041 次なる活動へ
食後、リーベはエルガーに連れられて両親の寝室にやって来た。
夫婦の匂いで満たされたその部屋は、入って左奥にダブルサイズのベッドがあり、その反対には小さな本棚があった。それはシェーンの愛読している料理本や小説が多数を占める一方で、隅っこの方には年季の入った革張りの図鑑が2冊、収まっている。エルガーはそれをまとめて取り出した。
「重いぞ?」
「うん――おもっ⁉」
リーベはガクッとなるが、どうにか踏ん張る。
「はは! 重いって言っただろ?」
エルガーの笑い声を耳にしながら、リーベはカニみたいな横歩きで自室へと向った。
両親が開店準備をしている中、冒険者であるリーベは父に借りた資料で勉強することにした。
(まずは図鑑でラソラナについて復習しよう)
彼女は2冊ある図鑑の内、ひとまず上巻を開いた。
色褪せた紙面には発行元である冒険者ギルドのギルドマスターによる訓辞と激励の言葉が記されていたが、長いから飛ばした。
ページを捲った先には目次があるかに思われたが、違った。変わりに謎の表が目に飛び込んでくる。
「ええと、『危険度とその定義』?」
その表にはこう記されていた。
特級……迅速なる討伐を絶対的に要する
一級……人間に害を加える事に積極的で、高い戦闘能力を有する
二級……人間に害を加える事に積極的で、周囲に著しい害を及ぼす
三級……人間に害を加える事に積極的
四級……人間に害を加える事に消極的で、高い戦闘能力を有する
五級……人間に害を加える事に消極的で、生活に害を及ぼす
六級……人間に害を加える事に消極的で、周辺環境に害を及ぼす
「ふーん……」
(なんか難しいことがいろいろ書いてある)
今回挑んだラソラナは果たして何級だろうかと考えたリーベは、あの純粋な獰猛さは第三級に該当するのではないかと予想を立てた。
答え合わせをしようと目次を探すと、次のページがそれだった。
「ラソラナ……ラソラナ…………あった」
上巻の中頃に記述があるようで、該当するページを開いてみると、一昨日対峙したあの化けガエルの姿が目に飛び込んできた。
「⁉」
写実的なそのタッチに、舌で捕らえられた時の恐怖が蘇り、反射的に図鑑を閉じてしまう。
「すう……はあ…………」
呼吸を整えてから再度ページを開くと、なるべく挿絵を見ないようにしながら、周囲の文字を追っていく。その中で『ラソラナ……第三級危険種』という記述を発見した。
「やっぱり、三級なんだ」
予想が的中したことに喜びつつ、解説を読み上げていく。
「なになに……『北方の寒冷地帯を除く国内全域に生息するカエル。肉食であり、自分より小さな動物であればなんであろうとも捕食する。特筆すべきはその投げ縄のような舌であり、これで獲物を捕らえ、口内まで引きずり込む。これは千切れても数日で再生することが確認されている。丸呑みにした獲物を殺すため、強力な消化液を分泌する。これは鉄をも溶かすほど強力なものであり、剣士諸君はラソラナの胃袋を裂き、愛剣を溶かされないように気を付けるべし。』へえ……」
(あのベロって再生するんだ……トカゲの尻尾みたい)
そんなことを考えていると、階下からドヤドヤと喋り声が聞こえて来た。
「ん?」
まだお店を開くような時間じゃないはず。そう思いつつホールに下りると、そこには両親の他にヴァールたちがいた。
「お、来たか。お前のことだからまだ寝てるんだと思ったぜ」
開口一番、ヴァールは意地悪を言う。
しかしリーベはその偏向的な想像の遙か上を行く高尚な行いをしていたのだ。自然と心が大らかになり、いつもと違って寛大に扱うことが出来た。
「ふふん。おじさんと違ってわたしは成長してるんだから」
『成長』という単語にフロイデが鋭く反応し、赤いスカーフを翻して彼女の隣にやって来ると、鼻息荒くフェアに尋ねる。
「どっちが高い……!」
皆が見守る中、フェアは中腰になり、2人を見比べる。
「ふむ……若干ですが、フロイデの方が高いですね」
その言葉にフロイデは得意げに鼻を鳴らし、口角を吊り上げる。
「僕の方が成長してる……!」
「はは……おめでとうございます」
「むふーっ!」
何とも言えない空気が流れる中、ヴァールが「それよか」とリーベに向けて発する。
「これからギルドに行くから準備してこい」
(そうだ。これからラソラナ退治の報告に行かなければならないんだった)
「わかった。ちょっと待ってて」
彼女は二階に駆け上がると、ポシェットに冒険者カードや財布を詰めてホールに戻ってくる。
「お待たせ」
それを受けヴァールは彼女の両親に向けて言う。
「そんじゃ、リーベを借りてくぞ」
「おう。転ばねえように面倒見てやってくれ」
「お父さん!」
(まったく、子供扱いして!)
彼女がぷんすかしているとシェーンが笑って言う。
「昨日の疲れが溜まってるでしょうし、無理はしないのよ?」
「うん、わかった――それじゃ、行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
大好きな両親に見送られ、リーベは今日も冒険者活動に繰り出すのだった。




