Episode 22 : 幽霊船
空間戦闘服――
通常の戦闘服は地上や艦内、ステーション内での戦いを想定し設計され、その関節部にはモーターが取り付けられMCSほどではないがパワーアシスト機能が付いている。
通常戦闘服は気密性が高く、内部温度調整機能などもあり毒ガスなども防いでくれる優れものではあるが、宇宙線や極度の高温や低温には耐えることができない。
空間戦闘服は宇宙空間で活動するために通常戦闘服を改良した物であり、宇宙線は勿論、極度の高温や低温に耐えられる設計をされている。
更には宇宙空間での姿勢制御のためのバーニアーがあり命綱なしでの活動も可能とされている。
俺は手を動かし、その感触を確かめた。
感覚的に遅れて手が閉まる。
サーボ機構により行動に致命的な遅れがでることはないのだが、指と指の関節の間に設置されたモーターを無理やり引っ張るような少し変な感じがした。
左手首に着けられた端末は戦闘服に異常がないことを知らせている。
こんなチェックを何度も繰り返している、正直無駄な行為だ。
既に出発前に幾度となく戦闘服に異常がないかを調べ、そして異常がないことはエンジニアが保証してくれている。
それでも俺は何度も戦闘服を動かしては調べていた。
きっとこの先に待っているのは地獄――
赤い非常灯が点灯した強襲ポッド内部。
その広さはワンボックス1台が入るくらいの大きさで、そこには10人の兵士達が壁にベルトで固定されていた。
出撃前まで楽しくお喋りをしていた彼らは今は一言も話さない。
そしてその全員が、出来たての、電源を入れていない、アンドロイドのような表情をしている。
それを横目に、もう一度手元を動かし端末で不備がないかをチェックをしていると、不意に耳元のインターリンクがノイズを立てた。
『あと数秒すれば目的地だ。到着地点の詳しい状況は分かっていない。敵がいるとは思えないが気を引き締めろ』
小隊オープン回線で、ランドが突入前の喝を入れた。
俺も、周りも、その全員がその言葉に小さく頷き答える。
答える必要などない――答えない事こそが最高の返答なのだから。
強襲ポッドが大きく揺れる。
宇宙空間の為に音は無い。
俺は胸元にあるベルトの固定具の中央に取り付けられボタンを押し込んだ。
カシュッ――という音と供にベルトが外れ後方に引っ込む。
自由になった体を素早く壁に向け、壁に固定していた武器、Mブラスターを取り外すと前方で構えた。
強襲ポッドの先頭、円形のハッチが中央から八つの三角形に分裂し前方に開くのと同時に俺は走り出す。
今回このゴースト化した客船を調べるために用意されたのはランドや俺を含め30人。
MCS5人、空間戦闘服で武装した兵士20人、空間作業服のメカニック5人である。
俺の武装はMブラスターと粒子ナイフのみ。
もしもの事態の時の為の緊急用だ。
ポッドを駆け降りる途中、船が揺れた。
目をやるとすぐ隣に巨大な釘が突き刺さっていた。
先端が開き、中から兵士が出てくる。
『整列!』
インターリンクからヘルメット内部にランドの声が響いた。
俺達は素早く集合し一列に並ぶ、直立不動の姿勢をとっているとランドのMCSが目前を通過した。
ランドは全てを確認し終わると列中央に戻り姿勢を正した。
『今回、お前らにやってもらう事は2つある』
ランドがMCSのゴツゴツした岩の様な指を二本突き立て『2』を作る。
『この“ゴースト”内部に生存者がいるのかを確認すること、敵なら捕まえ、敵じゃないなら保護しろ。それともう一つはこの船が何時、どこでどの様にしてこうなったかを調べる』
それから一拍置くとランドは続けた。
『この船は600m級だ。30人纏って行動するのは無駄でしかない、これより2人ずつに別れて船内を調べてもらう、呼ばれた奴は前に来い』
そういうとランドは次々と名前を読み上げていく。
まず初めに呼ばれたのはルーと一人のMCS兵で彼らは此処で待機となった。
待機と言っても、ここでルーが船の保安システムを乗っ取り探索を助けてくれる。
もう一人のMCS兵はここでルーの護衛とポッドの護衛を担当するという大事な役割がある。
次々と呼ばれていく中、俺はずっと直立不動で立ち続けた。
『クレア、ハイド。お前らは第4デッキ並び第3、5デッキを調べろ』
『「了解」』
俺はハイドとアイコンタクトを交わし、通路の奥へと駆け出した。
× × ×
第3、4、5、デッキはいわゆる客室の並ぶ区画だった。
俺達が最初に出たのはその2階層上の第7デッキで、そこは照明が破壊され真っ暗だったが、ここは明るく与圧もされている。
「酷い……」
第5デッキ。
目の前に広がる血の海。
その凄惨な光景を目のあたりにし、俺の心は早くも憂鬱になった。
大勢の老若男女が床に突っ伏し、大理石の床を赤く血で染め上げていた。
その死体一つ一つの向きはバラバラで、見るだけでもどのように死んだのかが容易に想像できる。
例えば、小さな子供の死体、たぶん男児だ。
その小さな躯体は背中中央に大きな傷跡をつけられおり、中からは管状の物が飛び出していた、内蔵、それも腸あたりだろう、逃げている最中に深く切られたようだった。
そして壁にもたれるように倒れた老人、頭部が吹き飛んでいる様子を見ると、逃げることを諦めていたのだと考えられる。
『ヘルメットを取っても呼吸はできるが、止めておいた方がよさそうだな』
ハイドが俺の意見に同調するように呟くと、目の前にあった首のとれた死体を、通路の横にそっと移動させる。
俺は通路を軽く眺めた後、小さく歎息した。
見間違えるはずもない、海賊の仕業だ――
先程ハイドが移動させた死体もそうだったが、どの死体も痛めつけた跡の様なものがあった。
そして惨殺された死体の切り口は雑で、その傷口の位置はどれもこれもがバラバラである。
これが統率された軍などの物ならば即死を狙い、死体は同じような位置に、同じような傷を作っていたことだろう。
それにしてもこういう場所で見る死体は、地上の物よりもある種の意味でより醜悪に見える。
地上にある死体は時間の経過とともに腐敗して最後は骨になり土に還る。
しかし宇宙で出来た死体は地上の死体よりも腐敗の速度がきわめて遅く、死んだときの状態が長い期間続くのだ。
最後に残るのは骨だが、骨が土に還るとは無い。
何と言うか今にでも死体が動き出しそうな気分になる。
そんな周囲を軽く見渡しているとヘルメットが軽く叩かれた。
『レディ、進むぞ』
「はい」
俺とハイドは廊下の出来た死体の山をかき分け進んでいき、一番手前にあった部屋の前まで移動する。
客室のドアは蹴破られ、その様子はまるで子供の抜けかけの歯のようだった。
ドアは傾き、蝶番一つだけでドア枠に引っかかている。
ハイドが残りの蝶番を破壊しドアを地面に倒した。
『う……あ。ひでぇな』
先に中へと入ったハイドが悪態を付いた。
そして俺が中に入ろうとすると手で静止を促した。
「どうかしたんですか?」
『お前は来なくていい』
ハイドの声は怒りに震えていた。
どういう事だろうか……。
俺へと足を踏み入れ様子を確認しに行ったところで、その言葉の意味を理解し、小さく呻き声を上げた。
室内には、裸に剥かれた女性の死体が、ベッドの上で倒れていたのだ。
体には数々の暴行の後があり、傷はなくともそれはもう酷い有様だった。
そして陰ながらに見える顔は、恐怖や絶望、様々な表情を張りつかせ、此方を向いていた。
『レディ……俺としては、君にこういう物は見せたくは無かった』
ハイドが俺の姿を視認すると、小さく、そして自分に言い聞かせるように口にした。
「お気遣いありがとうございます……でも私だって『クラウソラス』の一員です。特別扱いは無しにしてください」
『――でも、君は女の子だか「それは差別でしょう?」
俺はハイドの喋りに被せるよう喋った。
ハイドは暫くの間黙り込み、俺と目の前の死体を交互に見ると、所在無さ気に俯き黙り込んだ。
俺の今の体は少女。
確かに、彼の配慮はある意味で正しい。
だが俺だって兵士の一員だ。
そこにまで男や女を持ち込まれたくはなった。
『それでもな――』
「私は、今ここに、一人の兵士として、覚悟の上で立っています。その気遣いは無用です」
今度はもっと強い口調できつく言い放った。
又もやハイドが黙り込む。
しかし今度は先ほどとは違い何かを考えているようだった。
『――了解だ。ハーミット』
それだけ言うとハイドは、俺から視線を外し室内を調べ始めた。
「別に呼び方は前のままでもいいですよ。あだ名みたいなものですし」
呼ばれなれていない呼び方には違和感があったのでそこだけは伝えておく。
するとハイドは、少しだけ体をよろけさせながら頷いた。
部屋の中を調べていく。
タンスは開け放たれ、中から衣服が床に散乱し、金庫は無理やりこじ開けられ、当然だが中身は無くなっていた。
部屋の荒らされ方もかなりの物だ。
そして一通り調べ終わる頃には10分近くたっていた。
「何かありましたか?」
『いや、なかった。次を回ろう』
廊下の方に出ると今度は別の部屋を回って行った。
それから第5デッキ、第4デッキを隅々まで調べて行った。
ここまで、ただひたすら死体が転がる船内を探索する、気が滅入る作業だった。
そしてここまでの間で、俺も、ハイドも、精神的にかなり疲労していたせいかここ数十分の間は無言のまま作業している。
しかし物言わぬ亡骸の森の中、無言になると、それはそれで自分が死者になったような感覚すら覚えた。
そこらじゅうに転がる死体の一つ一つを目で軽く流し見していく。
ここで俺は新しい発見を見つけた。
「ハイド止まって」
俺は大股で進んでいくハイドの腕を掴み静止させる。
『どうした?』
「この死体、保安要員の物ですが他の死体と明らかに違います」
『……見たところ、唯の死体にしか見えないが』
「よく見てください、この死体、綺麗に首元を斬られてます」
『偶々じゃないのか? 他にもいくつも傷があるし』
「いえ、他の傷は……予想ですが彼が死んだ後に付けられたものな気がします」
『他にわかることは?』
「いえ、ですが海賊の中に手練れがいた可能性があります」
『そうか、一応、後で報告しておこう』
俺はハイドの言葉に頷くと立ち上がった。
そして再び歩き出す。
それから一つ、二つ、と部屋を回って行った。
ここまで来ると妙な慣れが出てきて工場のライン作業の様な気分になる。
そして客室区画最後の部屋に足を踏み入れる。
部屋には二つの骸があり、一つは原形を留めていないもの、もう一つは女性だとなんとか認識できた。
他の部屋と同じように荒らされ、金庫の中の金品は盗まれていた。
『レディ、カメラが落ちてた』
ハイドが何かを見つけたようだ。
『レディ、この中にもしかしたら何か映ってるかもしれない。バッテリがーないか探してくれ』
「了解」
身を翻した俺は、バッテリーを探す作業に入る。
あのカメラに何か重要な写真が入っているかはともかく、襲われた日にちは分かる可能性が高い。
日にちさえ解れば航行速度から、どのあたりで襲われたのかの簡単な割り出しが可能だ。
最後の最後の部屋で――とうとう手がかりを掴んだ。
俺は小さく息を吸い込むと小さく喝を入れる。
まずは鞄、次に床を調べていく。
床にはいろいろな物が散乱していた。
衣服、食器、飲料のボトル、そして……可愛らしいポシェット――
更にバッテリーが無いかを調べているうちに俺はあることに気付いた。
「ハイド、ここで死体はいくつ見ましたか?」
『――んっ、どうしたレディ?』
「いえ、気になる事があったので」
『見た感じだと2人だな。それがどうした?』
「この部屋、たぶん3人部屋です」
俺がそういうとハイドが止まる。
その様子を横目に俺は口を開く。
「可能性ではありますが、もしかすると……生存者がいるのかも」
その言葉にハイドが「まさかぁ」と疑念の声を上げつつも表情が険しくなっていく。
「バッテリーは後にして、もう一度部屋をくまなく調べる必要がありそうです」
俺の言葉にハイドは小さく頷いた。
そしてもう一度室内を調べ直し始める。
俺は辺りの荷物を簡単にだがまとめてみた。
するとピッタリ三種類に分類することができた。
一つはダンディさを漂わせる男性の物、そしてもう一つは華やかさを前面に押し出しつつそれが出すぎないように押させた婦人用の物、そしてもう一つは可愛いを全面に押し出した物。
ここに居たのは3人家族だ。
そして床で転がっていた女性、たぶんあれが母親だろう。
それからグチャグチャになった死体、周辺に散らばった衣服の断片からみると父親の物だと思われる。
となると生存者は子供――
「ハイド、ベッドの下とかを調べてください」
『何か気づいたのか?』
「多分ですが生存者がいるのなら子供です」
『――了解だレディ』
ベッドの下をハイドに任せ、俺はまだ開いていなかったクローゼットを開け放つ。
クローゼットの中はこれまで入ったどの部屋よりも整っていて、荒らされた形跡が少なかった。
どうやらここを襲った奴らは余り金品には困っていなかったようである。
上から下にクローゼット内部を嘗め回すように観察する。
そして一か所だけ不自然に衣服が山積みになった個所を見つけた。
その大きさは俺が中に入ってもすっぽり収まりそうな高さにまでなっている。
俺は重なった衣服をどかしていく。
少女が居た――
見た目から判断すると今の俺の体とだいたい同じ位の少女。
全身を吐瀉物で汚してはいたが外傷はなかった。
服も汚れているだけで破れたりはしていない。
如何やらこの少女はこの惨状を免れたらしい。
俺は少女の首元に指先をかざした。
左腕のパネルに脈拍が表示される。
良好――とはとてもじゃないが言えない。
しかし、しっかりと脈はあった。
「生存者発見」
俺はオープン回線で報告する。
『どこにいた』
ランドの声がヘルメット内部に反響した。
そして俺の横ではハイドが駆け寄ってきている。
「第3デッキ、客室で発見しました」
『それでクルーか? それとも客か?』
「少女です。恐らく乗客です」
『了解だ、お前らはそいつを<ヌアザ>まで運べ』
「了解」
通信を終了する。
「ハイド、この子を運びます。その間周囲の警戒を頼みます」
『わかった……運べるか?』
「大丈夫です。パワーアシストがありますから」
「いや、そうじゃなくてだな――」
ハイドの言葉を無視し俺は少女を衣服の山から掘り出した。
そして背中に担ごうとした時に事件は起きた。
彼女のが身長が高かった――
俺が背負おうとしてもうまく背負えない。
彼女の股下に手を通そうとしてもバランスが悪く上手くいかなかったのだ。
どうやって持とうか、そう考えていると少女が突然宙に浮いた。
『レディ、これは差別じゃない効率の問題だ、俺が運ぶ』
振り向くとハイドが少女を軽々と背負いあげていた。
俺は若干の悔しさに唇をかみ唸る。
『まあ、なんだ。とりあえず運ぶぞかなり衰弱してる』
ハイドの言葉で俺はハッとなり少女の様子をうかがう。
気絶していてどのくらい衰弱しているのかは分からないが呼吸が浅いのだけは分かった。
俺はハイドの前に出て周囲の警戒に回ることにした。
「わかりました、急いでポッドまで行きましょう。先導します」
ご一読ありがとうございました!




