第五十七話
「海斗、これあげる。コルコットっていう物でね、この国では生まれたての赤ん坊に贈るものらしいんだけど…なんか、フェルトに似ていたから買ってみた。ちなみに私は、白い兎のコルコットと黒猫の手帳を買ってきました!」
獅子らしき片手サイズの毛細工を渡された海斗は、ご機嫌な夏音にお礼を言うと、「楽しかった?」と訊ねた。
それに対して大きく頷く。
「これは雑貨屋さんみたいな所で売ってて、他にも可愛いものがたくさんあったの。それでね、お昼はパエリアとパスタだったんだよ。地球のものとは味付けが全然違ったけど、あれはあれで美味しかった! でね、それから、お城の近くにあった出店で、マクールっていう──クレープ生地にアイスとクリームを混ぜたようなものをかけて食べるスイーツ…って言えばいいのかな?──それを食べながら帰ってきたんだよ。そこのお店の人がお好みでその上に果物ソースを掛けてくれてね、それがアイスとマッチしてて美味しかったー」
「それは良かったね」
「うん!」
夏音は満面の笑みで頷くと、鞄から手のひらサイズの冊子を取り出した。
「猫なんだよ~、しかも黒猫! 魔女の遣い魔として有名な黒猫。ね、よく分かってると思わない?」
何に賛同して欲しいのかパッとしないが、夏音はべつに同意を求めているわけではないらしく、可愛いを連発しながら手帳を眺めている。口許が緩んでいることから、相当気に入ったのだろう。
そんな妹を慈愛の瞳で見ていた海斗だったが、何やら疑問に思い当たったようで、ふと首を傾けた。
それに目ざとく気が付いた夏音が「どうしたの?」と同じく首を傾げる。
「…こっちでは、黒猫はどういう立ち位置にいるのかな?」
「それは知らないけど…どうして?」
急に何でそんな質問をするのかと首を捻りつつ、夏音は、それでも何か兄の力になれないかと思って、訊ねる。
「人間は魔族を嫌っているだろう? ということは当然、魔法使いや魔女も嫌っているという事だよね。……なのにそれを象徴する黒猫を好いているというのは、矛盾が起こると思って」
「……えっとね、この世界の魔女って、べつに遣い魔を必要としていないんだよね。だから多分、黒猫や蝙蝠や蜥蜴イコール忌むべきもの、とはならないんだよ。
地球で黒猫とかが魔女を連想させるのは、昔の西洋の魔女が悪魔に関係していたからだと思う。悪って黒色のイメージがあるというのもあるし、そもそも黒って色はそういう印象を与えるからさ。
といっても、当時行われていたらしい儀式──黒魔術、例えば悪魔召喚だとか──を使うための生け贄として選ばれていたのは、黒猫とかじゃなくて山羊なんだけどね。……だから、黒猫は魔女の『遣い魔』っていうイメージがついたんだろうけど…」
夏音は、こちらの知識や教養はほとんど身に付いていない。けれども、地球にいた頃にたくさん本を読んでいたから、そちらの事だったら広く浅くは知っている。
本の題名は覚えてないけれど、今まで読んだ本の中で魔女について記述しているものはいくつもある。それらの本に書かれていたことに自分の推測も交えて説明をする。
「……でもさ、今考えてみると不思議なんだよねぇ」
「不思議って、何が?」
「あのさ、海斗。──こちらの世界にも猫とか獅子とか兎とかって、存在してるの?」
「うん? ……あぁ、そういうことか」
「…ねー。不思議だね」
曰く、『なぜ地球上の生き物が存在するのか』。
ここは異世界であり、魔界があるくらいなのだから当然生態も大きく異なる。そんな世界で、地球上の生き物と全く同じ外見の動物が居るというのは、考えづらい。地球上の生き物たちだって、偶然の産物なのだ。だから、環境とかが全然違うこの世界で同一の動物が生まれるのはおかしい。というより有り得ない。
「エルに聞いてきてみようか?」
分からなかったらそれまでだけども。
伺う夏音に、海斗が「そうだね」と応じる。
「ん、じゃあ聞いてくるねー」
◆◇◆◇
「───というわけで、教えてください」
「何が『というわけ』よ? ドアを開けていきなりそんな事を言われても、何を教えればいいのかすら分からないのだけど…? とにかく、事情から教えて頂戴」
「海斗と話していたら質問が幾つか出来たので、エルに訊こうかと思って。あ、答えられなかったら、それはそれで良いからね」
一つ目、と続けようと思ったところで、エルに「とにかく部屋に入って、そこにでも座りなさいよ」と誘われたので、お言葉に甘えて部屋に入る。
向かい合う形で座り、テーブルの上に置かれていたお菓子の一つを勧められるがままに戴きながら、夏音はエルに尋ね始めた。
「こっちでの黒猫って、魔術師の遣い魔じゃないの?」
「は? …いえ、そんな事、聞いたこともないわ。それはどこからの情報なの?」
「地球…日本での認識だよ。といっても、そういう話が面白おかしく伝えられたりアレンジしたりされてるだけだから、日本人はそんなに深く考えてはいないけど」
「こっちの世界じゃ、そんな話は伝わっていないわよ?」
「ってことは、黒猫イコール魔女の遣い魔っていう構図はないんだね。…あと、この世界にも猫とか獅子とか虎とか──およそ地球にいるものと同じ容姿をした動物が居るの?」
「あぁ、あれ? あれは空想上の動物よ。あんな単純な容姿をした動物なんて、魔界どころか人間界にだって居ないわ」
「……地球にはわんさか居るけど」
「あら、そうなの?」
「うん」
よくラノベで、異世界にてドラゴンとかが存在する世界観が繰り広げられているけれど、あれと同じ様なものなのだろう。この場合は逆なだけで。
そう納得した夏音は、教えてくれたエルに「ありがとう」とお礼を言うと、席を立った。
「お邪魔しました」
と丁寧にお辞儀をして退室しようとする夏音を、エルが呼び止める。
「もう帰るの?」
「帰るって言っても一分も掛からずに来れる距離だけどね。…いや、エルの時間を邪魔しちゃ悪いかなぁと」
「べつにする事もないんだし、良いわよ」
「! じゃあまだ喋ってても良い?」
「ええ」
「やった!」
喜色を浮かべて再び席に着く夏音に、エルが紅茶のおかわりを勧める。
夏音はそれに若干遠慮しつつも「いただくー」とカップを掲げたのだった。




