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010


  内藤邦夫(75)九段が周囲に確認を取り、一つ頷く。


邦夫「では、定刻になりましたので、LANCEの先手でお願いします」

成香「よろしくお願いします」

棋聖「よろしくお願いします」


  両者、深々とお辞儀をする。

  紅の横に備えられているモニターでLANCEが検索した結果の指し手を確認し、読み上げる。


紅「先手7六歩」


  その読み上げ通りに、成香は駒を指す。

  駒の澄み切った音が、静まり返る部屋に響き渡る。

  棋聖は背筋を伸ばしたまま腕を組み、目を閉じ、自分の指し手を考える。

  成香は、その様子を懐かしむ。

  その様子が子供の頃と重なって見える。


○同・大盤解説場・昼


保光「天野棋聖は、一手目から考えますね」

理恵子「そうですね。ただ、天野棋聖は数千手先を読む棋士として有名ですからね」

保光「おっと、目が開きましたね。どんな手を指しにくるんでしょうか」


○同・二階道場・昼


  パチンと響き渡る駒。

  後手6二玉。


○同・大盤解説場・昼


  どよめく会場。

  プロジェクターのコメントの弾幕がより一層、濃くなる。


保光「ええええええ、6二玉!」


  大声を上げて、驚く保光。


理恵子「これは、どういったことを意図した一手なんですかね」

保光「これは、対コンピューター将棋に特化した秘策ですね」

理恵子「と、言いますと?」

保光「この6二玉は、人間相手には恐らく通用しない手ですが、コンピューター将棋相手では話が違います。コンピューターが持つ序盤のデータを全て白紙にする究極の一手と言っても過言ではありませんよ」


  興奮した様子で語る保光。


理恵子「なるほど。プログラムの虚を突くような一手なんですね」


○同・二階道場・昼


  パソコンのモニターを見つめる三人。


彰 「なんか、LANCEの検索結果が可笑しくないか?」

敏行「ああ、確かに」

一与「やられたわ」


  一与は、額を手で覆う。

彰「やられた?」


  一与の方を見る。


一与「LANCEは、数ある実際の棋譜を基にデータ化されて、そこから指し手を考えているのよ」


  敏行、ハッとして気付く。


敏行「つまり、誰も指さないような手の棋譜データを持っていない」

一与「実際、十秒ごとに次の指し手の評価が目まぐるしく変わっているわ」


                     × × ×

紅 「先手6八飛車」


  成香、指示通り指す。




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