第一章
先王崩御の知らせを聞いた蘭はとても退屈そうにテーブルの上にトランプの城を作り上げていた。
正直、王がどうなろうと自分には関係ないと思っていた。
「退屈」
たまにセシリオでもからかいに行こうか。それとも酒場で男たちに混ざって賭け事でもしようか。
そう考えたがどれもさほど面白そうではなかったので止めることにした。
既に十箱目になったトランプを積み終え、蘭は一枚抜き取り積みかけの城を壊す。
「そういえば、新王を連れてこなきゃいけないんだったかしら?」
先王に何か依頼を受けていたような気がする。
そう思い蘭は鏡を覗き込む。
『時の魔女よ、お前の力ならできるだろう?』
『ええ。勿論』
『ならば、異界に迷い込んだ我が娘を即位させるべくこの国に連れてきてくれ』
『では、報酬に回廊の絵を頂いても?』
『背に腹は変えられん』
そういえば、この絵は国王からぶんどった国宝であったと思い出す。
すっかり部屋になじんでいて忘れるところだったと蘭は思う。
「異界の娘、ね。森嶋宙…なかなか賢そうなお嬢ちゃんじゃない」
蘭は微かに嬉しそうに笑う。
「立派な術師になれそうね。王になんかするのは勿体無いわ」
思わず彼女はそう言った。
異世界から人が来るには新月でなければいけない。そして、向こう側で魔方陣を描いてもらうか、こちらから出迎えに行くかのどちらかで無ければならない。
そんなかなりめんどくさい制約は、蘭にとってはあまり問題ではない。
何せ、『時の魔女』は普通ではないのだ。
蘭は大きな砂時計を抱きしめながら鏡を見つめる。
鏡に映るのは蘭ではなく、森嶋宙であった。
鏡の中の彼女はせっせと魔方陣を描いている。
「本当に、王にするのが勿体無いわ」
私の弟子にしたいくらい。
そう思ったが、契約は契約なので彼女を王位につけなくてはいけない。
「さて、そろそろかしら」
鏡越しに、呪文を唱える。
魔方陣ではなく、床においてあるインク瓶に呪文を掛ける。
それは先を見越してのこと。
「そそっかしい子が居てくれると仕事が楽だわ」
蘭がそう言った時、鏡の中で少年がインク瓶を蹴倒し、魔方陣がインクまみれになっていた。