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内藤邦夫(75)九段が周囲に確認を取り、一つ頷く。
邦夫「では、定刻になりましたので、LANCEの先手でお願いします」
成香「よろしくお願いします」
棋聖「よろしくお願いします」
両者、深々とお辞儀をする。
紅の横に備えられているモニターでLANCEが検索した結果の指し手を確認し、読み上げる。
紅「先手7六歩」
その読み上げ通りに、成香は駒を指す。
駒の澄み切った音が、静まり返る部屋に響き渡る。
棋聖は背筋を伸ばしたまま腕を組み、目を閉じ、自分の指し手を考える。
成香は、その様子を懐かしむ。
その様子が子供の頃と重なって見える。
○同・大盤解説場・昼
保光「天野棋聖は、一手目から考えますね」
理恵子「そうですね。ただ、天野棋聖は数千手先を読む棋士として有名ですからね」
保光「おっと、目が開きましたね。どんな手を指しにくるんでしょうか」
○同・二階道場・昼
パチンと響き渡る駒。
後手6二玉。
○同・大盤解説場・昼
どよめく会場。
プロジェクターのコメントの弾幕がより一層、濃くなる。
保光「ええええええ、6二玉!」
大声を上げて、驚く保光。
理恵子「これは、どういったことを意図した一手なんですかね」
保光「これは、対コンピューター将棋に特化した秘策ですね」
理恵子「と、言いますと?」
保光「この6二玉は、人間相手には恐らく通用しない手ですが、コンピューター将棋相手では話が違います。コンピューターが持つ序盤のデータを全て白紙にする究極の一手と言っても過言ではありませんよ」
興奮した様子で語る保光。
理恵子「なるほど。プログラムの虚を突くような一手なんですね」
○同・二階道場・昼
パソコンのモニターを見つめる三人。
彰 「なんか、LANCEの検索結果が可笑しくないか?」
敏行「ああ、確かに」
一与「やられたわ」
一与は、額を手で覆う。
彰「やられた?」
一与の方を見る。
一与「LANCEは、数ある実際の棋譜を基にデータ化されて、そこから指し手を考えているのよ」
敏行、ハッとして気付く。
敏行「つまり、誰も指さないような手の棋譜データを持っていない」
一与「実際、十秒ごとに次の指し手の評価が目まぐるしく変わっているわ」
× × ×
紅 「先手6八飛車」
成香、指示通り指す。




