8話「偽り無き約束の誓いを」
「ライオット遅いわね~、日が暮れちゃうわよ?」
先に獣道を抜けてベリオール卿の屋敷に着いた私は、最悪、2階の窓へライオットを運べるように、風の精霊であるグリフェルを召喚して待機させていた。
「もうそろそろ来るであろう……」
「どうして分かるのよ? グリフェル」
「……戦いの気配をが消えた」
「へ? 戦いの気配ってどうゆう事よ?」
「どうやらあの少年は待ち伏せされていた様だ」
グリフェルの問題発言に私は思わず怒って講義した。
「え? 何で早く言わないの!? 今すぐ助けに行かないと!」
「問題無い。あの少年は無事だ」
「何言ってるのよ!? ライオットは虫も殺せない様な小心者なのよ!」
私はグリフェルの発言に疑問を感じてプンプン怒ったが、ライオットが無事に走ってくるのを確認すると、今はそれ所では無いと悟った。
「このままじゃ夕日が沈んじゃう…… グリフェル! 貴方が人間嫌いなのを承知でお願いするわ! ライオットを2階の応接間まで運んで!」
「それは無理な相談だ。我は二度と背に人間は乗せぬと決めておる」
「そこをどうか……!」
グリフェルは頼りになるし礼儀もしっかりしている。
しかし、人間嫌いだけは他の精霊にも負けない程、意志が固かった。
「う~……! 仕方が無いわね! グリフェル! 作戦を変更するわ! 耳を貸しなさい!」
私はグリフェルの背中に飛び乗ると、苦肉の策ではあるが、最終手段を決行する事にした。
「はぁはぁ! くそ! 夕日が沈んでしまう!」
ライオットは全速力で屋敷の前まで駆け抜けて来ていた。
しかし、夕日が沈み切るまで後数十秒。
ベリオール卿に取り次ぐには、どう考えても時間が足りなかった。
「もうタイムリミットですね……」
オルフェウスは屋敷の窓から正門を眺めている。
相変わらず武装した人間が門の前で見張って居るだけで、正門に動きは無かった。
「ふっ、噂の幸運を運ぶ白いヌコとやらも、さすがにこれでは手の施し様が無いか……」
ベリオール卿はその光景に皮肉を込めて言い捨てた。
「ベリオール卿……」
――その時である。
「おわぁぁぁあ!?」
「あ、あれは!?」
オルフェウスはライオットがこちらに目掛けて飛んでくるのを発見して、急いで窓から飛び離れた。
『ガシャガシャーン!!』
ライオットは派手に2階の窓ガラスを割りながらベリオール卿達が居る部屋に放り込まれた。
「何事です!? ここは2階ですよ!?」」
オルフェウスはライオットの奇行に驚いて声を荒げた。
「はぁはぁ……何だか分からないけど、着いたようだな……」
ライオットは乱れた呼吸を整えながら、立ち上がった。
「いまさら、何用だライオット? まさかシズナ草を見つけたとでも言うのか?」
ベリオール卿はこの状況下に置いても、まるで動じずクールに対応する。
しかし、その眼差しには期待の念が込められていた。
「えぇ……そのまさかですよ。これを見て下さい」
ライオットはそう言うと、ポーチからシズナ草を取り出した。
「オルフェウス。これは本物か?」
「これは……間違いありません! 本物です!」
普段はあまり表情を表に出さないオルフェウスもこれには驚いたとばかりにベリオール卿の顔を見返した。
「ほう……。まさかシズナ草を入手したばかりではなく、スモロフの防衛網まで突破してくるとは恐れ入ったな……。ふふ、私の完敗だ」
「ベリオール卿! ライオット殿ならもしや……!」
「……そうだな……これ程の逆境を跳ね除けれる男ならやってくれるやもしれん……」
何故か二人はライオットが依頼を達成した事について嬉しそうに話し合っている。
しかし、当の本人であるライオットにはまるで話の流れが分からないでいた。
「あのぉー……、一体何の話を……?」
「おぉ、これはすまない。遂、興奮してしまってな。さて、どこから話せば良い物か……」
興奮から取り乱していたオルフェウスは、眼鏡を掛け直すと平静を取り戻した。
「まずはベリオール卿の病についてお話しておきましょう」
「ベリオール卿の病? あれは嘘だったのでは……」
ライオットはずっとベリオール卿の病と言うのが、ギルドの土地を奪う為に考えた同情を誘う為の虚言だと思っていた。
「あぁ、ベリオール卿が病に掛かっていると言うのはフェイクだ。だが、ベリオール卿が余命1年なのはファクトなのだよ」
「え?」
ますます言っている意味が分からない。一体この人は何が言いたいんだ? もっと分かりやすく説明して貰いたいのだが……。
「それは口で説明するより、見せた方が早いだろう……私の身体をな」
ライオットはその発言に困惑した。
何故だか分からないが、急にベリオール卿が服を脱ぎ始めたのだ。
「あ、あの! 僕、そう言ったのはちょっと困るんですが……!」
「む、何を言っている? ここを見てくれ」
オルフェウスに促されて、ベリオール卿の下着が捲られた胸を見ると、黒い刻印の様な物が刻まれていた。
「こ、これは……!?」
「死の呪いだ……」
「死の呪い?」
ベリオール卿は捲っていた下着を下ろすと、死の呪いについて語り始めた。
「そうだ。昔、強力な呪術師に掛けられた物でな……名のある解呪師でもこの呪いを解く事は出来なかった……」
「でも、どうしてベリオール卿が呪いに?」
「それについてはまだ何も言えない……だが、ライオット。君がこれから私の指定する材料を全て集めてくれるならば……――いずれ時が来た時に全てを話そう」
ベリオール卿は鋭い眼光を光らせてライオットに言い放った。
つまり今ベリオール卿が持ちかけているのは専属契約。
これを受ければ今までの報酬とは比べ物にならない程の額になるだろう。
「………」
「どうしたのだ? ライオット殿」
「……少しばかり、虫が良すぎるとは思いませんか? ベリオール卿……」
しかしベリオール卿が今まで行ってきた狂行に対してライオットは怒っていた。
騙されて100万ニルクの借金を背負わされそうになった挙句、ライオットを怒鳴り散らして、大人の世界がどうたらこうたら……。
更には暗殺者に命を狙われる羽目になったのだ。そんな相手をどう信用しろと言うのだろうか?
「この件についてはすまないと思っている。私もあんなぼろっちぃギルドのマスターがここまでやるとは思わなかったからな」
「そうですね。私もあそこへ足を運んだ時は心底、驚きましたもの」
(ぐっ! 言わせておけば……!)
「だが、これだけは言わせてほしいライオット。所詮、民間企業なんて言う物は情よりも金だ。人は金が動かなければ動かない」
「………」
冷たい言い方ではあるが、確かにその通りだ。
幾ら情に厚くてもお金が無ければ人は去って行ってしまう……。
それはギルドを経営しているライオットも頭が痛くなる程、痛感していた。
「私が欲しいのは、この街にとって価値のある必要な物だ。それに街の経済を活性化させるには、当然価値の無い邪魔な建物は排除しなくてはならない。考えてもみろ? 人通りの多い場所に街の景観をぶっ壊すような建物が建っていれば人々はどう思うだろうか? 当然、そんな物は排除して、もっと街が栄える様な店を求める。そして君のギルドがある土地は正に良い例だった」
ベリオール卿の言っている事は最もだ。
街の事を考えるならばそうするべきなのだろう。だが……。
「確かに、街全体から見れば僕が言っている事は只の我儘なのかもしれません……でも、あそこだけはどうしても守りたいんです! お願いします! あそこだけは!」
ライオットは土下座してベリオール卿に懇願した。
「そうだな……確かに我儘だ。今までだったらな」
「え?」
ライオットはベリオール卿の意外な返答に思わず顔を上げた。
「言っただろう? 私が欲しいのは価値のある必要な物だ。私は君を高く評価しているのだよ? ライオット」
「それはどうゆう……」
「ここに200万ニルクの小切手がある。私と専属契約をしてくれるならば、君のギルドのスポンサーになろう。悪い話ではないだろう?」
「200万ニルク!?」
ライオットは驚いた。それだけのお金があれば、あの建物を丸ごと建て直して最新の設備も導入する事が可能だ。
それはライオットにとって願ってもない申し出であった。
「でも、何故そこまでしてくれるんですか? そう言った依頼なら他のギルドに頼めば解決してくれたのでは……」
「駄目だったのだよ……」
「え?」
「この街でも名高い有数の冒険者ギルドには、かつてシズナ草の採取を依頼した事があった。しかし、この奇跡の薬草と言われたシズナ草を見つけ出す事は結局誰一人とて叶わなかった……」
ライオットはその話を聞いて驚いた。この街の冒険者ギルドが総出で探しても見つからなかっただと?
だとしたら、一体あの白いヌコはどこからシズナ草を持ってきたと言うのだろうか?
「……だからこそ、ライオット。我々は君に全てを賭ける事にしたのだ」
ベリオール卿の眼差しは真剣そのものであった。しかし、その程度でベリオール卿を信じ切るのは愚かな行為だ。
「確かに、そのお話は魅力的ですが……、その後の依頼が必ずしも成功する保証は何処にもありません。勿論、その場合の違約金は馬鹿にならないんでしょ? とてもじゃありませんが受ける気には……」
「その通りだライオット。簡単に相手を信用しては行けない。だが、私にも謝罪をしたいという気持ちはある。まずはこれを見てほしい」
ライオットの声を遮るように、ベリオール卿は更に1枚の誓約書を机の上に出してきた。
「これは……」
そこに書かれている書面には、依頼内容を達成出来なくても一切の違約金は発生せず、依頼達成の成否に関わらず前金の200万ニルクは返さなくて良いという内容の書面が書かれていた。
つまり、この誓約書は無条件でライオットが200万ニルクを受け取る事ができるという代物なのだ。
「これが私の気持ちだ。勿論、依頼が成功した暁には更にボーナスを上乗せする事を約束しよう」
ベリオール卿は手を組むとライオットの判断に全てを委ねた。
(……あぁ、確かにこの人の覚悟は本物だ……)
「しかし、べリオール卿。僕が200万ニルクを持って逃げるとは考えないんですか?」
「ふっ、逃げられたら私もいよいよ終わりだろうな……だがな、ライオット。私は君が依頼を放棄して逃げ出す様な人間で無い事を確信している」
ベリオール卿の決意を確認したライオットは誓約書に改めてサインをすると、ベリオール卿と偽りの無い信頼の握手を交わした。
こうして、ペルペトゥオは建て直す事になり、1ヵ月ほど、ギルドは休止する事になったのであった。