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第二章


「った…ってここどこ?」

 落ちてきた森嶋宙もりしまはるかはまずそう零した。そしてもうひとり降ってきた少年は何一つ言わない。

 いや、気を失っていて何もいえないのだ。

「ここは私の家よ」

「誰?」

 彼女は不思議そうに訊ねる。

「私は蘭。人は時の魔女と呼ぶわ」

「時の魔女? ってことは…成功だ。僕はあなたに用が」

「わかってる。でも、そっちの彼は違うでしょう?」

 余計なおまけまでついてきてしまったことは計算外だった。宙は慌てて後ろを向く。


「げ…ついてきたのか…」

 宙は心底迷惑そうな表情をした。

「ってえ……ん? ここ…どこだ?」

「ここはクレッシェンテ。罪なき国。もしくは闇の王の国。かしら」

 目を覚ました余計なおまけ、もとい月見里武やまなしたけるにそう告げる。彼は理解していないようだが、宙は何かを思い出したように目を見開いた。

「闇の王? まさかあの本…」

 きっと彼女はあちらがわに流れたときに一緒になくなった歴史書でも読んだのだろう。

「そう、あなたが…まぁいいわ。私は依頼をこなした。先王からの依頼を」

「依頼?」

「あなたをこの国に連れてくること。悪いけど、その後のことは何も聞かされていないの。だから、あなたは好きにしていいわよ」

 この子が新しい王になるもならないもこの子の意思。蘭はそう考えていた。だからあえてそれには口を出さない。好きに過ごせば良い。

「何故僕がここに呼ばれたんですか?」

「……一種の可能性かしら? 行き場はあって?」

「いえ…」

 困ったと蘭は思う。それは計算外だった。だけど、自分はこの後シエスタでの仕事がある。何か良い案は無いかと悩んだ。

 その間に宙は八つ当たりを始める。

「ったく、貴様がインク瓶を倒すから術が失敗したんだろうが」

「俺のせいかよ」

「決まってるだろ。僕一人ならこんな失態は犯さなかった」

 宙は月見里を睨む。

「あら、術は失敗していないわよ。なかなか優秀な術師が異界にも居てくれて嬉しいわ」

「本当ですか?」

 蘭の言葉に宙は目を輝かせた。それとは対照的に月見里は不服そうな表情をする。

「あんたも手品師なのか?」

「さっきも言ったけど、私は蘭。時の魔女よ」

「拝み屋か?」

「……いいえ、ただの知恵ある女だと思ってくれればそれでいいわ。この国で一番情報を持っているのは私ですから」

 そう、蘭は微笑む。

「あの、僕はどうしたら?」

「そうね。とりあえず、行き場がないならしばらくは私の知り合いのところでお世話になってくださる?私はこれからシエスタまで仕事なの」

「シエスタ?」

「すぐ隣の情熱の国よ。麻薬と人身売買が盛んね。あとは少しばかりのんびりした国よ」

 「人身売買」という言葉に二人は顔をしかめる。

「ここらでは人身売買も?」

「ええ、だから気をつけて頂戴。そっちの彼も。武、だったかしら?」

「なんで俺の名前を?」

 彼は不審そうに蘭を見た。

「ふふっ、「魔女」ですから」

 そう笑う彼女に、彼は納得のいかないという表情をする。

「武、気をつけて頂戴。とくにあなたくらいの年頃の男の子が、デルタに向けてよく売れるのよ」

「へ?」

「それと、宙も。クレッシェンテは売春も盛んよ。うっかり薬漬けにされて売られないように気をつけて頂戴」

 その言葉に二人は青くなる。

 そして、宙はようやく「罪なき国」の意味を理解したようだ。。

「つまり、この国に「犯罪」という概念がない?」

「ええ、そんな感じ。この国は、あらゆる国から「犯罪大国」と呼ばれているわ。人気の商売は暗殺と誘拐かしら。まともな商人はあまりいないから買い物をするときはよく交渉することを勧めるわ」

 そう言って蘭は店の方へ歩みを進める。

「あの、時の魔女…」

「待って頂戴。今、電話を掛けてくるから」

 最近発明された電話と言うものはとても便利だと蘭は思っている。どんな時間に掛けようともあいてのいかにも迷惑だと言う顔を見なくて済む上に武器も飛んでこない。人を呼び出すには最適だと思っている。


「セシリオ、ええ、女の子。預かってくださる? 勿論引き受けてくださりますよね?」

 蘭は電話の相手の言葉など一言も聞かずに一方的に用件のみを言って切った。相手が本当にセシリオ・アゲロだったかさえ怪しいが、それすら気にしてはいなかった。



「ったく…部長はなんたってそんなへんな術を試そうとしたんだ?」

「貴様の存在を抹消するために決まっているだろうが」

 電話を切ると二人が言い合う声がした。

「酷でぇな」

 仕方ないので仲裁に入る。

「二人とも、喧嘩しないの。今、私の知り合いがこちらに向かっているわ。快く二人を預かってくださるみたい」

「あんたの知り合いってどんな奴だ?」

「会えばわかるわ。名前はセシリオ・アゲロ。まぁ、世間では「恐怖の代名詞」とされているわ」

 微笑みながら言う蘭に、月見里はびくりと震える。

「なぜ恐怖の代名詞と?」

「ふふっ、世界最強の暗殺者なの。彼は」

 蘭がそう言った瞬間、戸を叩く音がした。


「蘭、居る?」


 戸の向こうから聞こえるのは幼い少女のような声だった。

「あら、玻璃ちゃんも一緒だったの? いらっしゃい。早かったわね」

 蘭が戸を開けると、中に入ってきたのは十五、六歳程の長い黒髪を編みこんだ、真っ黒な衣装に身を包んだ人形のような少女と、二十代後半くらいの質素なのに上品な雰囲気の衣装に身を包んだ赤毛の男だった。

「それで? わざわざ僕を呼んで預けたいという女は誰ですか?」

「あら、二人って言ったじゃない。女の子と男の子よ。宙と武。ほら、二人ともこっちに来て頂戴」

 電話で女の子としか告げていなかったような気もしたが、蘭は忘れたふりをした。

 二人はセシリオを恐れているようだったが、蘭はそれも無視して二人に彼の方に行くように指示する。

「男は入れるわけにはいきません」

「あら? どうして?」

「僕の可愛い奥さんに万が一のことがあっては大変ですからね」

 大真面目に言う彼に蘭はくすくすと笑う。

「大丈夫よ。朔夜なら」

「だといいのですがね。とにかく。そちらの女性は預かってもいいですが、その男はお断りします」

彼は絶対に認めませんと言う。その様子に二人は困り果てていた。

「あの…どのあたりが快く引き受けてくださったんですか?」

 おそるおそると言った様子で宙は訊ねる。

 月見里と離れられるのは嬉しいが、この男はどう見たって「快く」などとは思っていない。そう感じ取ったのだ。

「マスターが快く蘭の頼みを引き受けるはずがない」

 男の隣の少女が何の感情も感じ取れない声で言う。

「えっと、君は?」

「ドーリー」

 宙の問いに少女は静かに答える。その表情からも何の感情も窺えない。

「名乗りたければ名乗っても構いませんよ? ドーリー」

「ほんと?」

 彼女が確かめるように男を見上げると、男は頷く。

「玻璃」

「玻璃ちゃん?」

「……「ちゃん」は要らない」

 微かに拗ねたような仕草を見せる玻璃に宙は驚いた。

「人形じゃなかった…」

「好きにして。もう、なんでもいい」

 少し拗ねた様子の玻璃に、宙は思わず微笑む。

「ごめん。僕は宙。森嶋宙。気軽に宙って読んでよ」

「いいの?」

「勿論」

 宙が言うと、玻璃は嬉しそうに笑った。

「マスター、宙と一緒?」

「…玻璃、気に入ったのですか?」

「うん」

 玻璃が頷くと、彼はため息を吐いてから「仕方ありませんね」と言う。

「そちらの…宙、でしたっけ?玻璃の責任で預かるのは構いませんよ」

「ありがとう」

 その言葉に宙は驚い様子だ。

「言っておきますが、玻璃はあなた方より年上ですよ」

「え?」

「嘘だろ」

 どうやら月見里も同じ事を考えていたらしく、驚いたような表情で玻璃を見ている。

「これでも今年二十三なんですよ。もっとも、そこの化け物はとっくに五百を超えていますが」

「あら? 失礼しちゃうわ。あなただって十分化け物じゃない。セシリオ、もう何十年その姿なの?」

 蘭はさして気にしていないという様子で言う。

「それで、武はどうするの?」

「ウラーノでもスペードでも好きな方に預けなさい。僕は関わりたくありません。特に、貴女からの依頼となると余計にです」

 不機嫌を顕にセシリオが言う。そして彼は玻璃を向く。

「宙を連れて先に帰りなさい。僕は少しこの女と話があります」

 彼が言うと、玻璃は黙って頷き宙の手を引いた。

「こっちだよ」

「え?ああ、時の魔女、世話になりました」

「ふふっ、仕事が片付いたら会いに行くわ」

 蘭に見送られ、宙は玻璃に手を引かれるまま進んだ。



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