表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/43

15 諦念と達観の果て

王宮での仕上げ

 コニアスが詰めていた息を吐き出した。

「楽しい見世物であった。一考に値する。『鏡カメラ』と名付けたのだな」

 トーマスは、食い入るように鏡を見ていたイーサンの足を蹴った。宰相を抜きにして事態は動かない。

 鏡の中では、朝稽古が終わって、力士を褒めるレギオンの横でリッチーが若い力士に声を掛けていた。

 ジェイドが鏡の木枠を掴み、表面が曇った。何の変哲もない鏡がトーマスの手元に残った。

 話を進める。ジェイドは何かの企みを持って、『鏡カメラ』を持った来たはずだ。利権が絡み、思惑が交錯する。

 ホークハウゼ侯爵家として発言するために、王立魔法師団のローブを脱ぐ。

「我が娘のジェイドが創り上げた『鏡カメラ』は、げに安全に使うべきでしょう」

 所有の有無を明確にする。

 トーマスに交渉を任せたジェイドは、俯いて控えていた。慎ましやかに微笑むジェイドを、後ろに庇いたくなる。やはり引き籠っていて欲しい。ジェイドにとって王宮は危険だ。

「物騒な物にしない算段は、王宮がつける。ジェイドの条件を宣べよ」

「国王陛下が譲歩する必要は、一切ありませんぞ。こましゃくれた十六歳の娘が生意気だ。但し書きを付けずに献上せよ。レスラリー王国の国民の義務だ。他の魔道具も、今まで設計を王立魔法師団に公開していた。隠すな。独り占めにはさせん。やはり、ジェイドが王立魔法師団に所属すべきだ。ジェイドが物騒だ」

 滔々と論を展開し、イーサンが満足気に顎を突き出した。

「割れた顎が気持ち悪いって、王宮で拝謁する心得として母様が仰ってました。良く分かりますわ」

 小さな小さなジェイドの呟きに、トーマスは吹き出す息を呑み込んだ。

「げふっ、ジェイドは控えていなさい。十六歳のジェイドに敵わなかったのは、我々王立魔法師団だ」

 割れた顎を揺らして、イーサンがトーマスに前に詰め寄った。

「奥方が可哀想だ。こんな変な物を生み出す娘を持って、心労が尽きないだろう。慰めて差し上げたい」

「ほざくな。イーサンとアデレイドは関係がない」

 俯いたジェイドが、はっきりと言い返した。

「母様はいつも、私を楽しそうに応援してくれます。顎を見なければ良いって、教えを受けました。母様は何を見せても、父様よりも驚きませんわ。でもあの顎は、辛かったのでしょうね」

 ジェイドへの助言が手厳しい。アデレイドの心配が、トーマスにも伝わる。イーサンとコニアスを相手に、企みを成し遂げるなら覚悟がいる。情に訴えても無駄だ。確実な利益を、示す必要がある。話を前に進めなければならない。コニアスに視線を投げた。

「ジェイドの肝の座りは、アデレイド仕込みだな。イーサンも諦めが悪い。ホークハウゼ侯爵夫人の面影を、いつまでも追っているから、禿げるのだ」

 禿頭を撫でて、イーサンが吠えた。

「頭の話は、誰にも口にしてほしくない。顎は自慢なのだが、変だな。今は『鏡カメラ』の使用方法と、作成についてが最優先課題ぞ。話を戻す」

 コニアスがジェイドに手を伸べた。言葉を促すように指が二度、くいっと動いた。

「相撲にのみ『鏡カメラ』と使うこと。設置場所は、レスラリー王国の不知火神殿の各支部。雲龍神を祀ってある神殿のみ。王宮にも、本当は置きたくありません」

「ジェイド!」

 誰の叫び声が分からなかった。トーマスも叫んだが、コニアスもイーサンも声を上げていた。

「コニアス国王陛下が相撲を御覧になるのに、毎回、不知火王都神殿まで出向くのは難しいでしょう。王宮内の礼拝堂には、雲龍神が安置されていますわ」

 コニアスが懸命に頷く。

「この小さな『鏡カメラ』でも良いのですが、大画面で迫力は見逃せません」

 ジェイドのアイテムボックスから、トーマスの身長を越える鏡が出てきた。立てかけ脚を伸ばして、鏡を固定した。鏡の木枠をジェイドが握った。

「これは、昨日の稽古の様子です。『記憶の鏡』の改良版として、考えてください」

 鏡の中には、等身大のボリスとフィンが相撲を取っていた。土俵際にボリスが追い詰められる。

 フィンががぶり寄る。胸を合わせたまま、何度も足を前に出して、跳び上がるようにがぶる。

 堪らず、ボリスが土俵際で足を入れ替える。

「ボリス! 詰めが甘い、引くな」

「がぶれ、寄れ。フィン、あと一押しだ」

 二人が同時に土俵を割った。

「どっちだ? 先に土俵を割ったのは、どの足だ?」

 鏡の中で、ゆっくりとボリスとフィンが動く。足の位置が鏡からは見え難い。土俵を上から見た姿が映し出された。足の微妙な位置は分からない。

 焦れたコニアスが鏡に寄った。

「もっとはっきり映らぬのか? おお、この角度なら良く分かる。ゆっくり、見せてくれ。どうだ。どっちの足だ?」

 三人が手を叩いた喝采を上げた。

「ボリスの足は、残っている」

 潮が引くように、諠譟が止んだ。『鏡カメラ』の前に立つ。

「迫力の大画面」

 トーマスの声は震えながら小さく零れた。

「審判の正しさ」

 イーサンが思わずトーマスの手を掴んだ。しっかと握り合ってから、慌てて互いの手を振り払った。

「レスラリー王国の全土で相撲を観戦」

 コニアスの声がジェイドに念を押した。

「全て叶いますわ」

 トーマスの背から、顔を出してジェイドが続けた。

「基本は雷の魔法です。風と光を絡めて、魔法石に閉じ込めました。仕上げに鏡の木枠に埋め込むだけです。木枠の鏡だと音が明瞭です。私が加工した魔法石があれば簡単です」

 ジェイドの瞳が翡翠に煌めいていた。

「用途も設置場所も、ジェイドの意向に全て合わせる。翻意はしない。して、ジェイドは何が欲しい?」

「相撲の興行は、お金が掛かります」

「全ての『鏡カメラ』を買い取る」

「国王陛下に謹んで、『鏡カメラ』を差し上げます」

「何だと?」

 コニアスが息を詰めた。

 ジェイドが深く笑んだ。

「父様が財務や興行の運営をなさっていると、聞き及んでいます。各部屋からの運営資金も限界があります。王宮からの支援も、当てにはできません」

「神事として相撲を復活する王命で十分だ。有難く思え」

 額から禿頭を撫でて、イーサンが脅す。

「驚きました。頭皮に皺が寄るのを、初めて見ました。王宮から支援を頂かない代わりに、利益も戻しません。『鏡カメラ』の利権は、あくまでも私個人が持ちます。だから、王宮に寄付しますわ」

「興行で稼ぐのだな。寄付と断ると言ったら、どうする?」

 トーマスの手から『鏡カメラ』を取り上げて、ジェイドがアイテムボックスに放り込んだ。

 大画面の『鏡カメラ』の前に立つ。

「容易いことです。王宮を通さずに、私個人で不知火神殿各支部に寄付いたします。神殿には私の造った魔道具を治めています。皆、私のこと(・・)を知っていてくれています」

「こましゃくれているとか、引き籠っているとか、他には――」

 ジェイドの繰り出した言葉が、辺りを打ちのめしていく。

「使い易い魔道具。良く効く魔法薬。欠かさぬ拝礼と、全ては他愛のない話です」

 イーサンに首を振る。不知火神殿の各支部が、ジェイドを受け入れるのは火を見るより明らかだ。焦燥が胃の中でのたうち、せり上がってくる。

「ジェイドは何が理由で、『鏡カメラ』を王宮に持ち込んだんだ? ボリス閣下のためか? ウルスラウス領主で、騎士団長で、大関のボリス閣下を支えるために、無理をしているように見える。もっと甘えてくれ。大人になり過ぎだ」

 ジェイドを手元に引き留めたくなって、重ねて言い募った。

「父様に甘えているから、今、王宮に来ているのです。相撲の振興のためです。相撲は、平和を願う神事です。辺境の地に、平和を(もたら)すのでしょう。ボリス閣下が魔法薬に縋らなくても大丈夫だと、確認したいのです」

 鷹揚に態度を整えて、コニアスが微笑みを浮かべた。

「寄付を許す。如何に稼ぐか、話せ」

「有難き幸せです。『鏡カメラ』での相撲の興行は、力士や行司、呼出など相撲に直接かかわる民に還元してください。『鏡カメラ』での観戦は、すべて有料とします」

「姑息な」

「不知火神殿で観戦料の徴収をお願いします。ああ、身体で払ってもいいのですよ。人員誘導とか、お弁当の販売とか」

 レディになってしまった。アデレイド譲りのとびきりの美しさと、誰に似たのか分からないほどの老練した言葉を紡ぐ。立ち居振る舞いは侯爵令嬢で、瞳の強さは計り知れない。翡翠の煌めきに、トーマスは背筋に一筋の汗が流れた。

 熊主砦城で何があったのだろうかと、疑問と不安が押し寄せる。

「良い娘を持ったな。下知を出す。ジェイドの『鏡カメラ』を、全ての不知火神殿に届けよ。優勝者には王宮より褒賞を与えよう」

「懸命な御判断ですわ」

 コニアスの側で項垂れたイーサンの肩を叩いた。




お読みいただきまして、有難うございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ