038 別れの時
アリサの指導に従い、リーベは親指と人差し指で輪っかを作って乳頭を摘まむ。残る指を根元か先端に掛けて順に握り込んでいくと、ぴゅーっと、勢いよく生乳が噴き出す。
「わ! 出た出た!」
「おお……!」
隣で一緒に乳搾り体験をしていたフロイデが感嘆の声をあげる。牛乳好きな彼としては、まさに夢のような光景であった。
「ふふ、こんなもんじゃないわよ。この子たちはまだまだ出るんだから」
そう言うとアリサは乳頭を二本掴んで効率よく搾乳した。ミルク缶にはじょぼぼぼと生乳が溜まっていき、大容量かに思われたそれを、たった一頭で半分まで満たしてしまった。
「へえ、こんなに出るんだ」
「これ、飲める?」
フロイデが期待を満面に浮かべて問いかけるも、アリサは顔を橫に振った。
「ううん。一度加熱しないと飲めないわよ?」
その答えに彼は肩を落とした。
「搾りたて……」
「ふふ、でも安全に飲めることが何より大事だからね。これも仕方ないことよ?」
「うん……」
彼が納得を見せたところで、彼女は腰に手を当てた。
「乳搾り体験はこんな感じで良かったかしら?」
「はい、お忙しい中、どうもありがとうございました」
「ありがと」
「若い子が興味もってくれて私も嬉しいわ。それじゃ、手を洗っていらっしゃい」
「はーい!」
乳搾りを終え、手を清めたリーベたちはパウロ宅に戻った。
入ってすぐの食堂ではヴァールとフェアが食卓に着いており、今後のことを語らっていた。弟子たちが入ってくるのに気付くと、対象的な2つの顔を彼女らへ向ける。
「終わったみたいだな」
「その様子だと良い体験ができたようですね」
2人の言葉にリーベは力強く頷いた。
「うん! 知ってた? 牛乳って一頭からたくさん出るんだよ?」
「大量……!」
体験で得た知識を披露していると、厨房の方から家主であり村長でもあるパウロが、食事を手にやって来た。彼はリーベらの話を耳にしており、微笑ましげに笑みを浮かべている。
「はは! 楽しんで頂けたようで何よりだよ。さ、朝食をどうぞ」
朝食はオーソドックスに丸パンとベーコンエッグ、サラダ。そしてライル村自慢の牛乳だった。
「わ、美味しそう」
「牛乳……!」
そうして4人分が配膳されると朝食となった。
パウロはアリサが戻って来てから朝食を摂るようで、リーベは多少気が引けたものの先に食事を頂く事にした。
フロイデは真っ先に牛乳を飲み干し、白髭を作る。
「朝はこれに限る……!」
彼が水差しから牛乳を補充するのを眺めながら問い掛ける。
「フロイデさんは毎朝牛乳飲むんですか?」
「うん。風邪もひかないし、背も伸びる……!」
(背も伸びる……?)
そんな感想はともあれ、彼は牛乳への絶大な信頼を示した。
「わたしも飲むようにしようかな?」
「その方が良い……!」
「ふふ、早速明日から実践してみますね?」
「約束……!」
「はい!」
そんなことを話し合っていると、フェアがパンを千切りながら口を挟む。
「お話も良いですが、食事を終えなければ出発できませんよ?」
「そうだ。さっさと村を出ねえと、テルドルを閉め出されちまうからな」
ヴァールの言葉に気付かされたリーベは、これから待ち受ける過酷な試練にげんなりさせられた。だがその分、目の前の食事に価値を見出し、一層丹念に咀嚼するようになった。
食事を終えるとすぐに出立することとなり、冒険者たちは村長夫妻に見送られることになった。
「ヴァールさんたちはしばらくテルドルにいるんですよね?」
「ああ。と言ってもあと一月くらいだがな」
その言葉にリーベは動揺したが、会話は流れていく。
「もしかしたらまたお世話になることもあると思いますが、その時はお願いしますね?」
「ああ。……まあ、そうならねえのが一番なんだがな」
「はは、確かに!」
2人が笑みを交わす中、アリサが弟子2人を見る。
「リーベちゃんもフロイデくんも。その時はまた村を護ってね?」
「うん、護る……!」
「わたしも、頑張ります!」
その時フェアがリーダーであるヴァールに耳打ちする。
「ヴァール、そろそろ」
「お、そうだな。そんじゃ、元気にな」
彼に続いて口々に別れを告げると、夫妻に「道中、お気を付けて」と笑顔で見送られた。




