88話 最強メイド決戦
勝手口から通され、通用路わきの小部屋で申込書を記入する。
年齢。うん17歳。
出身地は、カサブランカにしとこう。
何? 経験人数だと? メイドとして支えた数か。
特技は、適当でいいか。えぇと蛇腹剣三段、と。段とか級があるかは知らない。
好きなもの。魔物狩り。
嫌いなもの。少女のパンツ。
趣味。ダンジョン攻略とレベリング。
これだけはNGな行為。少女のパンツを嗅がされる事。
……。
……。
何だこれ?
俺だったら絶対採用を見送るぞ?
一通り、黒歴史を産み出した頃、ノック音が反響した。
現れたのは、白髪に白髭の老紳士だ。
黒い執事服に、まっすぐ伸ばされた背筋が美しい。執事長といった所か。
「準備はよろしいかね?」
穏やかな口調と柔かな目元に安堵する。
若輩とはいえSSランクだ。人を見る目くらい養ったつもりだ。
間違いない。
この人は常識人だ。
「はい。書き終わりました」
「いいや、心の準備はよろしいかと伺ったのだよ。これより先はこの世ならざる万魔殿。その嘆きの川を渡る心の準備は出来たのかと!!」
俺の目、割と曇ってんだな。
「い、イッエッサー!!」
思わず妙な返事が出た。
「よい返事だ。気に入った。当家のメイド長をファックしても良いかと思うぞ」
「良くないよ?」
何て事はない。この人も変人なんだ。
実際、メイド長はファックできない。
面接会場に通されると、執事服の老人は「後はお若い人同士で」と言い残し出て行った。
一人にしないで欲しかった。
会議机の向こうに佇む濃紺のメイドの影。
編み込んだ輝かしいブロンドを後頭部で丁寧にまとめた姿は婉麗で高貴だが、人相がまるで駄目だ。
青い瞳は玉鬘にも似た輝きなのに、射抜く目力が優雅典雅と真逆の――地獄の獄卒のようだった。
「ってお前かよ!?」
ちっ、陥穽に落ちたか。
ジキタリスのクレマチス支部で会った、元パーティリーダーだ。
「何だってそんな変わり果てた姿になってんだよ!?」
「あぁん? 人の事が言えるのか? クランから聞いて生き延びたとは知ったが、テメェは何だ? 何だってメイド募集なんぞに応募してきた? 分かってんのかコラァ!! 応募者がテメェ一人だから採用確定だって分かってんのかゴラァ!?」
本当に募集してたんか!?
「お前こそ一週間でメイド長に就任とか、どんだけメイドになりたかったんだよ!! 俺を追放までして結局あれか? お帰りなさいませご主人様か?」
「アホウ、現場指揮には前線の把握が必要だって分かれよ!! 誰が好き好んでこんなふざけた格好したがるか!!」
「謝れや!! 世のあまねくメイドに謝れや!!」
「好き好んでこそはないが、ふざけた格好ではない!!」
潔いな、こいつ。
いや違う。
確証は無いが、違和感はある。
「お前……一つだけ嘘をついたな?」
「謂れがなければ俺への侮辱とも受け取る。あの時、一思いに斬られておけば良かったと後悔させてやろうか」
「好き好んでいないだと? お前はその衣装を着た時、何をした?」
「テメェ、この期に及んで下衆な言いがかりか、あぁん?」
「姿見の前で、こう、くるんって一回転して見たんじゃないのか?」
「……っく」
あ、ほんとにやったのか。
「沈黙は肯定と受け取るぞ。そうか。そうだよな。お前、顔こそは表面に殺気がこびりついて物騒だけど、基本、清楚で可憐だもんな。実際、似合ってるもんな」
「おのれ!! 言わせておけば!! ……なんの真似だ?」
俺が人差し指を立てると、訝し気に睨んだ。
瞳が窄んでる。あぁ、駄目だ。もう、俺をぶっ殺したくて仕方が無いって顔だ。
「一回でいい。同じ事をここでやって見せたら、この事は胸の中に仕舞っておこう」
「馬鹿な事を」
吐き捨てるように言うと、奴は勢い良く爪先立ちに体を回転させた。
スカートがふわりと捲れ、可愛らしい足首から膝上までが一瞬だけ露わになる。
――おいおいワイルドさんよぉ。薄手のストッキングとは随分と強気に攻めるじゃねぇか。
声には出さないでおいた。
無反応な俺に「むぅー」って睨んでくる。見惚れただなんて、死んでも言ってやるもんか。
「テメェは理解してるのか? このままならテメェまでメイド服を着ることになるってな」
「やぶさかでは無いけど? どうせお前程は似合わないさ」
投げやりだ。それより、気に食わないないな。この滔々と役者が揃う感覚。
って、奴が視線に鋭利な光を湛える。
これほどの尤物がぶっ殺しそうな目で見てくる。目覚める奴も居たかも知れない。あ、俺は違うんで。
「己の美妙に気が回らない奴が。だから追放だってしようって話しにもなる」
「何だって言うんだよ?」
今ひとつ意図が掴めない。
一瞬、何か思い当たったように俺を見ると、足早に事務机へ戻った。そこに置かれたもの。
申込書にさっと目を通す。
……いや、あんたがそれ見る意味無いだろ? 幼馴染で元パーティメンバーだよね?
「書類選考で落ちた者が最終審査に辿り着くことはない」
あ、意地でも俺を落選させる気か。
「最後の所、パンツが被ってるな。パンツだけに、か」
「いや冠らないよ?」
「まだ、ダメなのか?」
「あれはどうしてもな。つか、お前。俺がクランに嗅がされた時羨んでだろ?」
何かを思い出すように奴は宙を仰ぎ、虚飾の一片も無い殺気の篭った視線になった。
花天月地の月光を浴びたような美形が、迂闊にそんな顔するんじゃないって。
「妹が目の前でいきなりノーパンになりやっがたんだ。俺だって恐怖の一つも感じる。同程度にジェラシーもするだろう」
「いや嫉妬しちゃ駄目だろ。妹だろ。パンツだろ。むしろお前は責任を感じとけよ」
「責任だと?」
「自分の教育が間違ってたとかあるだろ? え? 無いの? 脱ぎたてのパンツを俺に嗅がせる子に育てた責任。あるよね?」
「テメェは人の言う事をどう解釈してんだ……。」
剣があったら抜剣してそうな鬼気が吹き付けた。
口が悪いのは昔からだ。
ついでに態度が悪いのも昔から。
それでも、それがデフォルトとしれれば、佳容な風の姿に周囲から黄色い声が沸くこともあった。
俺なんか一緒に居て、
『何よあの女、幼馴染だからって馴れ馴れしい!!』
『ベリー様が気を許されたからって、調子に乗ってるんじゃない?』
『マジ空気読めてねぇわー。あいついっぺんお〆て差し上げましょうか』
……。
……。
ベリー卿に訴えてもいいかな、これ?
それが何だ? 何で今本気で怒ってんだ?
「お前の癇癪なんていつもの事だが」
「あぁん? 因縁つけてるのか?」
「気に食わないならはっきり言うだろ? 何だって今日に限って――。」
言い淀んだ。
何だろ。
何かが食い違ってる違和感。
今の会話を考察する。
……。
……。
あの追放された日。
アイアンクローで落とされそうになった彼の形相。
あぁ、まさか。
そんな。神様。
「まさかとは思うが……嫉妬は俺にではなくアイツに、か?」
一瞬目を逸らした。
え? 何その反応!?
「ちょ、おま、え? ええ?」
「んだよ、文句あんのか? やんのかコラァ!!」
「文句しかねーよ!! あとやんねーよ!!」
「愚昧にも零落したか!! 我が果断を陥れるなど卑しくもSSランクの末席が言えたことかよ!!」
「クランのよりはマシだよコンチキショウ!!」
「軽々しいものと思われるのは心外だ!!」
「臆面もなく美辞麗句が言えるかよ!! 結構神経細いんだよ!! 何だってくるんって回ってスカートふわってして足がチラ見する嬌姿を見せつけられるんだ!?」
「俺を嬌容と称えるか。ならば我が功徳、矯めつ眇めつ拝むがいい!! さぁ!! 跪け!!」
「おうや!! 受けて立つぜ!!」
売り言葉に買い言葉だった。
ヤツの前で膝を付く。
濃紺のメイドが両手でスカートを掴む。
お互いの呼吸が数瞬止まった。
気づいたのだ。
もう、後には引けないと。
「いいか? 本当に行くぜ?」
「いいだろう、来いぜ?」
ゆっくりとスカートをたくし上げる姿も堂々としたものだ。
現れた。
可愛らしい細い足首だ。
徐々に、脹脛が見えた。薄手のストッキングに包まれた、男の物とは思えない曲線だ。
あぁ、艶かしい。今や、膝まで白日の元に露わになったではないか。
ゴクリと、俺の喉が鳴った。
くそ、婀娜なるヤツの姿から目が離せない。
いよいよ太ももまできた――!!
(ガチャ)
「そろそろ面接は終わったかね?」
「……。」
「……。」
先程の老紳士に、同時に固まった。
「……オダま、いや執事長、これは違うんだ。違うんだ」
「……そ、そう、メイドとしての覚悟を試されていたと言うか、何というか」
いやもう何言ってんだろ?
明らかに特殊な何かの現場だろこれ?
老紳士はおもむろに(←ゆっくりの意)瞼を押さえて、
「わたしがメイド長をファックしてもいいと言ったばかりに、こんな事になるなんて……。」
「違うから!!」
「待て、どういう事だゴラァ!?」
「ちょ、まっ、まだ俺が――。」
居るつーのに勢い良く動きやがって!!
「うわ、テメェ!?」
「だから!!」
膝を付いた所に不意打ちだった。かわす間隙すら与えぬとは。
SSランクとは思えぬ、いやSSランク同士だかこそどちらも回避できずもつれ合った。
だが、俺には奥の手がある。
スキル 体裁きⅡ 発動!!
女神の恩恵だ。
結果、絡み合うようにヤツを押し倒す形となったと知った時、
俺の顔は、なんぞ暖かくて柔らかい感触に包まれていた。
……。
……。
えーと。
「わたしがあんな事を言ったばかり、こんなトラブルに至ろうとは……!!」
いいからちょっと黙ってて。
え? どういう事?
「テメェ、コラなにかってにひとのまたにかおをうずめてやがんだ!!」
全部ひらがなでいっそ暗号みたくなってるから!!
ていうか、太ももで締め付けるな!! 何でこんな柔らかいんだよ!?
いや、それよりも、何故、俺は今、
――癒された?




