退去勧告
大家と連絡が途絶えてから一年程が経ち、秋が深まり肌寒くなってきたある日の昼頃、自宅で昼飯を食べているとインターホンが鳴った。 俺に来客なんて大家くらいしか考えつかないが、自衛隊や警察だと面倒なので一応ステータスを隠蔽し偽装して玄関の覗き穴から見ると、俺と同じ歳くらいのスーツを着た男性が立っていた。 インターホンの受話器を取ると、
「突然、すみません。 大家の後藤です」
大家だと? 俺の知っている大家は爺さんだったはずだが、名前は……確か後藤だったな。 ということは親族か。
「ちょっと待ってください」
そう言って、俺は身だしなみを整えて玄関を開けた。
「あの、大家さんとのことでしたが……」
「はい、間崎さんの知る大家は祖父です。 私は孫にあたります。 残念ながら祖父は一年程前にダンジョンから溢れた魔物が原因で亡くなり、その時に私の父と母も巻き込まれ亡くなりました。 その後、葬儀や遺品等の整理をして正式に私が祖父の遺産を相続しました。 ただ、諸々の手続き等に時間が掛かりご挨拶が遅れた事をお詫び致します」
新しい大家さんが名刺を出してきたので、それを受け取った。
「そう……だったんですか。 このアパートの売買の話をした後に連絡が途絶えたので、何かあったのかと心配していたのですが……残念です」
「はい……それで、ですね。 このアパートに関してなんですが、私自身も仕事をしてまして、アパートの管理等は難しく手放そうと考えています」
「で、私には売れないと?」
「はい、大変申し訳ありませんが……」
このアパートを出るのは構わないし、裏庭ダンジョンでやりたいことは既に無い。 後は、ダンジョンを殺すだけだ。 ならば……
「わかりました。 いつまでに退去したらいいでしょうか?」
「宜しいのですか?」
「ええ、去年と状況が違いますし」
「そうですか……ありがとうございます。 では、今月中にお願いします」
「鍵はどうしたらいいですか?」
「捨てて頂いて結構ですよ。 ここは潰して、ダンジョン都市の一部になるそうですので」
「そうですか、了解しました」
大家は笑顔でアパートを後にした。 その後、アパートからの退去の準備を始めた。 生活に必要な備品や家具以外の全てを空間収納にいれ、すぐに退去できるようにした。 ちょっと予定が変わったが、裏庭ダンジョンの攻略に乗り出すことにした。
探索に必要な荷物を空間収納にいれているので、早速ダンジョンにやってきた。 一、二階層が蟻に支配されてからというもの地図スキルが必要なくなってしまった。 徐々に通路の壁が喰われて、部屋と部屋が合わさり1つの大きな部屋に変わり、ダンジョンの入口から二階層への階段が見えている状態となっていた。
一階には50匹程の蟻がいるが、それぞれがバラバラに動いている為、連携はなくただ獲物に群がるだけ。 いつもの様に、使い捨てライター(アタッチメント付き)を両手に持ち火を入れた。
称号の効果が特大になり炎は太刀程のサイズにまで伸び、不可視の炎まで考えると大太刀(約150㎝)くらいはあるだろう。
炎を感じた蟻達は一斉に動きだしたが、冷静に迫り来る蟻の大群に向かってゆっくりと歩く。 両手の炎の太刀をただ縦に、横にと薙ぐだけで蟻達は燃え尽きていった。 階段まで来ると振り返り部屋を見渡し、討ち漏らしが無いことを確認すると二階に向かった。
二階も一階と同様に1つの大きな部屋となっているが、中の状態は一階と違い、より強力な個体が生まれ群れを統率していた。
だが、脅威とはならず、一階と同様に苦労せずに群れを全滅させた。 いつもならここで帰るのだが、今日はダンジョンを攻略する為に潜っているので三階層に向かった。
階段を下り初めて三階層に来たが、目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。 部屋を埋め尽くさんばかりの巨大蟻の大群。
そして、その一番奥に非常に大きな個体がいた。 恐らくこれを作った女王蟻だろう。 目視出来たので鑑定してみると、
名称 クイーンアント(融合個体)
状態 興奮 ダンジョンマスター
見たことの無い表記があった。
「融合個体? ダンジョンマスター……」
どうやら、女王はダンジョンコアを捕食し自分の国を作っていたみたいだった。
「ちょっと放置し過ぎたか。 ま、後悔しても仕方ない。 殺ることをやるだけだ」
気持ちを切り替えて奴らを殲滅する事に集中した。 部屋に侵入すると蟻達が一斉に押し寄せ炎の太刀で迎撃するが、その量が半端なかった。 一体、一体は大したこと無いが殺しても殺しても勢いが衰えることが無く前に進めずにいた。 途中で炎の太刀がより大きくなったが、焼け石に水で使い捨てライターだと火力が不足していた。
「仕方ないな……正直、どうなるか想像出来なかったから使いたくなかったんだが」
ストレージから使い捨てライターを数本取り出し、爆破スキル(火と固定と遅延)を使用し群れに向かって投げ、数秒の時間を稼いだ。
空間収納からOD缶とガストーチを取り出した。 以前、ホームセンターのキャンプ用品を扱っている所で見つけた物だ。
「ま、これでダメなら逃げるか」
やや後ろ向きな覚悟を決め、ガストーチをOD缶にセットし奴らに向けスイッチを入れた。
その瞬間、光が視界を埋め尽くした。




