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Episode 28 : 飲み友

 圧倒的時間不足!

<ヌアザ>艦内に有る食堂。

 このメインクルー食堂は約500人を収容できる広さを有しており、丁度今は夕食時、数多くのクルーが楽しく雑談する声があちこちから聞こえた。

 食堂の隅、人気が少ないテーブルに座る俺。

 机の上でだらしなく伸びているのは、白く細いガラス細工の様な腕で、大人数が一堂に食事をするために用意されたステンレス製のテーブルには小さな頭部が乗っかていた。


 もう何も食べたくない。


 ステンレス製の容器には色とりどりには依然された料理が一口も手を付けられていない状態で残っている。

 今日の夕食のメインはシチューで、その横には大きなフランスパンが皿からはみ出すようにして乗っかっていた。

 目の前で湯気を立てる食事――見るだけで気持ち悪くなってきた。

 基本的にこの船の夕食は、食事予定より30分前に食堂に注文を入れる形で個人で頼むことができる。

 しかし一度頼むと10分以内でなければ変更が効かない。

 お腹をさすると少しだけポッコリ膨らんだ腹部の感触が伝わってきた。

 夕食前にエレナの様子を見に行こうなんて思わなければよかった。


「ううぅ……」


 極度の満腹感は幸福ではなく苦痛に変わる。

 エレナの夕食時間と被っていたなんて知らなかったんだ。

 後悔にさいなまれ机の上で頭を転がす。

 と、視界に一人の大男。


「おいおいレディ、どうしたんだ?」


 心配そうに俺に近づく男。

 彼の名はハイドと言って、その温和な性格から皆から愛されている人物だ。

 俺は差しのべられた手をゆっくりと押して返した。


「お構い……なく」

「医者、呼ぶか?」


 一瞬、申し訳なさそうな顔をしたハイド。

 別に月の物ではない。

 ハイドは俺が部隊に所属された初日の出来事を気にしているのか、この手の話になると腫物を触るような接し方をしてくる。


「いえ、そういう訳じゃないので」

「はぁ……ならいいんだが。本当に大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

「だい、じょうぶです。本当に」


 話すために息を吸うとそれでお腹が圧迫されて苦しい。

 声を出すのがつらくなってきた。

 腹部内部から生み出される圧力、そしてそれによって生まれる苦痛に俺の顔は小さく歪んだ。


「いや大丈夫じゃない、医者を呼ぶ」


 端末を操作しようとするハイド。

 本当にそういう奴じゃないのだ。

 たまらずにハイドの手を掴む。


「ほ、本当に大丈夫ですから――ッ」

「いや、でもな」

「こ、これは……お腹が一杯なだけなんですッ!」


 自分の身の回りの管理ができていない人間だと思われたくなかったので言いたくはなかったのだが、流石に叫んだ。

 目を小さく瞬きさ固まるハイド。

 俺は改めて机に倒れ込む。


「って、言われてもなぁ……皿の上、まだ残ってるぞ?」

「そうじゃないんです。本当に、予定外だったんです……」

「予定外? なんだそれ」

「本当に、本当に今日は食べるつもりなかったのに――」


 思い出しただけで更に強まる満腹感。

 俺は堪らずに服のベルトに手をかけ、緩めた。


「お、おい何してるんだ」

「くるしいんです」

「医者は――」

「要りませんッ」

「それでも脱ぐことは無いだろ」

「緩めただけです」


 あぁ――少し楽になった。

 俺はゆっくりと腰から手を離し再び机に突っ伏した。

 隣からハイドのため息交じりの声が聞こえたが余りに気にしていられない。


「まあいい。とりあえず出る前にはしっかり締めとけよ」

「わかってます」


 どちらにしても当分ここから動けそうにはない。

 医務室からここに来るまでに何回膝をついただろうか。

 既に食堂から部屋まで戻る気力など、等の昔に無くなっている。


「んじゃよ、レディ、それいらないのか?」

「え?」

「それ、そこのシチューだよ」

「シチュー。ああ、いらないです」


 そう言い終わるのと同時に食器が動かされる音が既に始まっていた。

 ゆっくりと顔を動かし横に向ける。


「じゃ。これ貰っていいのな」


 ハイドの手にはすでに半分に折られたパン。

 言うよりも先に手が動いてる辺り俺が許可を出す必要はないだろう。

 軽く頷くと俺は、ハイドが食べる様子を観察することにした。




「そういえばレディ。最近あんまり食堂じゃ見かけないけどさ、何処いるんだ」


 ハイドが不意に、何かを思い出したかのように呟いた。


「えっと、エレ――生存者の女の子のとこです」

「ああ、エレナちゃん……だっけか? そうか、レディは何時もそこにいたのか」

「ええ、まあ」

「どうだ? 順調か」

「それなりに。ハイドさんが来てくれたら、もう少し突っ込んだことできるんですけどね」


 軽く冷ややかな目線をハイドに送る。

 すると見る見るうちにハイドが縮こまる様に背中を丸めていった。


「……いや、遠慮させてくれ、流石にあそこまで否定的な反応をされるとな。仕方がないとわかっていても傷つくんだ」


 ハイドはエレナが目覚めて二日目にエレナの元へ行ったのだが、いかんせん彼はエレナの様な症例を見るのは初めてだったらしく、接し方を間違えてエレナに物凄いパニックを起こさせてしまったのである。

 直ぐに麻酔で眠らせてその場は一旦落ち着いたものの、ハイドはそれを気に病んでいるらしい。


「そうですか。ならまあ、無理強いはしませんよ。それに彼女、最近すごく調子がいいですし」


 俺の言葉にホッとした表情を見せるハイド。

 ちゃんと心配はしてくれていたんだな。

 ハイドの顔を見て俺は少し安心した。


「そうか、ならいいんだけどよ。レディ、あんまり無茶しないでくれよ? 」

「してないですよ」


 ご飯を食べすぎるくらいの事しか。


「もしもレディが倒れたら俺は隊長に怒られてしまうからな、ははッ」

「それは、確かに大変ですね」


 俺は頷きと一緒に、軽く苦笑してみせる。

 そしてハイドは軽くそんな俺を見つめた後、不思議そうな顔を浮かべる。


「ああ、そうだレディ。そういえばお腹がいっぱいって何が合ったんだ?」

「先程エレナのところに行ったときに、ちょっと」

「ん、じゃあレディはそっちで飯食ったてことか」

「ええ、まあ。予定外だったんですけど」


 本当に予定外だったのだ。

 まずエレナのところに行こうと思ったとこからすでに予定外の行動で、それが丁度、エレナの夕食の時間とかぶっていたのも予定外だった。


 エレナの生活リズムは、エレナの治療後の健康状態によってコロコロ変わる。

 治療には俺が居る必要があるので、治療を行う朝や昼は一緒にいることが多く、その時に一緒にご飯を食べる事が多い。

 しかし治療を行わない夜は別々に食事とをとっている為に、エレナがいつ夕食を食べているのかなどは知らなかった。

 今日のエレナは本当に調子がよく元気だったので、夜にその反動で元気をなくしていないかと俺は気になって尋ねたのである。


「ああ、じゃあその時にご馳走になったって訳だ」

「そういうことになりますね」


 納得がいったのか豪快に笑うハイド。

 どうせ微笑ましい様子でも想像したのだろう。

 だが違う。

 あれはそんな微笑ましいとは無縁の状況だ。


「ハイドさんが思ってるよりもずっとずっと大変なんですよッ」

「いやいや、ご飯食べさせてもらってるだけだろ。イイじゃねェか」

「そんな生易しい物じゃないですよアレは」


 ため息を吐きつつお腹をさする。

 それなりに時間がたったのかポッコリ膨らんだお腹は徐々に凹んできているものの、まだ満腹感からは解放されていなかった。

 そんな俺の様子を見たハイドが「ほぉ」と呟いている。


「あれか、つまるところレディは毎日フードファイターしてるって訳だな?」

「そこまで酷くないですけど、それに近いものはありますね」

「ふ~ん、確かにそれはちと辛そうだ」

「本当ですよ。大変なんですよ」


 それから俺はハイドに、心の中に溜まっていた物を吐き出すかのように話を続けていった。

 まさか自分がこんなにも長話ができるようになっているとは……。

 永遠と一人で話し続けている中(ハイドは隣で相槌を打っているだけ)で俺は少し前の自分との相違点を見つけていた。




 ×    ×    ×



 ハイドと話を続けて数時間が経っていた。

 テーブルの上の食器はすでに消え、代わりにジュースと酒が置かれている。

 話題は自分の近状から地上へ降りて言ったランドたちの方へと切り替わる。


「そういやレディはランド達がもうそろそろこっち戻ってくるって聞いたか?」

「え? なんですかそれ知らないです」


 そう俺が言うと納得したように頭をかくハイド。


「ああやっぱりか」


 困ったような笑みを浮かべるその姿は何と言うかアホっぽかった。

 何と言うか、いっつもいっつも事が起きてから教えてくれるよなこの人たちは。


「いつ連絡があったんですか?」

「三日前だ」


 情報は早さが命だ。

 たったの一秒、その差がその後に大きな影響を与える程に。

 なのに、三日! 三日も教えてくれなかったのかッ――


「何でもっと早く教えてくれないんですかッ!」

「――お、落ち着け! べ、別に定時連絡みたいなもんだったんだよ。それにレディが最近忙しそうだったから中々伝えるタイミングが見つからなくてよ」

「情報は早さが命なんですよ――ッ!」

「お、おう。もちろんだ。 って、だから落ち着けって]

「というかなんで毎回毎回、私に伝えてくれるのが遅いんですかッ!」

「と、とりあえず座れってッ。それに他の奴も居るんだからよ」


 その言葉にハッとなり周囲をぐるりと見渡す。

 その場にいた殆どのクルーが俺達の方を見ている。

 その視線はなんというか、どういえばいいのか……とりあえず俺を憐れむような視線が大半を占めていた。

 肩をすくめながら俺は席に静かに座る。


「すみません」

「いや、いい。言うのが遅かったのは済まなかった。次は気御付けておこう」


 はあ……最近は感情の制御があんまり聞かないな、直ぐにカッとなってしまう。

 ふぅ、落ち着け俺。

 感情的になるのは冷静さを欠くぞ。

 頭を軽く左右に振って気持ちを落ち着かせる。


「つまりそれは交渉がうまくいったという事ですか?」

「いや、そう言う訳じゃないらしい」


 ハイドは妙に落ち着いていた。


「ますます訳が分かりません」

「何でも酒場で揉めたそうだ」

「だ、大丈夫なんですかそれッ⁉」


 酒場で揉めたって、唯でさえ交渉が難航しているというのに。


「揉めたって言っても非公式の武力制圧にあいかけたということだ」

「……それって」

「まあ交渉はうまくいってないどころの騒ぎじゃないな」


 そう告げるハイドは顔色一つ変えずに話を続ける。

 まるでそれが普通と言ったばかりの様子だ。


「ランド達は?」

「大丈夫だ。むしろあまり事を大きくせずに制圧できたらしい」


 そういえばランド達って殆ど武装を持っていってなかったよな。

 余りにもあっさりと告げられる事実に俺は口をパクパクさせながら呟いていた。

 


「さ、流石ですね」

「まあ、隊長達にかかればスーパーマンだってイチコロよッ、って感じじゃねェかな」


 笑い交じりにそう話すハイドはそう言うと酒を飲んだ。

 例えが何というかオヤジくさい、いやまあオヤジか? 

 俺は軽く笑って受け流すと本題に戻る。


「じゃあ戻ってくるのって」


 そう俺が言いかけると、ハイドは人差し指を俺の目の前に突き立て左右に振った。


「チッチッチ、違うぜ。捕まえたやつら、如何やら俺達の元々接触する奴らだったみたいなんだよ」


 訳が分からない。俺は首を小さく横に傾げた。

 何故かハイドが一瞬固まった気がする。

 確か前の話では海賊討伐派はそのリーダー格の将軍が死んでから勢力の勢いが弱まっていたはずだ。


「確かリーダー格の将軍が死んで勢いが弱まったって」

「ああ、そうなんだ。しかもそのリーダー格の将軍さんは相当切れ者だったようだ。それが死んで下は大混乱だったみたいだな」

「でも私たちは協力する立場の人間で」

「なんで襲われたのかはランド達が聞き出してるはずだが……聞いた話だとなんというか、試してた的な奴なんじゃないか」


 ハイドはそういったものの、多分理由なんてろくに知らないのだろう。

 喋っている間ずっと目が上の方向を向いていた。

 そんなハイドに呟く。


「それでも襲うようなまねをするなんて……」


 するとハイドは俺を一瞥すると酒を豪快に飲み干すと、小さな声で俺に呟き返した。


「さあなぁ……一つ言えるのは、相手も一枚岩じゃないってことだけだ」


 つまりハイドが言うところによると相手が何を考えているのかなんて誰もわかっちゃいないという事だ。

 俺はつくの上のジュースに目をやるとそのまま話す。


「ではランド達が戻ってくるって言うのは」

「何が合ったかはともかく、交渉は上手くいかなかった。その変わり、行動はできるようになったという事だろう」

「そうですか」


 ジュースを一口飲み干すと俺は席を立った。

 長椅子に垂れていた髪が立ち上がった勢いで左右に広がる。

 それを手で払いのけると俺はハイドの方に軽く礼をする。


「ジュース有り難うございました」

「んっ。ああ、これくらい何ともないから気にすんな。それよりレディ、もう帰るのか?」


 少しだけ寂しそうな顔するハイド。

 まるで話し相手がいなくなって寂しそうな様な感じ―――というかまさにそういう状況か。

 俺は端末の電源を付けるとパネルにデカデカと表示されたデジタル表記の時計をハイドに向ける。


「はい、もう日付変わってますから」

「――おっと行けねぇ。話し込んじまったみたいだな」

「ではまた」


 俺はもう一度礼をする。

 すると今度はハイドも手を上げて返事を返してくれた。


「ああ、じゃまた明日な」


 最後にもう一度食堂を見渡す。

 俺の目に映った食堂にはまだ大勢のクルーたちが楽しそうに酒を飲み交わしていた。

 むかしは俺もああだったのにな。

 重たい瞼を擦りつつ、俺は食堂を後にした。


 ご一読ありがとうございました!

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