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第十七話



 ───一旦は離れたものの、海斗はまた抱きついてきた。

 どこかいつもとは違った、いわば『おかしい』海斗の行動に、夏音は内心首を傾げた。


「……ストレスでも溜まってんの?」


 自分を抱き締めてくる海斗の耳許で、そう質問してみる。他の誰にも聞こえないように、もちろん小声で。

 いつもなら「おかえり」と笑顔で言うか 、せめても頭をなでるだけなのに、今日は過度にスキンシップをとりたがるから少し不審に思っただけだった。

 予想が外れていればそれで構わないし…と、軽い気持ちで聞いたのだが──


「…そうだね、かなり」


 ぐったりとし、こちらへと寄りかかりつつ、そうこぼす海斗。その分、さっきより重さが増したことから、とても演技には見えない。

 …予想以上に深刻なようだ。


「じゃあ、夜にでも」


 これ以上話すと咎められる危険性があると判断し、手短にそう伝える。

 海斗はその言葉に小さく頷くと、夏音の肩にうずめていた頭を上げた。

 ──その表情は、先程まで弱音を吐いていたとは思えないほどにしっかりとしたものだった。

 魔王様というよりかはどこかの白馬の王子様風の容貌だが、目には強い意志が宿っていて、思わず夏音いもうとですらほうけてしまうくらいの気品と風格があった。



***



「……たしかにあれはモテるだろうなー」


 個人の部屋に戻った夏音は、誰に言うでもなく、無意識にそう呟いていた。

 いつもの、優しい兄である海斗とは違ったけれども、ああいう凛々しい表情も海斗には似合う。

 プライベートとワークの顔を使い分ける……うん、私には到底無理だな。改めて海斗を尊敬するよ。


 ──時折感情も交えながら、先ほどのことを振り返る夏音。


「(ストレスって言ったら、考えられるのは…執務かな?

 私にはよく分からないけれど、大変そうだし。人の上に立つとか、大衆を纏めるとか……考えただけで疲れる。 まぁ、これはその人の性格とか手腕によるものだろうから、結局は向いているかどうかなんだろうなー。 海斗は向いてそうだけれどね、なんだかんだ言っても。だってカリスマ性あるし。中学の生徒会長を務めたこともあるから、経験はそこそこあるだろうし。

 あとは……慣れない環境で、知らず知らずのうちにストレスが溜まっているとか、かな? もしそうだったら、私に出来ることは──)」

 

 ──コンコン…


「っ!?」


 突然部屋に響いた、扉を叩く音。

 深い思考にはまっていた彼女は、驚きつつも悲鳴をあげることをどうにかこらえ、考えることを中断した。


「夏音、入っても良いかな?」


「…あ、海斗。どうぞー」


 自ら扉を開けて招き入れる際に、ちらりと時計を見ると、いつの間にやら10時になっていた。



「(…どんだけ考え事してたんだ…)


 ──…あ、ベットに腰掛ける? それとも、そこにある椅子に座る?」


「僕はどちらでも構わないよ」


「じゃあベットで。そっちの方がくつろげるから」


 たわいもない話をしつつ、ベットに隣り合わせに腰掛けた。

 なんとなく気後れしてしまったのだろうか、どちらも自分から口を開こうとはしない。そうして、意図せず沈黙が訪れた。


「(……えっと、これ、私から話しかけた方が良いの? …でも話しかけるって言ったって、出だしは何て言えば…?

 あ、でも、まだ海斗が話したくないのならそれまでだし。だったら海斗が話してくるまで待つべきか、否か……)」


 そこまで考えて、夏音は海斗を一瞥した。海斗はそれには気付かず、下を向いたまま微動だにしない。


「(相当思い悩んでるのか……)」


 だとしたら…と、夏音は眉根を寄せた。原因不明であることを不審がるのと同時に、海斗の悩みを取り除けるのかと不安になる。

 人生の経験は同じくらいだが、海斗と違って、夏音は人の上に立ったことがないためだった。それ故に、その類いの相談をされても、対応できないかもしれないという不安が頭をよぎる。


「(…まあ、考えても始まらないんだけど……)」


「…夏音、」


「っはい!?」


「……ごめん、驚かせた?」


 そう問いつつ弱々しく微笑みかけてくる海斗に、夏音は速攻で首を横に振った。

 こんなんで気に病まれるのは困るよ。気苦労を増やしたくないしね。



「──それより、どうしたの? 相談、愚痴、何でも受け付けるよ?

 ……聞くだけしか出来ないかもだけれど」


「聞いてくれるだけでも嬉しいよ。それで充分だよ、夏音」


「…そういってもらえると嬉しい……って、あれ? 私の相談じゃなくて、海斗の相談をする時間だよね、今?」


「……。あぁ、そういえばそうだね」


「…つかぬことをお伺いしますが、まさか本来の目的を忘れていた、なんてことは…?」


「……ない、よ?」


「何故に挙動不審」


「気のせいじゃないかな?」


「いや、絶対に気のせいじゃないけれど──…まぁいいや。それより、ストレス溜まってるんでしょ?」


「うん、そうだね。確かに溜まっているよ」


「原因、教えて。…取り除けるようなら取り除くから!」


 頑張りますとも。どんとこいなのですよ!



「──…じゃあさ、夏音。

 今日、一緒に寝ようか?」


「……はい? え?」


 海斗は、暫く逡巡してからそう呟いた。

 夏音は意味不明とばかりに首を傾げ、説明をするように視線で催促した。


「中々、休む時間がなくてね。

 『夏音とこれからのことについて話す』って名目なら、その時間は誰も干渉してこないから、自由なんだよね」


「…中々に婉曲な言い回しをするね。

──つまり、執務上の名目で彼らの目を欺いて、私の部屋に来て寝たい、と。

 どーぞ、遠慮せず」


 私がそう即答すると、海斗はまるで、予想外、とでも言うように目を見開いた。

 ……お前から言ってきたんでしょうが。


「何、意外だとでも?」


「まさか許可してくれるなんて思わなかったから、驚いたよ」


「さすがに、そんなに非情じゃないんだけど?」


「いや、そういう意味じゃなくて……それはそうと、ありがとう。夏音」



「いえいえー。 …じゃあ早速お休みー。

 あ、私は今から、エルに借りた魔導書を読むけれど、気にせず寝て良いよ。どうせベッド広いんだから、くつろいでもらって構わないし」


 ……いつ魔導書なんか借りたのかって? それはね、さっき、夕食をいただきた後にエルの部屋に行って借りてきたんだよ。

 エルの部屋の場所? そんなもの、お城で働ている方々に聞いたに決まってるでしょ。 え、プライバシー? 大丈夫、エルも私の部屋どうせ知ってるし。おあいこってやつだよね、うん。

 因みにエルはね、王宮魔術師でも位が結構上らしくて、王宮内に個人の部屋があるんだよー。すごくない? なんでも、有事にすぐに駆けつけられるようにだって。さすがエリート、優遇されてるねー。


「おやすみ、夏音」


「うん。海斗、また明日」



 ──そうして。暫くして聞こえてくる、微かな呼吸音。寝顔は日本に住んでいた頃とあまり変化は見られない。

 それに安堵しつつ、夏音はぱたんと読んでいた本を閉じると、静かに電気を消した。

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