35話 麗しのボスエリア
ブックマーク、評価などを頂きまして、大変ありがとう御座います。
※運営殿からの警告措置を受け、2021/3/20に26話~41話を削除いたしました。
このたび、修正版を再掲いたします。
ギルドでマリーと別れた後、東奔西走に至った。
迷宮誕生の後押で経済が潤滑になったカサブランカの物量は、資材の搬入や仕入れに極めて融通の利く環境にある。合わせて食料の卸業も活性化した。
急激な経済成長が、荒野市の異名を冠するオオグルマなる物流の集積所をも産んだが、それはもう少し先の話しということで一つ。
だが、ここでも乾燥食品並びに加工食品は乏しい。個人的にも魔大陸やキクノハナヒラク帝国と繋がりを結びたいところだが。
特に大豆や魚を使った物。彼の三国以外では入手が困難だ。ましてや穀物を原材料にしたニホン酒なるものはウメカオル国の特産でもあった。
夕方にプリムラに戻ると、既にマリーは準備を終えていた。
馬車も馬的なものを調達し、今は街の外に隠しているらしい。
……ん? 隠す?
「近々、私もここを発とうと思います」
「にゃー」
夕食の場でクロユリさんとにゃーが切り出した。
同行するものと思ってた……。
「烏夜に紛れて街を出るにゃー」
「にゃぁ? どうして夜逃げみたいになってるんですか?」
そうか。このコンビの芸も見納めか。
「師匠、どうかお達者で」
「にゃ。餞別にカツオブシを献上するにゃ」
「あ、はいどうぞ」
「持ってるにゃ」
自分で言ったにゃーが、何故か引いていた。
ていうか、お前は弟子に餞別を要求するのか。
「久しぶりの歯応えにゃ」
え!? ちょ、何ぼりぼり食べてんの!? ていうかそれ、凄く貴重なものだよね!?
クロユリさんも唖然としてるよ。
「って、にゃぁ!! 待ってください、それほどの技物をそんな簡単に食べてしまっては!!」
「大丈夫ですよ。私も最初はびっくりしましたけど、いつもこんな感じで召し上がって頂いてます」
「ですが、流石に看過できません――って、いつも!?」
「はい。師匠と同行を共にさせて頂いた時期がありまして。クロユリさんにも差し上げましょうか」
ぽん、と何処からともなく取り出し手渡す。そういや、どこに持ってたんだ?
「え、えぇ、感謝します。大事に使わせもらいますね」
何か腑に落ちないでいる。わかる。
「代わりにこれを授けるにゃ」
食べ終えたにゃーが、可愛らしくラッピングされた紙袋を手渡してきた。
「わぁ、ご恵与頂きありがとう御座います。開けて見てもいいですか?」
「いいにゃ。中身はクロ様の使用済み装備にゃ」
「ちょっとにゃぁ!? 何を渡してるんですか!? て、マリーさんも開けないで下さい!!」
「わぁー、これ、凄いです……凄いですよ」
「こんな所で広げないで!! あ、ダメ、サツキさんは見ないで!!」
「むしろサツキにゃに履かせるにゃ」
「はい!! 必ず!!」
必ず、じゃねーよ!!
「まぁサツキさんに履かれるなら、それはそれで……。」
俺に何の宿業を背負わせる気だ?
「サツキさん。もしこれを履く時が来たならば、少しでもいいので私の事を思い出して下さい」
雪を欺く頬を紅潮させる。
難易度が高いな。
「特にここの所ですね? ここの部分をこう、ですね?」
「マリーさん、ごめんなさい。その辺で……。思い出してなんて言って、ごめんなさい。それと、袋に仕舞って下さい」
結局、にゃーの餞別は俺に託された。
「これが、世界を救うのに役立つ事を祈ります」
クロユリさん。
ヤケクソになってないか?
「承知した。ご恵贈に預かり御礼申し上げる。時が来たら使わせて貰おう」
ここは引いて置いた。
もうパンツで禍根を残すのはうんざりだ。
「そういや、そちらも今日は旅の準備か?」
言ってから彼女もアイテムボックス持ちだと思い出した。
この人のことだ。抜かりは無いだろう。
「にゃぁが受けた冒険者ギルドの依頼に付き合ていました」
「この子ギルドに登録してたのか? ていうか、できるの?」
「蘇生の儀式の間、退屈だったのでしょう。さくっと登録を完了させていましたね。サツ子さんと同じEランクですよ?」
「その呼び方はやめて」
何だサツ子って? 蛍すぐ死んでしまうアレか?
「あ!! お爺ちゃんから聞いた事があります!! 兄は夜更け過ぎに雪絵に変わるって!!」
「随分と進化から離れたな、お前の所の兄とやらは」
いや、前のパーティ追放された時、俺もそんな事思い出してたけどさ。
この格言。確か勇者が伝えたんだよな。
「……サツキさん。そのような事を仰られて、大丈夫なのでしょうか」
「ん?」
あれ? 何か危惧されてる?
「ていうか、依頼受けてたのか」
「えぇ。にゃぁの任務が終わるまでは、当面はカサブランカを離れることができません。ですので出発は未定になります」
「Eランクが受けた依頼だよな?」
クロユリさんが付き添って時間が掛かるクエストを最低ランクに斡旋するはずがない。
……娯楽小説のタイトルみたいだな。
「ふふ、そこはそれ。最近Bランクに昇級した冒険者が二人居まして、同行を申し出てくれました。私が表に出れませんので、基礎ランクをその方たち基準に引き上げて受注してるんです。私が最初に言ったこと、覚えていらっしゃるでしょうか」
原則でパーティでの探索。てことは、迷宮に潜っていたわけか。
にゃーからすれば勝手知ったる所だもんな。
「いや尚更だな。腑に落ちない。それだけの面子が揃って解決を見ないのか?」
「少々、難解なクエストではありますね」
魔王の四騎士を以て難解と言わしめるとは。
そんな怪事がまだあのダンジョンにあったのか。
「調査クエストなのですが、本日、現場を確認してきました。私達が出会った場所を覚えてらっしゃいますか? そうです、あそこです。ギルドに報告を寄せたのも、実は今回同行した冒険者なのですが――。」
クロユリさんには珍しく、困り果てたように眉を寄せた。
「最初のボス部屋からボスが消えたのです」
なんて話を昨夜してたって。
君を見ながら思い出していたんだ。
やってきた馬車。
唖然とする俺たちに、マリーは「僕またなんかやっちゃいましたか?」みたいに御者台で首を傾げていた。
黒塗りの大きな車両を引くのは、馬では無かった。
黒檀のように黒光りする筋肉の上に、眼睛から赤光を放つ牛頭が乗っている。
エボニーミノタウロス――カサブランカの迷宮・第11層に構えるフロアボスその人だ。
「って、何勝手に連れてきちゃってんだよ!?」
「マリーさん……貴女が犯人だったのですね」
「え? だって一人でポツンと居たんですよ? そんなの見ちゃったら『一緒に来るかい?』(イケボで)てなるじゃないですか!?」
「なんねーよ!! つか馬車引かせてるじゃん!! 馬車馬の様にコキ使ってるじゃん!!」
「馬車馬の様ってぇより、馬車馬そのものだねぇ。ほらそっちの兄ちゃんも遠慮するこたぁないよ。昼飯しに持っていきな」
女将さんがエボニーミノタウルスに弁当を渡していた。
いや、お前もどうもすみませんみたいに頭掻きながら受け取ってんじゃねーよ。
「ンモ、ンモモ」
何? 馬車馬冥利に尽きるだと? 安いなおい。
「感心しませんね、マリーさん。一応は人の姿をしているモノに、馬車を引かせるだなんて」
「違うもん!! パンジーは猛牛だもん!! 荒々しいんだもん!!」
え、名前付けちゃったの? 情が染み込んだのか。
「パンジーっていうのかい? なんだか名前負けしてるねぇ」
女将さんはブレないな。
いや名前の方が負けてるだろ。
「ていうか、猛牛を街に連れ込んだらダメじゃないか?」
「いざという時は非常食だもん!!」
「ンモ!?」
「倫理的にアウトだろ!! 染み込んだ情を何処に置いてきた!?」
ヤベェ。コイツを世間に解き放っちゃ駄目だな。
あらゆる事象の根底に虚無を見いだしたら、何事にも真の認識は出来ないのだろうか。或いは既にその域に達したか。哀れな。
だが魔物とはいえ、体の見た目はマッチョな人間だ。
よく考えたら何やらせても絵的にアウトだな。
「いや待て。そもそも人間の体をしたものを斬ってたんだよな。これ階層ボスなんだよな。倒して楽しくレベリング。うぅ、階層ボスとは一体……。」
「サツキさん? お気を確かに――いけません、マリーさんの奇行にサツキさんのアイデンティティが崩壊しかかっています。ね、大丈夫だから、その行いは標榜に等しいから、ね」
クロユリさんがヨシヨシしてくれる。
「にゃ。とにかく返してくるにゃ」
「う……師匠がそういうなら」
馬車はここに置いていくしか無いが……。
「傍に寄せてればいいから、置いて行きな」
すんません、オーナー。
その後、エボニーミノタウルスを迷宮へ送り届けた。
街の人が何事かと遠巻きに見ていた。
街道ですれ違うキャラバンがビビっていた。
そして、迷宮入り口。
門番係りや詰所の冒険者に囲まれ、別れの時。
「パンジー、貴方を連れて行く事はできないの。さ、ボス部屋にお帰り」
「ンモぉ……。」
「元気でね」
名残惜しそうにマリーの事を何度も振り返り、パンジーはダンジョンの奥へと消えていった。
女将さんの弁当を持って。
追い縋ろうとするマリーを抑えるのに、割と労力を要した。
え? 何この子、凄い筋肉なんだけど。
ゴリラ並み――久方ぶりに出会ったぞ。
このまま成長すれば、10年後ぐらいには極めていい女になるかもな。
「さて、これでにゃーの任務も完了でいいのか?」
「そうですね。ダンジョンに入った時点でボス部屋にポップしたはずです。この後、仮パーティのメンバと共に確認に向かいますが、概ね達成でしょう」
「にゃー……。」
にゃーのクエスト達成と腑に落ちない感情が、内面で相克してるんだろうな。
コイツのせいで。
「じゃあ、次の馬を探してきますね」
「待てや!! だからダンジョンから連れて来んじゃねーよ!!」
りっくりっくと迷宮に入ろうとするマリーを止める。
「でも、どうしたら……。」
凄く不安そうな顔で聞いてくる。
よし。婉曲に伝えるよう努めよう。
「いいかい? 俺たちに今必要なのは馬だ。それも馬車を引く馬だ」
「ですから、もっと馬っぽい猛牛をですね」
「まぁりぃー。違うんだマリー。いいかいマリー、我々が求めているものは『U・MA!』。君が言ってるのは『U・SI!』。馬と牛は相容れないんだ」
「分かりました!! じゃあ牛じゃ無い馬を探してきますね!!」
「ちょっ、ちょちょちょ、まぁりぃー。いいからマリー。ちょっと待ってくれマリー。アイニーチュー・マリー。どうして君は頑にダンジョンから調達しようとするんだい?」
「馬が居るからです!!」
「マリー、待ってくれマリー。物事の本質的じゃない性質を――そう。その有無に囚われない或いは影響しない不耐性で考えてみてはくれまいか。少しはこちらに寄せてみてはくれまいか」
最後、本音が出てしまった。
少女が少しだけ小首を傾げる。眉根を可愛らしく寄せた後、何か閃いた様に顔を輝かせた。
「馬!! 馬が居るからです!!」
どうしよう……この子を説得する自信が無い。
お付き合い頂きまして、大変ありがとう御座います。
何だかよくわからない物書いてますが、思う所が御座いましたら★の評価等頂ければ嬉しいです。




