブースターを起動して後へと一気に跳躍して奴との距離をとった。
一方で奴は先ほど俺が弾を当てた腹部を片手で庇いながら、尻尾の鎌を無茶苦茶に振り周囲の木々を切り裂いている。
倒すことはできなかったが、かなりの深手を負わすことには成功したようだ。
しばらくして鎌の乱打が終わると、やつは俺のほうへと鋭い殺気を向け咆哮をあげてきた。
「ご機嫌そうな声を上げているな化け物。だが……次こそ仕留めるっ」
ブラスターのストックを今度はきっちりと肩に固定する。
奴が俺へと向かって走りこんできているのが見えた。
だがよけるつもりはない。
息を吸い、大きく息を吐き出す。
奴は奇声を上げるのと同時にその鎌を大きく振り上げる。
その瞬間を待っていたんだっ。
肩を穿つ衝撃。
何かを斬られた感触。
鈍く地に響く音。
そして訪れる静寂。
最初に感じたのは左肩の痛みだった。
しかしそれはとても小さい痛みで、戦闘服から打たれた鎮痛剤によりすぐに痛みは引いた。
次に牙むき出しにした奴の顔面が俺の目の前で静止していることに気づいた。
奴の額には大きな風穴があいていた。
最後に振り下ろされた鎌が俺の左肩を小さく切り裂き、後方の地面に突き刺さったことを知った。
そのことを数度頭の中でめぐらすと俺はその場にへたり込んだ。
倒せた。その言葉が頭の中を反芻した。
「……はぁ」
ため息を出したときだった。
俺の耳元から声がした。
「こっちは退路を確保したスィリーは無事か? 」
さきほど俺が戦ったのとは別の化け物と戦っていた兵士のうちの片方の声が聞こえてきた。
そして俺は今しがたスィリーを助けに来ていたことを思い出した。
「え、あ……今確認します」
「ああ、できるだけ早めにな。こっちは穴をふさぐ準備をしておく」
疲れきった声でそういわれると通信が切られた。
どうやら化け物を無事撃退できたようだ。
俺は重い腰を上げてスィリーに近づいた。
「スィリーいきますよ。スィリー」
腹部を軽く蹴り上げながら呼びかける。
そうでもしないとMCSの厚い装甲の上からでは衝撃が伝わらないのだ。
しばらくすると昼寝後に出るようなうめき声をあげながらスィリーが起き上がった。
「ん、ぁあレディ? 」
「そんな所で寝そべってないでさっさと立ってくださいスィリー」
「……あいつは? 」
「さっきのならそこでくたばってます。それより早く立ってください。この部屋から出ますよ」
俺がそういうとスィリーは粒子ソードを杖代わりにのっそりと立ち上がる。
「つー。腰がいてぇ……不意打ちってのはあんまりだぜ」
「体が真っ二つになってないだけよかったじゃないですか」
「まったくもってそのとおりだぜ」
そういいながらスィリーは腕を上へと軽く伸ばした後、俺のほうへと顔を向ける。
「んじゃいくとしようか」
「――うわっ」
スィリーの両腕が俺へと伸びたかと思えばあっという間に俺はスィリーの肩担がれていた。
「降ろしてください。自分で走れますから!」
「こっちのが早いし、早いほうがいいんだろ? 」
「そうですけど……」
「だったらこれが最速だぜっ」
スィリーはそんな調子のいいこと言いながら勢いよく出口へと駆け出した。
「起爆――」
大きな轟音と共に廊下の天井が崩れ落ち環境再現区画へと繋がった穴が塞がれた。
「これで当分は大丈夫だって信じたいところだ」
そんなことを隣の兵士がぼやいた。
「環境保護区周辺の壁は厚いはずなので、ここの天井を崩しただけなら中から外に出れるほどの影響はないと思います。仮にここにあれが群がって突破しようとしてきてもこの量の瓦礫なら暫くは持つかと思います」
そう答えながら、目の前の瓦礫を見つめているとランドからの通信が入ってきた。
「レディ。通信が繋がらなかったが何かあったのか? 」
「"少し”厄介な敵に出くわしてました」
「被害は」
「一名死傷。数名負傷です」
「……そうか。敵はどんなやつだ、まだいそうか? 」
「環境保護区の化け物です。二体にでくわして両方とも撃破しましたが中にはまだいるかと、今は入り口をふさいでいるので当分は出てこないと思われます。しかし、来る前から入り口は開いていたので中から逃げ出してないとも限りません。十分留意してください」
「わかった気をつけよう」
無機質な声は任務中のランドの声そのものだったが、さすがに思うところはあったのだろういつもより言葉数は少なかった。
「そちらは何かありましたか? 」
「ん、ああ。それを伝えようと思ってさっきから連絡してたんだが繋がらねぇから心配したんだ。いいかよく聞け艦内地図を見つけた」
「本当ですか」
それは大きな朗報だった。
艦内地図さえあればあの部屋へと二度と踏み込まないですむ。
「ああ本当だ。お前の端末に地図を送信する。受け取ったらすぐに開け」
そういっている間にも左腕についた端末から受信完了の通知が鳴った。
俺は即座に地図を開いた。
「いいかレディ。その地図の中心部分だ。なんて文字が見える」
「中心……」
地図の上へと向けられた視線を地図中央へと持っていく。
そしてその中心部に書かれた文字を読み、俺は暫しの間言葉を失っていた。
「……アカシックレコード」
「そうだ。アカシックレコードだよ。辺鄙な星でなんで襲われたか訳が分からなかったがこいつでハッキリしたな。俺たちは既にそこへ向かっている。お前たちもすぐにここへ向かえ、連絡は以上だ」




