89話 追放者によるザマァの美学
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地方領主ベリー卿の嫡男、ワイルドは兄のような存在だった。
幼少期、俺は領都隣村に構えるベリー家別邸で育った。
理由はまだ分からない。
親兄弟の記憶も同様だ。冒険者になった頃にその事に気づいた事に、先程気づいた。
帰納的な推測の切っ掛けはあった。
クランの布地で口を覆われたあの瞬間に。
ワイルドニキの園に顔を埋めた間際に。
記憶の有無を異常と断定するのが困難なのは、これが消失や混濁でなく、明らかなる改竄と思惟し得れば。
結果や帰結から導く原因が、根底から誤ってるんだ。
復元可能な範囲での改竄か。
でも、周囲が騒ぎ立てない所感がね、どうにも。
これ公然の秘密になってないか?
幼少期の友人知人については、今や明確となった。
紛れもなく後天的な恢復と言える。
とりわけ鮮烈なのが、クランを除く滞在領の人々だ。
華やかでありながら偉丈夫な領主。破天荒でパンツのアピールが常軌を逸した奥方。魔導王と謳われしベリーの大婆様。
花過ぎの深緑を駆けた子供たち。
卯月雲を割った炎昼に佇む、サザンカの楚々としたワンピース姿。
藍鉄色の帷を背に見下ろす端麗な顔に、月華すら恥じらった、
――ワイルド・ベリー。
言動こそは粗暴で腕白だが、容姿は見目麗しく、可憐な少年であり、時を経た今も彼の美しさは損なわれない。
そして今、
メイド服を着て薄い化粧までした彼の股間に、顔を埋めて安らぐ俺が居る。
……やばい。なにこの感触?
柔らかで、ストッキングの表面の摩擦が今まで感じたことが無い絶妙な肌触りで俺の頬を包む。
「テメェ!! こら、もぞもぞ動くな!!」
ぎゅっと太ももを閉じやがる。くそっ、このまま締め落とす気か。
圧迫から逃れんと、もっと奥へ奥へと顔を押し付けたのは無意識故か、自分でもわからない。
徐々に徐々にと、
噛み合わなかった歯車が、ようやく正しい位置で合致した――。
あの時。
追放を言い渡された日。
頭上に降り注ぐ闇幕が、桜東風に吹かれた如く。
あぁ、鮮明になっていく。
乳白色の輪郭を染める彩りに、心臓がひときわ跳ね上がる。
嗅げば嗅ぐほどに。
想起する。俺は今、ヤツの股間に顔を押し付けその中心を貪っていた。こんな理解の仕方を、不快だって感じない。鼓動の高鳴りは違和感を享受できない己への恐怖故か。
代替案かコイツでも効果を得たが、想定した基軸はお姉ちゃんの役割だったはず。術者の仕込みはそこに意義があった。
我が身に根を張り事態は枝葉となって広がる、魔導王が施した呪詛の本質だ。
髪を撫でられた。
え、と思って見上げようとしたが、顔が股間に埋もれて動かない。
物理的か精神的かはもう分からなかった。
「思い出したのか?」
ワイルドニキの優しげな声は、何年振りだろうか。
ゆっくりと頭を撫でられる。
昔は弟のように接してくれた。領主様や奥方様も、まるで兄弟のようと。
あの頃は思いもしなかったな。
数年経った今、片やメイド服。片や女冒険者の格好で股間に顔を埋めるだなんて。
……。
……。
何姉妹だよこれっ!?
「いずれにせよ、当家の正当な血筋のパンツを以って正しい手順を踏んだ。効果がなくては困る」
むしろ、今、めっちゃ困ってます。
頭を撫でる彼の手は、どこまでも優しかった。
「うぅ……歳をとると涙腺が緩くなってかなわんな……。」
何故か執事長がもらい泣きしてた。
見てないでどうにかしろ。
って、
「待て!! 正しい手順だと? まさかパンツを嗅ぐのに作法があったか?」
よもや行為自体がパスコードだって!?
彼の妙な言い回しに、強引に顔を上げる。その際、なんか頬に抵抗が当たって、ワイルドニキが小さく「ひゃ!?」と変な声を上げた。
いかん何かが触れたようだ。
ビクンと大きく反応してる。
……えーと、ザマァ達成?
いやそれよりも。
心当たりが一つだけあった。
あの白い部屋で。転生の女神は何をした? え? ていうかアレ伏線だったの?
「手順ってのは解呪の段階と解釈していいんだよな!?」
「調子に乗んな近ぇよ!!」
「逃がすかよ!!」
身じろぐ所を押さえ込む。マウントはこちらにある。
ヤツの両肩を抑える。蹴りを受けないよう足を絡めて動きを封じた。無理に体を起こそうとするからメイド服の胸元だって乱れもする。
「婆ちゃんと違って呪詛調伏に疎かったはずのお前が。それを最初から知っていたな? 道理でクランの奇行を見逃すわけだ」
「いや、クランに関しては諦めた」
「諦めるなよ!! 自分の可能性を否定するなよ!! つか被害に会う俺の身にもなってよ!!」
「だから近ぇよ!! くそっ、サツキ如きに俺が組み敷かれるかよ」
「こういうスキルだってあるって事だ。おおっと暴れるだけ無駄だ。こちらもただ死んでたわけじゃないぜ」
「関節を折られようがな!! 俺が耐性持ちって忘れたわけじゃねーだろ!!」
「痛覚耐性を破れるたのはサザンカだけだったな。なら、これならどうだ? ――ほうら!!」
ペロリと、露わになった鎖骨に舌を這わす。
悲鳴を押さえて、ワイルドは首を振った。
苦痛による刺激が意味をなさないのなら。
鎖骨から、首筋へと。
悶える姿を堪能するように。
……ほんとこれザマァでいいの?
「あの日あの時、クランにやられたのと明確な違い。アイツも思い違いをしていとしたら。そういうことか?」
「全部思い出しやがったか、あぁん!? どうなんだコラァ!? て、舐めるな、こらぁ、待て、そこは、あぁん!?」
同じこらぁとあぁんなのに、後者はいつもと違った。
「いや家族の事は何も。おまえん家の別館に住んでたのはわかるが、どうしてそこに居たのかまでは」
「あの婆様、ベリー家のパンツを嗅いだのにまだ何かあったのか!!」
「クランは最初から知っていたのか?」
「手段だけだな。あの時の行動を見て、解呪の本質を誤って解釈してたと知ったぜ」
「わざわざ脱いでたもんな。待て、ベリー伯の人間相手なら誰でもいいのか? お前でも?」
「もとはクランが起こした問題だ。それでも当時の幼少の頃じゃ問題があるってんで、婆様が想定したのは――母上だった」
「イチゴさんかよ!?」
ベリー伯夫人。ストロ母様。またの名を、イチゴ様。
二人の母であり、俺には姉さまのような人だ。
いい歳して苺柄の下着をこよなく愛し、その結果、幼い俺によくスカートの中を見せつけた正真正銘の、変態だ。
俺もそのせいで年上に憧れるようになったのだが。少年時代、色々と歪められたよなぁ。
「母上はお前のことを可愛がっていたからな、テメェも懐いてただろ? それで婆様はせめてもと母上基準で呪詛を構築しやがった。だが、ここまでやって全快に至らねぇとはな!!」
「履いてる状態に直接埋めた。対象は本当にパンツなのか?」
触媒がそもそも間違っていたとしたら。
「女物のパンツで合っている。所作もそれで問題ない」
いや問題しか無いよ?
何? この呪い?
あ、
まさか。
ば、っとメイド服のスカートを捲る。
「……。」
「……。」
「まさかこれか?」
「ちっ、フィルターになりやがったか」
パンストのせいかよ!!
「……そろそろ、話を進めてもいいかね?」
老紳士の哀愁の籠った声に、状況を思い出す。彼の手に、質素な装飾の小箱があった。
立たなくちゃ。
いや、何故転倒した? この体勢に自ら持ち込んだと思い込んだ?
体捌きⅡのスキルを持ちながら、何故こんなにも、
――体が重い?
「こちらの部屋で寛いで頂いている」
執事長が客室の扉をノックする。
聖女と共に捉えた教会騎士。指揮官だ。上位の僧侶だから兵士や使用人が粗末に扱える訳がない。
「賓客待遇で臨んでいただきたい。くれぐれも失礼の無いように」
老紳士の声に、疲れにも似た響きを感じた。
出会った瞬間、コイツら失礼こきまくるんだろうなと、どこか諦めたような。
どうしてだろう。
メイド服だってバッチリ着こなして完璧なメイドさんなのに。
ワイルドニキとは色違いの光沢の無い黒。惜しむべきは何で俺だけガーターなんだろ?
あの後、採用試験は無事合格した。
研修も完熟訓練も無しで実戦配備なのは、余程、人材に貧窮したと見た。
あと、今後の仕事にと執事長が小箱の中身を渡してきた。入れ物の割にはレアな魔道具だ。使用人が持つような物じゃない。
使用人。ちらほら見かけるけど、俺たち以外のメイドが居ないが。
……男性率の高い職場だな。
あ、また。
こんなんだからチラチラ見られる。
手を振ってやると「おぉ!!」と歓声が沸いた。
ヤバイ。
これ気持ちいいな。
森林迷宮で目覚めたかも。
ふと思いつき、スカートを少しめくって見せる。ガーターのレースが見えるくらいで。
「「「おぉぉっ!!!!」」」
凄い反応だ。
歓声だけじゃない。太鼓を叩く者、法螺貝を吹く者。今にも合戦が始まろうとしていた。
「「「さーつーきぃ!! さーつーきぃ!!」」」
おいおい、よせやい。
「「「さーつーきぃ!! さーつーきぃ!!」」」
……。
……。
「「「さーつーきぃ!! さーつーきぃ!!」」」
「ダーッッッ!!」
執事長にいっぱい怒られた。
彼が疲れて見えるのは、ひょっとしたら俺のせいかもしれない。
そして今。
客室では予想外の人物が俺たちを迎えていた。
「!? サツキさん!!」
窓辺から振り向いたのはコデマリくんは、カーテンをロープ状に結ぶ手を止めた。
……何やってんの?
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
アップの頻度が遅いですが、評価★など頂けましたら嬉しいです。




