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Episode 30 : 夏虫疑氷

「大事な話だ」


 そう告げる声はいつもよりもずっと低い声で、それでいて目の前の相手に対し威圧ではなく冷静さをもたらす響きであった。

 俺の目の前にしゃがみ込んだランド。

 彼は俺の両肩をその鍛え抜かれた骨っぽい手で確りとつかんでいる。

 ここは先ほどの作戦室から少し離れた小部屋――事務用品を詰めておく為の倉庫のような部屋である。

 周りには誰もいない。誰かに聞かれてはまずい話なのだろうか。

 俺は彼の表情を読み取ろうと顔を凝視していた。


「作戦から降りろ」


 一瞬彼が何を言ったのかが理解できなかった。

 俺は作戦に参加できない……。

 何故? 俺の戦闘能力は確かにランド達に比べたら低いかもしれない、それでも今回一緒に行動するただの軍人たちと比べたら俺は強いはずだ。

 俺は顔を歪ませランドを睨み付ける。


「なぜですか? 私が女だからですか?」

「それも確かに関係するかもしれないがそこじゃない」

「ではなんでですか? 私が弱いからですか?」


 俺は役立たずだったのだろうか。彼らに比べて体力や戦闘能力が劣っているから…………。

 このままいけば彼らに迷惑をかけるかもしれないから来るなと言いたい訳か。

 俺は小さく唇を噛んだ。

 しかしランドは小さくため息を吸うと、俺の肩から手を離し立ち上がった。


「違う。お前の戦闘能力に対して俺達は何の文句もない、むしろお前はよくやっている」

「じゃあ!」

「とりあえず落ち着けェ、叫んだって何も変わらんねぇだろ」


 ランドは俺を睨み付け、そして少しきつめな口調でそう言った。

 その言葉は確かに正しい。

 焦ったって意味がないことくらい俺だってわかっているつもりだ。

 それでも胸元から湧き上がる感情を如何しても止められないのだ。

 そんな風にランドを睨み返す。

 するとランドは少しばかりか呆れた様子で口を開く、


「あの生存者はどうする。ここから先、お前が彼女と会える時間は無くなると思った方がいいぜ」

「それは――」


 ランドの一言に俺の言葉が途切れる。

 でも、エレナは<ヌアザ>の医務室に今はいるはずだ。

 このまま作戦を実行してもまだいるのではないだろうか。

 でもランドがそういうという事は……。

 俺は頭の中に過ぎった一つの憶測を言葉にする。


「彼女を……ヌアザから移動させるんですか?」

「いいや、それはない。彼女は。正直言って、今、ここで、公にすると俺達の立場が危うくなる可能性がある」

「――立場が危うくなる?」


 俺がランドにそう尋ねると。ランドは剃りのこしのある顎を擦った。


「まあ、あれだ。報告してなかったんだよ」

「な、なんで、ですか?」


 彼女は別に後ろ暗い何かがある人物ではないのだから報告しても何も問題ないはずだ、なのにしなかったのか。

 それとも単に忘れてて、今言うと唯でさえ相手から不信がられているのに余計不信がられるという事だろうか。


「貴重な情報源をまだ味方ともわからん奴に渡したくなかった――って言えばアレなんだが……まあ素で忘れてた」

「そうですか」


 少し間を開けてから俺は相槌を打った。

 確かに後付けだとしても、今ランドが言った言葉の前半部分についてはそれなりに納得できるところはある。

 現に此処に来た当初に軍に引き渡していたら、俺達は彼女と接触することは出来なくなっていたかもしれない。

 しかしここまでの話の中で俺がエレナと離れなければいけない理由はないはずだ、むしろ一緒に入れるのではないだろうか?


「それならなぜそんな事を聞くのですか? エレナは一緒にいられるのでしょう?」


 ランドは無言だった。

 何て言うか――まだ何とも言えないがそれはない――とでも言いたげな風にさえ感じられた。


「だって彼女は、このヌアザにまだいるという事なんでしょう?」


 俺はもう一度ランドに尋ねる。

 するとランドはため息交じりに呟いた。


「そうだ……」

「なら――」

「いいかレディ。お前が作戦に加われば、お前はこの船から一時的に離れなければいけない可能性が出てくる」

「…………」


 今度はランドの言葉に俺が黙り込んだ。

 どういうことだ――俺がヌアザに居られなくなる――何故?

 俺の頭の中は彼の一言に混乱を起こし沈黙する。

 するとランドは更に言葉を続けた。


「お前は彼女に入り込みすぎた。今、彼女の前からお前が消えたらどうなる?」


 ランドの言葉に俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 俺は彼女の安全な回復を優先するあまりに俺は彼女から依存されてしまっているとランドは思ったのかもしれない。

 確かに俺が彼女治療に大きく貢献していたのは間違いはない、はずだ。

 それに彼女は俺とよく話している。

 そんな俺が急にいなくなったら……。

 彼女の心はまだ完ぺきに治ったわけじゃない。

 今、俺が離れたら彼女はまた自分の殻に閉じ籠るかもしれない。

 それは俺としても避けたいが……。


「それでも――自分は軍人です」

「なら降りろ。命令だ」


 突き放すようにランドは言った。

 例えこの作戦中ヌアザから離れなければいけない可能性があったとしても、俺は軍人だ。

 使命を果たす義務がある。

 だからこそ俺はここで引き下がるつもりは無い。


「彼女と話し合って、それで彼女に納得してもらいます」


 そう言った俺に対し、話し終わったつもりで扉に向かって歩いていたランドが振り返り、俺に威圧するように言う。


「やめろ」

「嫌ですッ。俺は、参加したい。彼女の為にも」


 感情が高ぶったせいで一人称が素に戻ってしまったが俺は気にしていられなかった。

 そして俺はランドの腕を両手で掴みかかり、縋りつくように引き止めていた。

 どうしても参加したかった。

 エレナは海賊の手によって家族を失った。

 エレナだけじゃない大勢の人々が海賊たちの手によって犠牲になったのだ。

 そしてそんな惨状をあの船の中で見た俺は軍人で、海賊たちの無差別な暴力を止める力がある。

 それなのに、俺だけじっとしてなどいられなかった。

 それから数歩進んだのちランドは足を止めた。

 そして俺に手を離すように促すと近くに置いてあった箱の上に腰を下ろす。


「――わかった。そんなにも参加したいというなら、一つチャンスをやってもいい」


 ランドは一拍間を開けて俺を睨む。

 その眼は怒りや憎悪、嫌悪などではなく何かを見極めるような鋭さを持っていた。

 俺はそれに対し睨み返す。

 参加したい気持ち、そしてその決意が甘い物ではないという為に。

 暫くお互いがにらみ合い続けた。

 何か思いついたのだろうか、ランドはフッと息を洩らすと。口を開いた。


「内容はこうだ。俺がいる前で彼女と話せ。それでも冷静でいられたならお前の参加、考えてやらないでもない」

「……わかり、ました」


 不満はあった。

 しかしこれしかないというならば仕方がない。

 エレナをこんな事に着き合わせるのはあまり気が進まなかったが、俺はエレナがいる病室へと向かう事にした。




 ×    ×    ×




「あれ、今日はいつもより早いのね」


 病室に入るとベッドの上の少女がが朗らかな笑みを浮かべて出迎えてくれた。

 そんな少女の髪は癖のないまるでシルクの様な長い銀色で、頭の左右で髪の一部分だけ括られ、髪型的にはツインテールとロングヘアを合わせたような髪型をし、整った顔、白い肌、何て言うか凄く可愛らしかった。

 彼女はエレナ・ミッドフィールド――海賊に襲われた客船で唯一生き残った生存者である。

 年齢は16歳、家族と遊覧船に乗っていた所を海賊に襲われ、その時両親を目の前で失ったショックから一時期はひどく昏睡していて喋る事すらままならなかった。

 それでも彼女は俺や他の人たちの助けもあり今ではかなり回復してくれている。

 エレナは回復してく内に感情も見せるようになって――なんていうか強引なところもあるけど――明るくて一緒にいると俺の方が元気をもらうこともある。

 そんな彼女を前に、俺は緊張していた。


「そ、そうだね」


 果たして今の俺は普段通りの笑顔が出来ているだろうか、ガチガチに固まった俺の声を前に不安が膨らんでいく。


「ん? どうかしたの」

「いや、えっとね……あの、ね」


 “当分会えなくなるんだ”俺はそう言わなければいけない。

 だけれどそれでエレナが嫌がったら俺はどうすればいいのだろうか。

 ランドにあんな事を言った手前できれば確りと納得してもらいたい、けれど強引に話を進めても彼女もランドも、そして俺も、誰も納得はできないだろう。

 だからこそ言い切りだし方はないかと考えているんだけれど……。


「大丈夫? クレアらしくないよ?」


 正面の少女――エレナ――はそんな俺の事を心配して声をかけてくれている。


「本当に大丈夫……大丈夫」

「本当に?」

「あ、ああ」


 どう言えばいい……。

 考えれば考えるほど思考は変な方向へと転がっていく。


「あ~……えっと、もし、もしもだけど私が当分エレナに会えないって言ったらエレナはどう思う?」

「なんで急にそんなこと聞くの? そうだねぇ……悲しいかも」

「そっか」

「でも如何したの急にそんなこと言って変なの」


 エレナはあまり深く考えていないのだろうか、あまり感情が変化しているようには見えない、しいて言うならじっと真っ直ぐ俺を見つめているだけだ。


「――変、か。そうだよね。変なこと言ってたねごめん」


 俺が軽く笑いつつ話を逸らそうとした時だった。


「もしかして本当にそうなの?」

「――えっ」


 突然の事に俺は俯き気味だった顔を持ち上げエレナの方を見る。


「どれくらい」

「えっ」

「どれくらい会えないの?」


 その言葉に俺は思わず後方を見る。

 其処には小さな鏡――ミラーガラス――があってその向こうにはこの部屋の状況をモニターする部屋がある。

 そしてそこには俺の様子を見ているランドがいる。


「鏡何て見てどうしたの?」

「な、なんでもない」


 たぶんランドは俺がなぜ鏡の方を向いたか知っているだろう。

 この部屋には幾つかマイクも仕掛けてあってモニター室には全部聞こえているはずなのだ。

 だけれどこれは俺とエレナの問題、俺が此処に入る前にランドにそう言われていた。

 だからランドが答えてくれることは無い。

 俺は再びエレナの方を向いて黙り込んだ。


 あの作戦はどれくらいで終わるのだろうか。

 一週間? それとも一ヶ月くらいだろうか?

 基本的に宇宙で行われる作戦と言うのは惑星上で行われる作戦よりも全体的に時間がかかる。

 その理由はいくつもあるが最も大きな原因となるのは移動時間だろう。

 比較的近い惑星間でも3日はかかる。

 だからこそ今回の任務、どこまで行くかによって作戦の長さは大きく変わる事となる。

 しかしだからと言って抽象的な表現や、余裕を見積もりすぎたものを言うのは、エレナに俺がずっと会えないと言っていると受け取られるかもしれない。

 かなり微妙だ。

 暫く考えてから俺は重たい口を開いた。


「多分、3週間くらい」

「そっか……」


 俺の言葉にエレナはなぜだか安心したと言わんばかりの息を吐いた。

 安心してる?

 なんで?


「エレナ?」

「私は大丈夫だからクレア」


 先程まで俺を心配していたエレナの表情は打って変わり、今はまた最初の様な朗らかな笑みを浮かべていた。


「大丈夫、クレアにはクレアの事情があるんでしょ。それにその事なら医者のお爺さんが前から教えてくれてたから大丈夫だよ」


 エレナの言葉に俺は今一度鏡の方に振り返る。

 何時の間に言ったんだ?

 それにそんなこと言ってエレナがパニックでも起こしたら……。

 嬉しい反面、老医師の軽率な行動に若干の不満を抱く。


「本当に大丈夫だよ。だから悩まないで」


 後ろから暖かな言葉を掛けられる。

 悩んでる? 俺が?

 俺の中に動揺が伝わる。

 ぎこちなくエレナの方を向いた。


「私が、悩んでる?」

「そう、クレア、物凄く辛そうな顔してるから」


 そんなエレナの言葉に俺は固まる。

 そして何を返していいかを悩んだ。

 これはどういう事だろうか……。

 そんな風に思っていると――


『もういい。戻ってこい』


 突然、室内に取り付けられたスピーカーから低い重低音が聞こえ俺に戻ってくるよう告げた。

 ダメだったのだろうか……。

 俺は。

 足取り重く扉の方に近づいていくと。


「頑張れ」


 と後ろから俺に向かって声が飛ばされた。

 振り返ればエレナが大手を振って「頑張れ」と溢れんばかりの笑顔で言ってくれている。

 俺はフッと笑う。

 少しだけ諦めが付いた気がした。


「ありがとう」


 そうエレナに言うと、俺は病室を後にした。




「さてレディ。俺が言いたいことは分かるか?」

「参加はできない。ですか?」


 病室を出ると俺の視界を埋め尽くさんばかりの大男が立っていた。

 それに対し俺は目を背け小さくため息を吐くように呟く。


「さぁどうだと思う?」


 少しばかりニヤケづいた声に俺は顔を上げる。


「どういうことですか?」

「お前は、俺がなぜ参加させないと言ったかわかったか」

「一体どういうことですか?」


 俺は眉を顰めランドを見る。

 それから俺は今までの流れを整理し、頭の中で再構築していく。

 俺が彼女に依存されていて。

 そんな俺が離れたら彼女がパニックを起こすのではないか……。

 だからそれを確かめるべく――

 ……ああ、そういう事だったのか。

 考えている内、俺の思考が偏っていることに気づいた。

 そして多分、俺は理解した。


 もしかすると――俺がエレナに―――依存していたのかもしれない。

 軍人じゃない、それに中身は違えど外見上は同性のエレナに。

 気を張る必要のない相手に、俺は甘えていたのかもしれない。

 彼女の為――そんなのは建前で本音は俺の為だったということか。


 するとランドは、そんな俺を心配していたのかもしれない。


「どうだわかったか?」


 ランドは再び俺にそう尋ねてきた。

 そして俺は今度は大きく頷く。


「はい、わかりました」


 心の中で詰まっていた何かがなくなっていくような感覚。

 もう大丈夫だろう。

 エレナは最初から大丈夫だったのだ。

 そして今は俺も決心がついている。

 俺の迷いのない言葉にランドは満足げに一瞬顔を緩めていた。


「よし合格だ。しっかりと自分の事を理解した人間なら参加させてやるぜ」


 そしてそう言うと俺の頭をくしゃくしゃに撫ぜてきた。


 ご一読ありがとうございました。

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