Episode 45 : 外へ
惑星ネブラスカはヒューゴスティア連邦の首都星ウィーズボストがある宙域から最も近い宙域の一つで、人やモノの流通もかなりの頻度で行われている惑星の一つだ。
そんなネブラスカは惑星全体が一つの季節で構成されていて、今は丁度夏終わりがけといったような気候だ。
病室の開けはなたれた窓からは心地の良い涼やかな風がはいってくる。
そんなわけで鍛えるのにはちょうどよく、過ごしやすいここを俺は気に入っている――
「く、クレアちゃん⁉ せ、先生! またクレアちゃんが勝手に――」
突然横から叫び声が上がり、何かと思い腹筋を止め顔を上げる。
叫んだのは俺の担当看護師だった。俺がリハビリ以外で運動するところを前から何度か見ては、その度に叫んでいるのだがそろそろ慣れてほしいものだ。
カルテを落として廊下を掛けていく姿を見て、俺は頭に手を当てため息を吐いた。
「いいかいクレアちゃん。運動することはことなんだけどね。まだ君はその段階じゃないんだよ。そもそもまだ足も左手もちゃんと動かせないだろう? 」
暫くして看護師は、俺を担当してくれているおじいさん先生を呼んできた。
おじいさん先生は俺を見ると、皺皺しわしわの顔に困った笑みを浮かべて、ベッドに備え付けられた椅子に座っていつものように話し出す。
「すみません先生」
「謝ってくれる素直さはいいと僕は思うんだ。でもね、そうやって謝るけど君はまたやるだろう? 別に責めてるわけじゃない。心配なんだよ我々はね。だからリハビリ以外で激しい運動はちゃんと控えてくれないかい? 」
「……はい」
このやり取りはもう何回もした。謹慎の2週間はとうに過ぎていて、なんだかんだ頑張った結果――俺の体型はだいぶ元に戻っている。
その異常な体型変化の速さに俺自身驚いた。もしかするとこのまま鍛えればもっと体つきがよくなってくるのではないかと思い、運動をすることが止められなくなるほどだった。
だから隙あらばと運動をしては看護師に止められ、とうとう先生にまで止められる始末となった。
「アンジェリカ君も心配してるんだ。妹さんならあんまり心配させるようなことはしちゃいけないよ」
「あ、アンジュには言わないで! 」
「はいはい。わかった、わかった。でもあんまりこのままやる様なら言うから。今度こそリハビリ以外の運動はダメだからね。それに君の体、不思議な事に痩せてからはそれ以上体形は変わってないみたいだしね」
「わ、わかりました」
まあアンジュがそばに居なくて自由気ままに運動ができるのはいいことなのだが、アンジュは病院の人たちの間では有名らしい。俺が何かしでかすたびにこうしてアンジュのことを引き合いに出されては注意されている。
それにしてもアンジュが有名な医者だったとは……。
誇らしい反面、常に周りに目があるような感じがして少し気が落ち着かない。
「じゃあ、僕は行くよ。そうだクレアちゃん。今日は天気がいいからパーマー君と一緒なら外へ行ってもいいよ」
「ありがとうございます」
「ああ、それじゃああんまり無茶苦茶な事はしないでね」
「はい、いつもご迷惑をおかけしてすみません」
頭を下げ、俺は老医者を見送った。
これ以上の運動は手足が治ってからしかできないだろうし、これ以上やっているとそれこそアンジュにも怒られそうだからもうそろそろ辞めるつもりではあったのだが、今日のこれはそうするにはちょうどいいタイミングだったかもしれない。
それに外へ出る許可がもらえるとは運がよかった。
娯楽の少ない病室は退屈で仕方がなかったし、なにより地上にいるのに外に行かないなんて俺としては凄くもったいないと思っていたからだ。
いまだ隣に立つ担当看護師のパーマーさんを見上げると、パーマーさんは困ったような顔をして俺を見つめていた。
「もう、クレアちゃんッたら外行きたくて先生呼び出そうとしてた? 」
そう言う風に見られたか……。いや、まあある意味あってるかもしれないから不要な事を言う必要もないな。
俺はすかさず、照れ笑いのような表情を作り、小さく微笑んだ。
「えへへ、ばれました? 」
「バレバレよバレバレ。まったく普通に頼めばいいじゃない恥ずかしがり屋さんねぇ。じゃあ、車いす持ってくるから少し待っててね」
パーマーさんはその白いナース服を揺らしながら、白い壁の病室を出ていく。
俺が元気になってからはエレナもアンジュもお見舞いにくる頻度が少なくなった。
理由はよくわからないけど、ネブラスカはその地理的位置から娯楽施設が多いと聞くしそちらの方に行っているのかもしれない。
窓の外に広がる高層ビル群とその中に点在する緑色の木々を俺は眺めそう考えた。
「クレアちゃん用意できたからこっち来てくれる? 」
「――あッ。はい、分かりました」
俺はパーマーさんに軽く体を預けながら、車いすへと移動した。
今の医療技術を使えば、直ぐに体はよくなると言われてはいるが限度はある。
大怪我をした俺にはまだまだ回復の時間が必要で、自分の足で歩くにももう少し時間がかかるらしい。
「ああ、もうまたそんな強引な乗り方をしてぇ。ほらまたスカートがめくれてるわよ」
「――ッ」
パーマーさんに指摘され、俺はあわててスカートの裾を伸ばした。
ちぃ……アンジュが着替え持ってくるとか言ってたが、まさかスカートしかないなんて。
しかも短い奴ばっかり持ってくるからいっつもいっつもこうなるし。
「大丈夫、大丈夫。安心していいよクレアちゃん、見てないからね」
「べ、別にそう言うのとかじゃ、な、ないですッ! 」
「はいはい。じゃあ。外に行くわよ」
パーマーさんは俺の言葉を軽く受け流すと、車いすを動かし始めた。
× × ×
廊下に出てしばらく。丁度病院のロビーを抜け、外へと出ようというところだった。
「クレアー、来たよー」
大きなガラス張りの自動ドアから、煌く銀髪をはためかせこちらに向かって来るエレナがいた。
エレナと俺との距離はまだ何メートルか空いてるというのに、彼女の声は透き通るように聞こえてくるから不思議だ。
後ろにはもちろんアンジュもいた。仲は良好のようで、いつも見舞いに来るときはふたり一緒に来ることが多い。
「よかったわねクレアちゃん。お友達とお姉さんよ」
後ろから声が聞こえたかと思えば、パーマーさんが俺とエレナ達を見て微笑んでいた。
こういう時のパーマーさんの顔はなんだか親近感が沸く。
いや、これを親近感と表現するのかどうかはわからないんだが……まあ世間的に分かりやすく言えば、親戚のおばちゃんのようだと表現するのが適切なのかもしれない。
俺は振り返り、小さくパーマーさんに笑いかけると、車椅子をパーマーさんが進めてくれた。
「ごめんねクレア、最近お見舞い来れなくて」
「大丈夫ですよエレナ。最近はリハビリの時間とか検査の時間で、私も会える時間が限られてたからお互い様です」
「うーん……クレアって言い方がいつも大人っぽいなぁ。なんだか私のが年下みたいだよ」
そう言いながらエレナが俺の前でしゃがみ込んだ。
実際の年齢なら俺のが歳上だからエレナの言うことはあながち間違ってはいない。
でもそう思っている事がアンジュに伝わっているみたいで、なんだかアンジュの視線が痛い。
できる限り見た目通り振舞え、そうアンジュの目は言っているようだった。
もし、ここで変えなければ後で何をさせられるかわかったもんじゃない。
この場だけでも切り抜けなければ。
「そ、そんなこと……な、ないよ……? エレナのが余裕ある大人って……えっと、感じ、だよ」
「……どうしたのクレア? 変な喋り方して」
「へ、変かなっ!? 」
「別に無理して喋り方変えようとしなくていいよ。無理してるのわかるしやっぱりいつも通りでいいと思う」
「で、ですよね! べ、別に今までと一緒でいいですよね! 」
俺は負けた。
何に負けたかと言えば、男である俺のプライドに負けたのだ。
この間の戦いで女の言葉遣いなど完璧にマスターしたものだと思い込んでいたが、どうやらあれとは別の若者特有の喋りまではマスターできるメンタルをまだ俺は持ち合わせてはいないようだ。
軽く誤魔化す様に笑っておく。
「そういえば車椅子なんか乗って、どこか行くの? 」
「え、あぁ……はい。外に出ていいとお医者さんが言ってくれたので少し外へと」
「ホントにっ! クレアもう外出てもいいの!? 」
エレナが飛び跳ねた。
驚いたような、そして嬉しそうな笑顔を浮かべて俺の両手を握ってくる。
「い、一時的にです! 退院できるわけじゃないですよ」
エレナがあまりに飛び跳ねるものだから、俺も釣られて大きな声を出してしまう。
そういえば前にエレナがこの間の戦いが終わって時間ができたら一緒にどこかに行きたいと言っていたな……にしてもすごい喜び方ではあるが。
「……ああ、そっか。一時的にかぁ……まあそうだよね。でも今日は出ていいんでしょ! 」
「はい、一応。パーマーさんが一緒にいるという条件付きですけど」
「パーマーさん? 」
エレナが首をかしげたところで後ろに立っていたパーマーさんが、一歩前に出て小さく頭を下げる。
「看護師のジェニー・パーマーです。クレアさんの担当看護師をさせていただいております」
パーマーさんはいつも俺と接する態度とは打て変わり、いかにも大人な対応だった。
ただ、それはエレナに向けられているというよりは後ろに立つアンジュに向かって言っているようにも思える。
それを理解してかエレナは小さく顔をポカンとさせていた。
「クレアがお世話になってます」
「――! なってますッ」
ポカンとしているエレナに対して、早速その言葉が自分へ向けられたものと理解したアンジュはパーマーさんへと軽く会釈をした。
その様子を見て、慌ててアンジュと同じようにエレナが頭を下げる。
場慣れしていないエレナを見ているのは少しだけ面白かった。
「いえいえ。お忙しい中来てくださいましてありがとうございます。クレアちゃんも寂しがってましたから」
「……? 」
別に俺は寂しがってなどいないぞ……。
いや、確かに喋る相手がいなくて暇ではあったが、それは寂しいとは別問題で……。
ん、なんでそこでエレナは俺に優しい目を向けるんだ。
今のパーマーさんの言葉を信じてるのか?
「そうですか。それは来たかいがありました」
アンジュの俺を見る目も、若干微笑ましいものを見るような目になってるし……別に寂しがってなんかいないぞ俺は。
って思ってるそばからさらに優しい目に! ぐぬぬ……。
「ああ……もしよろしければお二人とクレアちゃんとで今日は外に行っていただいても大丈夫ですよ」
「え、いいんですか!? 」
パーマーさんの言葉に食いつくエレナ。
笑顔のまま頷いたパーマーさんは続ける。
「はい、先生には私から言っておきますからお気になさらないでください。それに、あのスタックバード医師が近くにいるのなら私なんかよりもずっと心強いですから」
「やったぁッ! やったねクレアッ! 」
「え、あ、はい」
高速で流れていく会話の応酬は突然俺へと振られた。残念ながらまともな反応はできず、俺はただ軽く頷く事しか出来なかった。
いや、どうも俺はこの手の会話は得意じゃないらしい。
聞いているうちになんのために話しているのかがわからなくなる。
そもそも目的のない会話なのかもしれないが、それはそれでついていけない。
「それでは、私は先生に伝えてくるのでこの辺で失礼させていただきます。病院は連邦標準時で22時には完全に出入り口を占めてしまいますのでそれまでにはお戻りください」
パーマーさんはそう告げ、俺に小さく手を振ると受付の方へと歩いて行った。
「じゃあ、行こっか」
パーマーさんの姿が見えなくなったところでエレナが口を開いた。
「そうですね。どこか行く予定があったりはするんですか? 」
「んー……特に決めてないんだけど……」
「夕方からは戦勝パーティだそうよ」
「え、そうでしたっけアンジェリカさん!? 」
エレナに補足をするアンジュ。
補足されたエレナの方はまるで聞いた覚えがないような反応をしている。
「朝に尖った髪型の人がそう言っていたでしょう? 」
「あぁ、あの頭悪そうな……」
頭悪そうで尖った髪型のやつは……ああ、スィリーのことか。
となると、アンジュの言う戦勝パーティというのはクラウソラスの面子だけで行われる小さなものだろう。
あまり騒がしいのは得意ではないが、そのくらいの規模なら出てもいいな。
そういえば、スィリーにエレナがあったというのなら、彼女は大丈夫だったのだろうか……?
前はハイドにあっただけで、ひどく怯えるほど男に対して恐怖感を抱いていたはずだが。
「エレナ、男の人はもう大丈夫なんですか? 」
「――え。あ、うん。一人の時はまだ怖いけど、それでもアンジェリカさんがいたりしたら割と大丈夫になったよ」
「そうでしたか――よかった」
そちらの方の回復もそこそこ順調なようだ。
まあ俺の時に比べたらはるかに早いし、比較的早い段階での治療が功を奏したのかもしれないな。
「心配してくれてありがとクレア」
そう言ってエレナは俺に笑顔を向けてくれる。
日差しに照らされた彼女の笑顔がとても眩しく見えた。
「でも……そんなクレアに心配されるほど私、やわじゃないから! 」
笑顔が突然いじらしい――何やら物騒な――笑みへと変わったエレナが俺の後ろへと回り込み、車椅子を勢いよく前に押し出した。
「わわっ! 待って、そんな乱暴に車いすひっぱたら落ちる! 」
「安心してよ。落としたりしないからさ! ほら、行くよ。今日はクレアが主役なんだからッ」
落ちない程度に――エレナに勢いよく車いすを押されながら、俺は病院を後にした。




