Episode 42 : 帝国の亡霊
赤黒い刃が見えたかと思えば、それはどこともなく掻き消えていた。
「――――――‼」
頭に突き刺さるような悪寒、足のブースターを起動し大きく前方へと転がる。
直後、後方からは巨大な破砕音が俺の体を突き抜ける。
「な、クソッ! なにが」
焦る思考を頭から振り払い、後方へと振り返る。
そこには、巨大な殺意のシルエットが浮かび上がっていた。
「まさか避けてくれるとは……世の中はやはりそう甘くはないということなのだな」
低く、大地を這うような声、一音一音に重い響きを持ったその声は、俺の心に強烈な印象を与えた。
赤黒かった刃の光が鮮血の様に輝き、その異様な重さの声を持ったシルエットはその姿を現した。
重厚な体躯に幹の様な腕、そして胸元にまで伸びた黒い髭が特徴的な老人がそこにはいた。
その老人の片目は閉じていて、もう片方の瞳が俺を強く睨み付けている。
「そしてそれがこの様な娘だとは……まさに屈辱と言うのにふさわしい」
老人はそう呟くと地面に突き刺さった大剣――ゆうに1m50㎝以上もある――を豪快に引き抜いた。
間違いない、こいつが、こいつこそが海賊の首領だ。
俺は改めて息を飲んでその体躯を見つめた。
そして圧倒的な威圧感を持った奴を前に体がすぼみそうになる。
ダメだ。もっと勇気を振り絞らなければ。
小さく呼吸を整える。
よし、大丈夫だ。
そう感じると俺は立ち上がり、ブラスターを海賊首領に向け、叫んだ。
「今すぐ投降しろ、さもなければ発砲する! 」
ブラスターのストックに頬を当て狙いを定める。
「最初から解りきったことを」
忌々しげに呟き巨大なその刃を抜きはらった。
それに合わせる様に俺は引き金を引いた。
炸裂する銃口、飛び出す青の光線。
そのすべてが狙い通りに男の頭部へと向かう。
「それで……攻撃のつもりか」
光線が海賊首領の頭部を貫かんとした刹那、奴の大剣の刃先が鮮血の如く輝いたかと思うと、Mブラスターの放った青の光は空中に四散。
更に追撃の形で放った銃撃も、何時の間にか赤白い刃の餌食にされていた。
× × ×
「なにが……起きた……」
目の前で起こった異常な出来事を俺は認めることが出来なかった。
光速で迫るブラスターの光線を弾かれたのだ……。
避けたのではなく、大剣を使い“弾いた”のだ。
「そんな馬鹿なッ……そんなことあり得るわけがないッ! 」
馬鹿げている、出鱈目だ。
そもそも俺の身長ほどもある大剣を、目にも止まらぬ速さで動かしていることが異常すぎる。
いや、これがMCSや身体強化特化型の戦闘服で合ったならばまだ信じられたかもしれない。
だが、奴の来ているものはただの布製の服で、奴の腕には肌色が見えている。
そう、どう見たってやつは“生身”なのだ。
「次はこちらから行かせてもらおう」
再び奴の持った大剣の刃先が赤白く輝きを放ち始める。
刹那、20mは開いていた俺との距離を高速で詰め寄り、瞬く間に距離をゼロへと近づけてきた。
「ふん! 」
大きく振り下ろされる大剣。
耳障りとも呼べる金属音。続いて引き起こされる小爆発。
咄嗟に後ろに飛び退いたが、爆風で着地を失敗し肩を強打した。
「うグッ――」
「これも避けるか。小娘と言えど、ここまで五体満足でたどり着いたからにはそこそこは……できるようだな」
「くそぉッ! 」
奴の見下すような目線とその口調、挑発とは理解していたが、体は堪らず動き出す。
寝転がったまま、Mブラスターを構えなおし発砲。
狙いは曖昧だったが、それでも奴の腹部に向かって飛んで行く。
「どうした。その程度で一矢報いたつもりか」
だがしかし、やはりともいうべきか、俺の放った光線は易々と奴の刃先へと吸収されてしまった。
化け物じみている、これで人だというのかこいつは。
それでも――俺は……。
「根性だけは一人前の様だな」
掌に着いた反重力発生装置を起動、勢いよく上へと落ちるような感覚を味わいつつ立ち上がる。
Mブラスターのトリガー部分の上、本体の側面に着いたボタンを押し込み、残りわずかなエネルギーパックを取り外すと、腰のマガジンポーチから新たなエネルギーパックを用意、Mブラスターに装填する。
「だけは、余計だッ! 」
海賊首領のいる方向へと、初めに抜き取った方のエネルギーパックを投げると、俺は素早く投げたエネルギーパックへと照準を合わせトリガーへと指を伸ばした。
奴自身への銃撃が効かないというのならば――
トリガーを引き、光線を発射する。
発射音が耳に響き、反動が肩を叩いた。
エネルギーパックは外側から大きなエネルギーを一度にを加えるとパック内のエネルギーを閉じ込めておく抵抗器が誤作動を起こし爆発を起こす。
俺はこの特性、利用できると考えた。
海賊首領めがけ飛んでいたエネルギーパックが、俺の放ったブラスターの光線に撃ちぬかれ。
その直後、エネルギーパックの金属製のパッケージは赤く発光――空中で爆発する。
「ぬうぅッ‼ 」
海賊首領は先ほどと同じようにその大きな剣で体を守ろうとしていた。
しかしそれでも爆風を完全には防ぎ切る事は出来なかったようで、爆風が収まった時には片膝を付いていた。
「――ほう、まさか……まさかこの俺がダメージを受けたとでもいうのか。この、俺が? …ク、クク、ハハハ、グアッハハハハハハ‼ 」
剣を支えに立ち上がった海賊首領は、片腕でいともたやすく大剣を床から抜き取ると、俺目掛けそれを突き出した。
「屈辱だな……ああ、なんと屈辱的であることか。海賊となった俺に初めて傷を与えた奴が、まさかお前のような小娘だとは……実に不愉快ッ! ―――だが、素晴らしい……実に素晴らしいぞッ」
「……それは、うれしい褒め言葉だ。俺もあんたにやっと一発噛ませたことが、嬉しくてたまらない」
あの爆風、決して威力が低いわけではなかったはずだ。その証拠に奴は膝をついていた。
だというのに、まだまだあのデカブツ……なんともなかったかのように笑ってやがる。
口ではああは言ったが、嬉しい所かまったくその逆の気分だ。
そんな風に思っていると、海賊の首領は俺を睨み付け指をさし、
「何もせず、ただ死んでゆく存在には興味はなかったが……この、ディルク・バルツァーに傷をつけたお前の名、知りたくなったぞ娘よ。その名を名乗ることを許してやろう」
「はっ、嫌だね。海賊なんかに名乗る名前なんてこっちは持ち合わせてないんだ。ささっと消え失せろッ! 」
「ふんッ……あいかわらずヒューゴスティア人は口が悪い。やはりお前たちなど家畜以下の存在、否、害獣と形容するのが相応しい……いいだろう。貴様が泣いて命乞いするときにはまた聞こうではないか」
奴の踏み込んだ足が地面を大きく唸らせる。バルツァーはそのまま宙に4mほど跳躍。
空中から放たれた斬撃はまるで流星、赤き剣線が俺をめがけて振り下ろされた。
――マズイッ!
左足のブースターを点火、右方向へと大きく飛び退く。
爆音、と同時に後方から強烈な衝撃波が俺を襲う。
床に空いた左腕を差し伸ばし反重力装置を起動、左腕を軸に側転し着地する。
ここまで戦ってわかったことのはたった一つだけ。
あの加速的な斬撃の攻略法を見つけなければ倒せないということ。
たったそれだけ――たったそれだけしかわからない。
俺は……勝てるのか? あんな化け物に……。
不安が体を駆け巡る。
それでも勝たなければいけない、勝たなければここで死ぬのだから。
分析だ。まずは奴の、あの斬撃の加速の仕組みを理解しなければこちらの攻撃が届くことは無いのだから。
恨めしげにこちらを眺めるバルツァーは再びその大剣を、抉れた地面から引きずり出す。
「また、また当たらんか……ちょこまかと猫の様に逃げよりおってからに。にしてもどうした娘、この俺に消えてほしいのならさっさと攻撃でもしてこればいいものを。それとも……その腕に持ったものは飾りか? 」
「そんなわけ、ないだろうッ」
すかさずトリガーを引き、発砲。
そのまま司令室の機材の陰を使い移動を開始する。
「ほう。隠れたか……だが隠れただけでは俺は倒せんぞ」
解ってはいたが、バルツァーは俺の放った光線を全て弾き飛ばした。
それでも奴の視界からは逃れることに成功した。
さて、どうしたことか……。
奴に一矢報いるためにはどうすればいい。
俺の持っているものは、Mブラスターに粒子ナイフ、そしてMグレネード。
Mブラスターのエネルギーパックは10個持っていたが、戦闘によって減っていったから残りは4個。
一パックで30発を撃つ込むことができて、ブラスターに入っている弾は残り27発、つまりあと撃てるのは147発、残弾に心配する必要はあまりないみたいだ。
そもそも残弾うんぬん以前に奴に当たらないというのなら意味がない。
くそッ、考えれば考えるほど――――
――轟音。
「……見つけたぞ小娘」
振り向けば、バルツァーは後ろ。いつの間にか物陰は吹き飛び、奴の刃は俺目掛けて振り下ろされていた。
周囲は障害物だらけ、後方にはバルツァーと司令室機材の残骸、普通に避けるには場所がないッ!
「隠れているのならすべて薙倒せばいいだけだぁッ! 」
右手の反重力機構を起動させ刃に向ける。
――避けれないのなら、攻撃自体を逸らせばいい。
その咄嗟の思いつきは予想外の事態を引き起こした。
「ッ――んあぁッ」
強烈な衝撃波、そして何かが割れる音。
奴の刃が俺を襲う寸前、丁度俺の右腕の掌の反重力機構が奴の刃に触れる直前、俺は右半身から勢いよく後方に“弾き飛ばされた”。
「ぐ……かはッ! 」
何回も地面と機材でバウンドした体は、壁に叩き落とされ、続いて床にずり落ちる。
痛みに何度か悶えていたが、暫くすると空間戦闘服の生命維持機構により鎮痛剤が注射され痛みが引いて行った。
くそ。一体なにがあった、そもそもなんで弾き飛ばされて……。
そこで俺は気づいた。
俺の掌にあった重力発生装置、その方向の制御をつかさどる素材が粉砕していることに。
なぜこれだけがピンポイントに……。
そもそも、なぜ弾き飛ばされたんだ?
反重力機構を使っただけで弾かれた。しかもかなり強烈に。
――となれば、もしかすると奴の剣には重力を使う機構が組み込まれているのかもしれない。
辺りに散らばった武装を拾い集め立ち上がる。
どうやら弾き飛ばされたのは俺だけではないらしい。
バルツァーも立ち上がるのが前方、遠方、に見えた。
「ちぃ……先ほどから猪口才なことをしおってからに。俺は正々堂々と戦うやつ以外には興味ない。そして貴様は万死に値する! 」
「最初から殺す気だっただろうがッ! 」
「違うな……違うぞ小娘。最初は貴様を調教して俺の傀儡にしてやろうかとも思っていた。だが今は、早速死ぬべき存在となったのだ」
「どっちにしろごめんだね」
ああ、そうだ。ここで奴に負けるのだけは御免だ。
それにあの奇妙な剣の仕組みはなんとなく理解した。
奴のあの超次元的加速は刃先に強力な重力場を生み出し、刃を“前方へと落としている”のだ。
そしてMブラスターの光線が効いていなかったのも強力な重力場に光が吸い込まれてしまうから。
つまりあの重力発生の機構を破壊できたのなら俺にも勝ち目はある。
「行くぞッ」
素早く地を蹴ると横に跳躍する。
そしてトリガーを3回ほど引いた。
横の壁までたどり着くと今度はグレネードのピンを抜き、壁を蹴る。
「これでも食らいやがれよデカブツぅッ! 」
正面のバルツァーに向かいMグレネードを投擲、素早く足を前方へと向けブラスターを噴射、後方へと舞い戻る。
「ぬうぅ! 」
直後に爆風。
バク転を使い勢いを殺しながら着地し正面を見れば、奴はまたもあの剣を盾に防御していた。
Mグレネードの爆風じゃ無機物相手にはあまり意味がないか。
即座にトリガーを引く。
「まだだぁッ! まだ終わらぬッ! 」
奴の剣が赤字白く光るのと同時にMブラスターの光線が取り込まれていく。
光ると重力が発生するという事か!
それを見極めるとまた素早く移動を開始する。
「次はこちらから行かせてもらうぞ! 」
奴の刃が光ると、20mもあった距離を一瞬で詰めてくる。
「死ねェッ! 」
奴の刃が俺の首めがけ飛んでくる。
すぐさま足のブースターをふかして後方へと緊急回避して……。
丁度その時、俺は見た。
俺の付近にあった機材の一部が奴の剣に餌食になるときの様子だ。
機材は奴の刃に当たる前に砕け散っていったのだ。
――つまり奴の攻撃は直接的な物理攻撃ではないということだ。
そして刃が光ると発生する重力、あの刃は重力の方向を制御するための部品だとすると……。
後方で素早く着地、すぐさまトリガーを引き応射する。
「まだ逃げるか小娘ェッ! 」
弾かれる光線を尻目に、機材の茂みを小刻みに移動し奴から距離をとる。
重力の指向制御をつかさどる素材はあまり耐久性が無かったはず。
となれば、奴の刃を壊すことが出来れば、あの武器はその特性を失う。
「うらあッ! 」
奴の攻撃を再び躱す。
しかし幾ら仕組みを理解したと言えど、このまま普通に戦っては勝てるわけがないのもまた事実。
奴の刃に、直接的に攻撃を与える方法が無ければ意味がない。
つまりは奴の刃の周辺、つまり重力圏外側で大きな爆発を生み出しても意味がないことを意味しているからだ。
どうする……どうすれば刃先にダメージが入るんだ。
後方へと着地し、応射しようとした刹那――
「追いついたぞおぉおおお――――――ッ! 」
奴の刃は俺を縦に真っ二つにするかのごとく振り下ろされていた。
「――ッ」
咄嗟にMブラスターを盾にした。
「しまッ」
Mブラスターごときじゃ奴の刃には盾に使えない。それにこのまま攻撃されれば、ブラスターのパックが爆発する。
「終わりだああああッ」
振り下ろされる大剣。
勢いを失うことなくその赤い死の鉄槌は遂にMブラスターへと――――――
しかし、Mブラスターに奴の攻撃が当たる寸前。
事態は驚くべき展開を迎えることとなった。
「――馬鹿なッ! 」
Mブラスターが爆発したのだ――やつの剣、その重力圏の内側で。
幸いにして爆発は重力圏の内側で押しとどめられた、それほど強力な重力がはたらいていたということでもある。
刃は爆発により砕け散り、行き場を失った重力が戻ろうとして奴の剣本体を押しつぶす。
やつはその余波を受け後方へと体を仰け反らした。
このチャンス、見逃すわけにはいかない!
腰のナイフポーチから粒子ナイフを素早く引き抜く。
この瞬間にたどり着くまでに俺は、多くの人間を巻き込んだ。
それは負けて許される量ではない。
だからこそ、勝たなければならない、倒さなければならないのだ!
「はあぁあああああ! 」
床を蹴り、奴の首元に飛び出していく。
俺は諦めない! 諦めないんだッ!
ナイフの粒子発生ボタンを押し込み刃の切れ味を上げる。
そして――――
「これでぇ、終わりだあぁああああああ――――――――――ッ! 」
粒子ナイフの刃がバルツァーの首に食い込み、引き裂く。
そのまま動脈を切り付け、俺は後方へと飛びぬけた。
【設定集1】
重力発生装置仕組み(ざっくり)
機構内部で一瞬だけ巨大なエネルギーの爆発を発生させ、擬似的な質量を生み出す。すると周辺空間はその質量に押し出される形で空間が歪み次の瞬間にはエネルギーが空間に拡散、擬似的な質量が消滅することにより押し出された空間が元に戻ろうとし逆向きに凹むことで、重力を発生させている。
これを連続で起こすことで人工的に重力圏を形成させることが可能となった。
バルツァーの所持武装。
重力剣「グラブブレイド」について
剣内部に重力発生機構が取り付けられている。
生み出した重力は刃先の特殊な素材を通して伝わり、刃の前方空間に重力を生成、重力に剣が吸い寄せられることにより重い剣を高速で動かすことができる。
剣を動かすことで同時に重力の位置も変わることで、刃先に重力が生み出される限り刃は前進を繰り返す。




