独身寮
組合を出て寮に向かう為、先ほど貰った小冊子の裏に載っているダンジョン都市の簡易マップを頼りに歩いた。 15分程歩くと目的の寮が見えてきた。寮に入ると右手に管理人室と書かれた窓口と正面に自動ドアがあった。 窓口に座っている何処と無く不機嫌そうな感じがする恰幅の良い妙齢の女性に声を掛けた。
「すみません、今日からここに入ることになった間崎です」
「ん……」
声を掛けたにも関わらず女性はこちらをじっと見るだけだった。
「はぁ~、初心者か。 寮に入る時は扉の前にあるスキャナーにチップをかざしな。 食事は7時~9時と11時~13時と18時~20時の三回、少しでも遅れたら食事は無いからね。 それと、ダンジョンに潜る時は声を掛けな、余計な物は作りたくないからね」
「分かりました。 でしたら、食事は明日の昼からでお願いします。 今日は寮の確認に来ただけですので、一度自宅に戻り荷物を持ってくるので」
「そうかい、好きにしな」
「はい、ありがとうございました」
管理人に頭を下げ、寮の自動ドアに右手をかざすと自動ドアの中央付近にある小さな画面に名前と部屋番号が表示された。 部屋番号を確認して中に入り、エレベーターで上がって指定された部屋に向かった。 入口と同じように部屋の前のスキャナーに右手をかざすとロックが外れた音がした。 中に入ると、すぐ右手に小さなキッチンに冷蔵庫、左手に風呂とトイレに洗濯機が、部屋は四畳半くらいでベッドにテーブルとテレビが備え付けてあった。
「ふむ、だいたい揃っているか……」
備品関係の確認を済ませ外に出ようとドアノブを回したが開かなかった。 扉の内側にあるスキャナーに右手をかざすとロックが外れた。 扉が閉まるとロックが掛かるみたいで毎回チップをかざすのが面倒だった。
寮から出て自宅に戻る為、入ってきた門に向かい警備の人に入門証を返却し自転車に乗り自宅に帰った。
自宅に着いた時には日が暮れていた。 部屋に残っている衣服等をリュックサックに詰め込み、入りきらない物は全て空間収納に入れた。 準備を整えた後、明日に備え空間収納にたっぷりと在庫を貯めたオークのロース肉を取り出し、しょうが焼きにして食べた。
次の日、気持ちいい朝を迎えると退去にあたっての最後の確認を行い、空間収納から最初に使っただけで使わなくなった木刀を取り出した。 探索者になったことで外で武器の携帯が許されたので帯刀し、再びダンジョン都市に向かった。
ダンジョン都市の門に着き、警備の人に挨拶をしてゲートを通過した。 その際、木刀を持っている事に怪訝そうな顔をしていたが、特に声を掛けられず中に入った。
荷物を置きに寮に向かい管理人に挨拶に行ったが、素っ気ない返事が返ってきただけだった。
新しい自宅に着くと、リュックサックから荷物出して適当にクローゼットに収納した。 空になったリュックサックに最初の頃に使っていた探索に必要な備品を詰め込み、昼食までの時間を潰す為に受付嬢から貰った小冊子に目を通した。 時間になり食堂に行くと誰もおらず、食堂から厨房に声を掛けると、
「ん……来たのか」
「はい、今日は私以外に人がいないんですね」
「いや、いつもこんな感じだよ。 だいたい昼はダンジョンでってのが多いよ」
「そうでしたか……今日のメニューは?」
「今日は肉倍飯倍野菜倍の焼き肉定食だよ」
そういって出されたのは特盛のご飯に大量の千切りキャベツ、メインの焼き肉はバラとロースに塩タン、脂ののったホルモンと豚トロといったバラエティに富んだ内容で量に不足を感じなかった。 渡された物をじっとみていると、
「おっと、すまないね。 いつものように作っちまったよ。多かったら無理して食べなくていいからね」
「いえ、大丈夫です。 せっかく作って頂いた物ですから」
「ん……」
受け取った料理をテーブルに運び早速食べることにした。 肉とご飯を交互に食べ、時々キャベツを挟む。 なかなか減らないキャベツに悪戦苦闘しながら食事をしていると、玄関の方から声が聞こえてきた。
「お母さん! ご飯!」
そう言いながら食堂に入って来たのは、昨日組合で対応してくれた受付嬢だった。
「誰がお母さんだ! あんたみたいな子供は家には居ないよ!」
「そんなことはどうでもいいから、早くご飯!」
「ったく! ちょっと待ちな」
「はーい」
そう言うと受付嬢は俺の前に座った。
「あら? 貴方は確か、昨日探索者になった……」
受付嬢は俺を見つめ、
「そう! 間崎さんでしたね! あ、そっかぁここの寮に入ったんでしたね。 良かったですね~お母さんの料理は世界一なんですよ。 組合事務所の食堂も悪くはないんですが、あそこの料理人はお母さんの弟子なんです。 けど、不味くはないんです。 不味くはないんですけど、お母さんと比べると……ね」
昨日と同じくめっちゃ喋る人だった。
「お待たせ」
厨房から管理人さんが特盛定食を運んできた。
「ありがとう! お母さん大好き♪」
「良いからさっさと食べな!」
「はーい」
二人のやり取りを聞いていると親子みたいな距離感だったが、反面お互いに気を使っている感じを受けた。 受付嬢はご飯を口一杯に頬張り、美味しそうに食べていた。 しばらく食事を進めていると、
「ふぅ、間崎さんはこの後は初心者用ダンジョンですか?」
「ええ、まあ」
「なら、絶対に三階には行かないでください」
「どういうことですか?」
「三階はコアがあるので、他の探索者さん達にも行かないでくださいとは説明をしているのですが……最近、興味本位で三階に行く探索者が増えて居まして、それでたまに死亡する事案が発生しているんです」
「三階に何かが居るんですか?」
「ええ、コアを守護しているユニーク個体がいるんですが、基本的に三階に行かなければ無害です。 なのに……」
「興味本位で相手を刺激して反撃されたと?」
「はい……」
「分かりました。 ま、しばらくは一階すら全部は回れないと思いますが覚えておきます」
「お願いしますね」
その後の食事は沈黙が支配していた。




