Episode 26 : へるぷみぃ
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EP2の時のクレアです。
エレナが俺と話すようになってから数週間。
まず始めに俺がしたのは、彼女と軽い会話をする程度の交流。
そもそも会話を始めたのは彼女にここが安全だという事を理解してもらう為。
彼女の様な症状がある人間には、今いる場所が、安全だという事を、理解させることが一番重要となってくる。
そもそも急に目覚めて、いきなり見知らぬ人間に“病気です。直しましょう”と言われて納得する人間はいないだろう。
まずは顔を知ってもらうことが大事だった。
最初の方はうまく意思疎通ができなかったが、今ではかなり話せるまでに回復してくれている。
そして先週から治療を開始した。
この手の病気は、物理的な物よりも厄介であり一番重要なのは本人のメンタルとなってくる。
その前提として、自分が今は安全だという事を理解させることが第一ステップ。
これはクリアした。
次は治し方なのだが、これが問題だった。
トラウマとは厄介な物で、ふとしたきっかけで記憶の奥底から蘇ってくる。
それがどの程度の物であってもトラウマを思い出した人間にかかる精神的ストレスは半端な物じゃない。
逆にそれを思い出すことを繰り返すことで、トラウマを過去の記憶と認識させ治す、持続エクスポージャー療法というものもある。
ただそれをするには“専門の治療者の立ち会いのもとに今の状況が安全であることを患者がよく理解したうえで行う必要がある”という大前提が必要であった。
俺はその手の専門家ではない、あくまで治療を受けた側の人間、セラピストでもなければ医者でもない。
「思い出すことが治療につながる」という甘い考えではかえって悪化させることすらある。
ただ薬物療法をはじめから利用するわけにもいかない。
あくまで失敗したときに頼る最終手段の様なものだからだ。
悩んだ結果は、結局のところ前者の方法を本人の体調を見極めながら行う事となったわけだが。
初めに俺は、エレナのトラウマのきっかけとなるものについては日常会話に織り交ぜつつ確認をした。
宇宙、船、クラシック音楽、男――
大雑把にいえばこれが彼女のトラウマに最もつながりやすい。
ここまできっかけを絞り込めたのは、あの船で回収したデジタルカメラによるものが大きいと言える。
中の内容については出来れば思い出したくはない。
あの中の画像データと動画データを見て、一度吐き出してしまった。
俺は、まずはエレナに軽くその手の話をすることから初めていき、徐々に写真を見せる行為へと移行した。
時間も徐々に伸ばしていった。
一度、ハイドを呼んだ時、エレナが酷いパニックを起こしたのだが、あれ以来ハイドを呼ぼうとしてもハイドが嫌がってきてくれなくなった。
ハイドはクラウソラスの中では優しくて、わりと接しやすい雰囲気あるからトラウマ克服に一役買ってくれると思ったのだが……。
とりあえず今は、写真と、医者のお爺さんがエレナの治療を助けてくれている。
それとエレナは食事になると異様に元気になるようになった。
俺としてはもっとも辛い時間へと変わったのだけれど。
「クレア、こっちむいて」
後ろを振り返ると口元にスプーンを押し込まれた。
ちなみにコーンスープだ。
美味しい。
コーンスープと言えば熱々の出来たてもおいしいが、少しだけ冷えて片栗粉が固まってトロッとしているのも中々美味しい物だ。
――じゃなくてッ!
「だから、それはエレナのだからねッ!」
「え~」
口の中のコーンスープを飲み込み、少しだけ急ぎ気味に口を動かしながらエレナに注意を促す。
ただ彼女はまったく反省するどころか、今度はフォークを俺に差し出してきた。
ハムッ――
ハンバーグだ。
隠し味に白ワインを使っているのか後味がサッパリしている。
――ってそうじゃないッ。
「それはエレナの分だってばぁッ!」
「だってお腹いっぱいなんだもん」
「嘘を吐くんじゃない、お腹全然膨らんでないじゃん!」
「まあそういう体質だから?」
「嘘つくなぁッ!」
大きな声で叱るが、彼女を刺激しない程度に抑えてあるから、なんか半笑い気味な声になってしまう。
それが逆効果なのか彼女は余計ニコニコする。
医者のお爺さん的には『それも一つの治療じゃないかな』とか言われて、むしろ積極的にやれと言う何かを受け取ってしまった。
俺の精神もいたわってください。
最近、あまりにエレナが俺に食べさせたがるもんだから、自分の食事も持っていき一緒に食べているのだけど、なぜか俺は毎回1,5人分食べている。
正直な本音で言えば、この体はそんなに物が入らないので、これ以上詰め込んでほしくはない。
「はい、アーン」
ハムッ――
パンだ。
口の中にパサパサした感触が広がる。
正直お腹が限界だ。
うっぷッ。
「お願い……もう、やめてください」
「お腹いっぱい?」
「いっぱい」
「よしよし、ならいいよ~」
何故だか頭を撫でられる。
ううぅ――
なんで、はち切れそうなお腹になった俺に食べ物をこれでもかと詰め込むのだろうか。
自分で食べてくれればいいのに。
「なんでエレナは食べないの?」
「ん~~~…………クレアって嫌がってても口元まで運ぶと食べちゃうでしょ。あの顔見るのが好きなの」
彼女は鬼かも知れない。
下を見れば彼女のために用意した食事が半分以上無くなっていた。
ちなみに彼女は何も食べてなかったりする。
お腹いっぱいなわけがないだろう……。
ただし突っ込まない。
いくら喋れるようになったからと言っても、まだ彼女の精神状態はかなり不安定で、ちょっとした刺激で感情が爆発する。
当分はしかるに叱れない。
「残りは食べれますよね?」
「……食べて」
上目づかいで俺を見つめようとする彼女。
ただし俺のが背が少し小さいので、彼女のそれは失敗気味だ。
そういえば男の時なら少しながらに不純な感情を抱いている状況なんだが、あまりそういう感情と言う物が湧かない。
なんというか冷静でいられる、これも体の変化が影響しているのだろうか……。
「自分で食べてください」
少しだけつき話すように言う。
一瞬だけ彼女が寂しそうな、悲しそうな表情をした。
それを見て「やっぱり食べなくていい」と喉元まで出かかったが、頑張って胸の奥に押しとどめた。
若干ながらこの体、人情に弱いのが欠点かもしれない。
何時ぞやのローグスを思い出し懐かしくなる。
彼らは今どこで何をしているのだろうか……。
遠くに見える部屋の壁がボンヤリと揺らぐ。
苦笑を浮かべた俺は、大きく欠伸をしてから――――
× × ×
「う、ううぅ……」
体全身に響き渡る小さな少女の声。
全身を伸ばす感覚。
重い瞼を薄らと開け、閉じた。
それからもう一度あける。
二度、三度、何回か目を開けては閉めを繰り返しているうちに意識が薄らと回復してきていた。
それでも頭の中に残る重石のような感覚はまだ残っている。
視界正面にとらえたのは小さな船室の壁。
クルーに割り当てられる一人部屋によくある壁で……。
あれ……これって俺の部屋。
て事は、俺はあそこで寝て。
考えているうちに意識がもう一度薄れていく。
腕を上方に挙げて欠伸。
それから無理やり思い体を起こし、目を小さくこすった。
まだ眠い。
ベッドの端、壁にもたれかかろうとした時だった。
「少女よぉ、また寝るのかねぇ?」
見知らぬ老婆の声がする。
この船に老婆などのっていただろうか。
いや、これは幻聴で、眠すぎて現実と夢の協会があやふやになっているのかもしない。
もう一回寝よう。
「あれ……おかしいな」
今度は男の声がする。
この声は聞いたことがある気がする。
妙な感覚に俺の意識が次第に覚醒していく。
目を開ける――
目の前に“珍妙な化け物”が居た。
「う、う……うわあぁぁあああ―――――――ッ!」
突然の出来事。
目の前に現れた怪物。
ヒラヒラ振った手は人間みたいでまるで死神の様だった。
恐怖の余りに悲鳴と供に拳を眼前に振るう。
牛と鳥を混ぜたような怪物の頭部に拳があたる。
「へぶ――ッ!」
合成ゴムの様な纏わりつくような怪物の皮膚。
次の瞬間には空気を殴ったような感触に変わり、そして何か固い物を殴った。
それから怪物が奇妙な声を上げたのが聞こえた。
あれ……へぶっ?
そういえば合成ゴムのような感触。
化け物とやらには経験上、一度しかないのだがこの感触は明らかに人工物。
そして空を打ったような感覚。
それから人間の頭部のような…………。
やってしまったかもしれない。
怪物をもう一度確認する。
怪物は床で突っ伏して伸びていた。
よく見ると服装がラフなジャージ姿。
若干ずり上がったズボンの裾からはみ出る、毛を逞しく生やした脚。
先程俺に振っていたのは白くて細長い人間の手。
見れば見るほどにチグハグな様子を表す此奴は多分、いや絶対に人だった。
顔は相変わらず珍妙な怪物だが、確りと見れば作り物だとすぐ分かった。
俺はゆっくりとベッドから降りると、恐る恐る怪物へと近づいていく。
金属でできた床が歩く度に甲高い音を響かせる。
その音に少々体をびくつかせながらも、怪物の真横まで到着した。
ブーツの側面で怪物の顔面を軽く突いてみた。
反応なし。
我ながら、恐ろしい格闘技術かも知れない。
混乱の中放った一撃は、見事にこの怪物の中の人の顎にクリーンヒットしていた。
安全を確認した俺はしゃがみ込み、怪物の被り物に手を掛ける。
一体誰なのだろうか。
そっと被り物を抜――抜けない。
堅ッ! 糞みたいにしっかり嵌ってやがるぞこいつ。
――しかたないな。いや、もともと脅かそうとしてた此奴が悪いんだ、ちょっとぐらい痛みを味わってもしょうがない奴のはずだ。
俺は心の中でそう思い込むと、男の頭部付近でしゃがみ込み、寝そべる男の両肩に足を掛ける。
それから被り物の底部、首元に手を引っ掛け力いっぱい体を仰け反らした。
「てい……りゃああああああ―――ッ!」
怪物の首元がミシミシと嫌な音を立て形がゆがんでいく。
それだけでかなりホラーだった。
でも俺は止めない。
さらに力を籠め引っ張る。
「ぎゃああああああああああああああああああああ」
「――ひィッ!」
突如怪物が咆哮――
俺は手を離し怪物から距離をとった。
「い、いたい、ぬああああ……ぐ、ぐるシィッ」
怪物が頭部を抱え転がりながら悶える。
悶え転がる怪物は何とも滑稽で、可笑しくて―――死なないよな?
「大丈夫ですかッ⁈」
気づけば怪物の頭部を外す手伝いをする羽目になった。
「すまなかった……にゃん」
目の前でげっそりとした男が小さくな声で俺に謝る。
謎の語尾に関してはスルーする。
「い、いや別にいい、とは言えませんが……今回だけは運んでくれたという事で」
目の前にいる男、『ルー』ことルーファス・リッチは半分に割れた怪物の面を大事そうに抱えて震えていた。
話を聞くところによると、俺はエレナと食事をした後、数時間その場で眠ったままだったらしい。
そのままでは風邪をひくという事で医者が運び出したは良いが、医者たちは忙しく、暇で顔見知りであるルーが呼び出され、俺を部屋まで運んでくれたそうだ。
で、その時にルーは、俺との最初に交わした挨拶が気に入らなかったのを思い出したらしく。
改めてやりなおそうと思い、俺が起きるのを待っていたという事だったらしい。
ちなみに老婆の声はルーが声をひっくり返して喋っている声だったと教えてもらった。
意外にうまかったせいで不快感を覚えたのは内緒だ。
「とりあえず、挨拶するならもう少し普通のでお願いします」
「いや、それじゃあ面白くないじゃん?」
なぜ面白さを足すんだよっ――
「べ、別にいらないですよね?」
「いや、いる」
「は、はぁ……」
俺は呆れて天井を見上げた。
おかしい、最初会ったときはもっとまじめな奴だと思っていたのだが……とんだ勘違いだったようだ。
それからもう一度ルーの方に向き直る。
「あの、この話また今度にしませんか?」
「あ……えっと」
「今日はこの後どれだけルーさんが面白いことしても多分、最初の衝撃には叶わないと思いますし」
「そ、そうにゃのか?」
時々、この人喋り方可笑しくなるな。
「そ、そうです。だから今日は帰ったほうがいいと思います」
「そこまで言うなら……仕方ないな――――今日は俺は暇だったからいいとおもったんだがな……」
最後の方に凄く失礼な言葉が聞こえたが流す。
正直、もう喋る体力も俺には残っていない。
そんな風にルーを眺めていると。
「じゃあ、今日は止めておこう。首を洗って待っていろ」
無駄に低く落ち着いた声でそう言ったルーは俺の部屋を出て行った。
ところで、首を洗うってなんだよ…………。
ルーが出て行ったのを確認した俺は、ドアのロックを掛けると再び眠りについた。
ご一読ありがとうございました!




