最終決戦 6
「麗亜。戻るからミニゲートの方開いて」
「あいあいさーっ!」
光のゲートが開いた。
ここにくぐれば全ては終わる。はずだった。
真に背中に声が掛けられた。
「やあはじめまして。我が息子よ。俺は緑の当主の深桜だ!」
そこにいたのは刀を持った40代の男。
緑深桜だった。
数十年前から姿形が変わっていないのだが真はそれを知らない。
男が光に包まれ金の鎧に包まれた。
金の鎧を見た真は呆れたように言った。
「やめろや。息子って今考えただろ」
「やっぱダメかい? でも君の事気に入っちゃった。このまま息子になっちゃう?」
「クソ下手な演技すんなよ。もうわかってんだろ? 異世界にたどり着けなかった時点でお前らの負けだ」
今までアースガルズが負け続けた理由。
それは先制攻撃ができなかったからだ。
別の世界からの侵略者を待ち受けるしかなかったのだ。
その証拠に緑は亜空間で何もできずにいる。
自分たちを超える技術力で亜空間内で捕捉され一方的に攻撃されるなどと考えたこともなかったのだ。
フェオドラがいなければ次元を渡る魔法を知るサイファが仲間になることはなかった。
全知の能力を得た青山がいなければ科学と魔法を高度に融合することはできなかった。
黒沢麗亜がいなければ高度な処理を可能とする計算機を開発できなかった。
出川とその部下がいなければ地球の最後の文明の科学技術の詳細を得ることができなかった。
イングリッドがいなければ彼らに高度な政治的権限を与えることができなかった。
地球人を受け入れることすら不可能だっただろう。
全ては繋がっていたのだ。
「ははははは。そうだな! 完全敗北! 初めて負けたよ! だからさ……せめてお前を殺す」
そう言うと深桜は持っていた刀を抜いた。
「どうだ? どうだ? これはとっておきだ! 備前長船兼光。美しいだろ!」
長く太い刀を見せびらかすように深桜は刀を振った。
それを見て真は嘆息し、剣を抜いた。
「陸奥守吉行……の復刻刀。その真の姿は怒りの魔剣グラム!」
光る黄金の刀身。
それは日本刀としては異様なものだった。
青山の貰ったチート。
それはもう一つあった。
前の周のオージンである赤口から貰った武器である。
その武器を見たときオージンの意図を察した青山は笑った。
大いに笑った。
それは一振りの日本刀。
陸奥守吉行。
かつて坂本竜馬が暗殺されたときに佩刀していた刀。
その復刻刀だったのだ。
しかもまるで玩具のように安っぽく金色に輝いている。
念のため全知の力でそれを鑑定したとき腹を抱えて笑った。
怒りの剣グラム。
竜殺しの魔剣。
振るったのは不死身の英雄シグルス(ジークフリート)。
これが誰のものかは明らかだった。
殺された英雄二人が持ってた剣を模したもの。
なんという皮肉。
それをかつて世界を救うためにその身を捧げた男に託すのだ。
ああそうだ。
これは真のための武器なのだ。
そう言いながらも思い出し笑いをする青山から渡された刀。
それこそが陸奥守吉行(怒りの剣グラム)なのだ。
「北欧神話の魔剣! いいなー! それ頂戴よ! あ、殺せばいいのか!」
そう言うと深桜は上段に振りかぶる。
力みのない教科書どおりの美しい姿勢。
殺気など全くない。
それが超高速で真に振り下ろされる。
その瞬間、真の姿が深桜の視界から消えた。
「え?」
ゴリッという嫌な音がした。
痛みはない。
緑は薬物で痛みを遮断している。
それは深桜も例外ではない。
手に違和感を感じて視線を上げ見ると指が変な方向に曲がっていた。
そこには真の拳が突き刺さっていた。
真は足の裏に魔法陣を展開。
磁力を使いノーモーションで懐に潜り込むと深桜の太刀を握った手、その指を下から殴りつけたのだ。
これが真の対人戦の切り札移動魔術『リニア』。
消えたように見えたのはこの魔術の超高速移動のせいである。
「お貴族様の剣法だな。緑の当主もこの程度か……あえてこの言葉を言うぜ。ねえ、今どんな気持ち?」
「え?」
深桜は何を言われたのかわからなかった。
そして次の瞬間、ガチリとアゴが鳴った。
柄でアゴを殴られたのだと気づいたのは次の攻撃が体に当たる直前だった。
肩が迫った。
体当たり。
跳ね飛ばされる深桜。
「なんだ! なんなのだ! お前は! 俺は! 緑の当主だ! 世界の王なんだ! なぜ貴様なんかに!」
そう怒鳴り、よろよろと立ち上がる。
指の痛みはないが握りは弱くなるだろう。
それでも深桜の中では怒りの方が強かった。
深桜は軽く腰を落とし、剣先を後ろに下げた脇構えを取る。
この長船の刃渡りは約74cm。
対して真の刀は刃渡り約69cm。
深桜の刀の方が間合いが広いのである。
己の体で長さを隠しかく乱する。
「きえええええええええいぃッ!」
長船の間合いに敵が入ったことを確認すると深桜は奇声を上げ、一瞬で膝の力を抜く、体が下に落ちた瞬間足を入れ替え剣先を相手のこめかみに置く。
それだけでいい。力みなどない。
己の腕と重さ数キロの業物の刀であれば、たとえ兜があったとしても当たり前のように刀は頭蓋骨に穴を空ける。
それだけで相手は絶命するはずだ。
だが深桜は奇妙なものを見た。
それは長船の間合いではなかった。
歩幅にしてたったの半歩。
予定よりも前に真はいた。
対人専用移動魔法『リニア』を使い、人間の反応速度を超えたスピードで半歩を深桜の間合いから強奪した。
その半歩が命運を分ける。
妙な歩法のせいでタイミングが狂った。
そう気づいたときには遅かった。
引くか、それともこのまま行くか。
心に迷いが生じ、剣にもまた迷いが生じた。
深桜の迷いの生じた剣が真の髪の毛をかすめる。
真は迷いの一切ない動きでまた半歩踏み込む。
そしてそのまま正眼(中段構え)からの喉を狙った突きを繰り出す。
深桜は無理矢理身体を捻り首に迫った突きを回避する。
しかし、真の突きが深桜の首の皮を引き裂いていく。
だが深桜も緑の当主。
そのまま崩れた姿勢のまま首めがけて一閃。
殺った!
そう思ったと同時に深桜が見たもの。
瞬時に下段に構えを変化させた真が刀を斬り上げた姿だった。
斬り上げられた刀が長船を一刀両断していく。
空中に舞う長船。
その破片が朝日を浴びた雪のようにキラキラと輝く。
そのまま自然な動きで真は斬り上げた刀を上段構えに変化させる。
深桜は己の死を確信した。
「いあああああああああああッ!」
気合とともに迫る刃。
深桜の首筋にめり込み、金色の装甲をまるで紙のように破壊。
そのまま、やすやすと合金製の骨格を切断し胴体を切り裂く。
血が噴出した。
いやそれは血ではなかった。
白い液体。
人工的に作られ深桜の体を流れている液体。
深桜には生身の部分など無かったのだ。
深桜は急激に失われゆく意識の中、最後に問いかけた。
「お、お前は何者だ?」
「学園高等部電気科教員。3年B組担任。
そして『アースガルズ』のグリーン。
名は真。姓は捨てた!」
真は深桜に名乗りを上げた。
ああ……あの『真』か……
深桜は納得した。
論理的な思考ではない。
だが目の前の戦士が緑真なのだと感じた。
そして黄金の兜の中で満足そうな表情を浮かべ……そのまま永遠の眠りについた。
真は刀身にべったりとついた液体を血振りして掃う。
ヒーローとしての最後の仕事は終わった。
人を斬るのもこれで最後だろう。
明日からはまた教師に戻れる。
そう思うと今まで背負っていた何かが消えたような気がした。
ミニゲートを通りヘイルダムに戻った真は、麗亜に最後のオペレーションを命じる。
「光子魚雷で牽制しろ、その間に反物質砲用意!」
「あいさー! フェオドラ姉さま! 青山さん! 聞こえましたね!」
「こちらフェオドラ! 聞こえたぜ! 魔法陣計算開始ぃッ!」
「こちらもだ! よし全ての魔道コンピュータでの並列計算だ! お前ら世界を救うぞ!」
「おおおおおおおおおおッ!」
学生たちの雄たけびがスピーカーを通して聞こえた。
真はこの瞬間になってようやく勝利を確信できた。
「真ちゃん! 無人攻撃機が向かってます!」
いや、まだだったな。
少しだけ反省し、そして指示を出す。
「光子魚雷発射!」
緑の船や無人攻撃機を光子魚雷が襲う。
もともと亜空間戦闘を想定してない無人機は避けることすらできない。
さらにはEMPをも喰らっているのだ最早まともに動くはずがなかった。
亜空間には空気がないため音は伝わらないはずだが、真と麗亜には遠くで爆発音が聞こえたような気がした。
同時にヘイルダムを中心として超巨大な魔法陣が展開される。
これが異世界最強の魔法。
反物質砲。
容易に世界を滅ぼすことができるほどの魔法である。
首脳陣全員の一致でこの一戦だけで全ての記録を永遠に封じることを誓ったほどだ。
「反物質砲準備完了! 発射できます! イングリッド様、発射命令お願いします!」
「私たちの世界から出て行け緑ぃぃぃぃッ! 発射ああああああッ!!!」
ヘイルダムが主砲を構え、光の弾が発射される。
全てを消滅させる破壊兵器。
それが船を飲み込んだ。
帰ったらみんなで祝おう。
自分たちは初めて勝利したのだ。
「麗亜。少し寝るわ……学校着いたら起こして」
「うん。わかりました」
消滅する船を見ながら真は眠りについた。
生まれて初めて心の底から安心して眠れたのかもしれない。




