第十九話
「御馳走様でした」
「おいしかったです! 特にこの大福!」
──朝食をほぼ同時に食べ終わった双子に、無言で目を向けるエル。
その瞳は、意味が分からないと訴えているような、不安げな色を宿していた。
「…にしても、まさか大福があるなんてね」
「母さんがこっちに伝えたらしいよ。いやー、母さんナイスだわ。
そして、シェフさんたちも、よくぞこの日本が誇る和菓子の一つである大福をここまで忠実に再現してくれました! 感謝感激雨あられですね。うん。
……異世界に来て、いにしえの和の職人方の編み出した、優美な甘味が食せるとは、まっこと嬉しい限りですね、海斗?」
「……夏音、言葉遣いがおかしいよ。やっぱりまだ…?」
「…いやいやダイジョーブですよ?」
動揺のためかやや片言になった夏音に、さらに訝しげな視線を送る海斗。その視線から必死に目を逸らしつつ、あははと愛想笑いで誤魔化そうとする夏音。
「……あっ」
そして、数刻後。
彼から身体ごと目を背けた夏音と、その二人の様子を困惑しつつ傍観していたエルの視線がかち合った。
「エルー!」
途端に嬉しげな笑みを浮かべて彼女の名を呼ぶ夏音に、エルはひとまずお辞儀をすると、
「──この度はどのようなご用件で?」
急に改まった態度でそう問うた。
「え? ご、ご用件…?」
昨日とはあからさまに態度が異なるエルに対して、軽く混乱しはじめる夏音。
「……嗚呼」
夏音と同じ様に不審に思ったのか、一瞬動きを止めた海斗だったが、すぐに合点がいったようで、納得したように一つ頷くと、
「…もう皿は下げてもらって構わないよ。それと、これから僕が良いと言うまでは人を払っておいてくれるかな?」
側に控えていた使用人たちにそう告げた。
──そして、彼らが去った後。
海斗は、未だ混乱している夏音に「身分制度だよ」と告げた。
途端に膨れっ面になる夏音。
「──…何でいちいちそんなの気にするのさ、エルー」
王族に身分制度とか無いでしょうに、と不機嫌げだ。
「そんなの、って貴方ね……。
…敵をこれ以上増やしたくないのよ」
「でも、昨日のお茶会の時はそんなことしてなかったじゃん。…ほら、女の子たちに絡まれた、あの時」
「あれらは魔導師だからよ。
身内にどう思われようが何を言われようが、そんなのいまさらどうってこと無いわ。 ──たしかに、ここに身分制度なんてものはないけれど…。
……人気者に一番親しいと、羨ましがられる反面、疎まれたりもするじゃない」
「人気者? ……あぁ、海斗か! たしかに海斗、前の世界でも人気だったもんね。年上のお姉さんから年下の後輩まで」
「いや、違うと思うよ。…可愛くて気だてがいい夏音だよね、エル?」
「……どっちも、よ」
ブラコン、シスコンをいかんなく発揮する双子の兄妹に頭痛を覚えつつ、エルはそう告げた。
──おそらく、海斗は自分が人気者であると理解しているのだろうけれど。…もちろん、それを受け入れているかどうかは別として。
一方の夏音は、全く自覚がない。本気で、海斗『だけ』が人気者であると思っているのだ。
……容姿について騒がれることは一度や二度では無かっただろうに、どうしてこうも気付かないのだろうか?
「(……天然、とか? しかも無自覚の)」
昨日一日中一緒にいた時の夏音を鑑みるに、他人の感情に疎いとか、他人に興味がないというわけではないだろう。
「(じゃあ、なんで──)」
「エルってばー。……聞いてる?」
夏音の呼びかけで、思案のために無意識に俯いていた顔を再びあげる。
「……えっと…?」
「あぁ、別にまだ何も話していないよ。夏音が君の名前を呼んでいただけだから」
聞いてなかったと少し焦るエルに、海斗が助け船を出してくれた。
「でね、エル! 私、図書館に行きたいんだけれど、案内してくれないかな? …あ、海斗から、エルが今日仕事だってことは聞いてるから、ただ図書館まで案内してくれるだけで良いんだけど……」
「え? えぇ、いいけれど──……でも、あんな人目のないところに独りは危険じゃないの?」
「…僕も、止めたんだけれどね」
「だって、魔族以外あそこには来れないんでしょう? 魔族は諍いとかないみたいだし、べつに襲われるなんてことはないだろうし!」
「……夏音は可愛いから、『襲われる』こともあるかも知れないわよ? 夏音は女の子なんだから、屈強な男に襲われたら、対処できないでしょう?」
「それはエルも同じじゃん。…そういや、海斗もエルとおんなじようなこと言ってたよね。
でもさ、男に襲われるとか、ないと思うんだけれど。…確かに王女ってことで狙われるかも知れないから、油断はできないけれど…。その心配は、魔族にはないんでしょ?」
「魔族はむしろ王女を守ろうとするわよ。……じゃなくて、こう…お、『男』はみんな獣なんだから…っ」
「……『襲う』の意味が違うんだよね、夏音の場合」
赤面しつつも説得を試みるエルと、説得を諦めてそう指摘する海斗。
夏音は2人の言っていることが本気で分からないために、妙な疎外感を感じていた。
「……せめて、使用人くらいつけるべきよ。──女の」
「なんで女性なの? 襲われた時、女の人だと対処できないじゃん。やっぱり、男の方が──」
「何で自分から危険な状況にしてるのよ。女の子…しかも、こんな美貌の少女と一緒なんて、間違いが起こってもおかしくないわよ。……魔族にも、そういう輩は居なくもないから」
「……は?」
怪訝そうに眉をひそめる夏音。さすがに、苛々してきたようで、声がいつもより少し低い。
──よくわからない話を延々と2人から言われて(しかも、朝食前に海斗とも同じ様な件を言われたばかり)、しかも抽象的すぎて、自分は意味が分からないと言うのに2人はちゃっかり分かっているようだし。
海斗に聞いてもはぐらかされるだけだからとエルに問うてみれば、意味不明な返答が返ってくるし──
──回想、朝食前の部屋にて
「──夏音」
「なに、海斗?」
「何かあったら、すぐに僕を呼ぶんだよ? それが条件。守れるなら、図書館に行っても構わないよ。
……本当は僕が一緒に行ければいいんだけどね。生憎、まだ仕事が片付かなくて」
「? 何かあったらって、何?
迷わないようにエルに案内してもらおうかと思ってるんだけど。…エルも仕事があるだろうけど、道案内してもらうだけなら構わないかなって。もちろんその時間は王女特権で、仕事の一つってことにして。
海斗も仕事お疲れさまです! そして頑張ってーっ」
──回想終了
「……暗号だ、2人して何で暗号通じてるのー!」
「え、暗号?」
「夏音は純粋だからね…これは嫌味じゃなく。
まあ、僕がそうやって育つようにはしたんだけれど。…不埒な人たちを夏音に寄せ付けないようにして」
「……(だから夏音はああなのね…)」
「(……マジでか。え、全然気付かなかったんだけど。…いや、思い返してみれば、たしかに……思い当たる節、無きにしも非ずだけれども。──…あえて『どうやって』とは聞かないけれど。怖すぎる)」




