033 森の覇者
「グルルオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッ!」
カンプフベアが天を仰ぎ雄叫びを放つ。その声量はすさまじく、木々の枝葉を激しく震わせた。その大音量にリーベは耳を塞ぎながらも、前方から目を背けることはなかった。彼女の視界の中ではフェアが先手を放っていた。
「アイスフィスト!」
フェアの放った魔弾はリーベのそれよりも早く正確で、ヒュンと空気を裂いてカンプフベアの左目を潰した。
「グオオオオッッ!」
カンプフベアは闘争本能が強い。目を潰された筆舌に尽くしがたい痛みの中でも、戦意を描くことなく憎き魔法使いに襲いかかる。
「フェアさん!」
リーベが叫ぶ中、彼はロッド(金属製で槍などの機能を兼ねる魔法杖)で地面を一突きする。
「ガイア」
すると地面から土の柱が両者の間にせり上がる。しかしそれはカンプフベアの打撃によっていともたやすく粉砕されてしまった。しかしフェアはその隙に向きをカンプフベアの右側面に回り込み、注意を引く。
そうしてヴァールに背中を晒させたところで彼が斬り掛かる。
「ドオオオオオオッッッッ!」
ヴァールが裂帛の叫びと共に身の丈ほどもある大剣を振り下ろす。するとリーベの腹囲の倍もあるカンプフベアの極太い腕を一刀のもとに切り落とした。
リーベは知っていた。
ヴァール大剣は鞘に収まらない都合で刃を落としてある。にも拘わらず肉を裂き骨を断つその圧倒的な膂力に、そして技巧に感嘆の声を上げずにいられなかった。
「すごい!」
直後、カンプフベアは残された左腕で裏拳を放つ。それはすさまじい拳圧を誇っており、それだけで細い樹木をへし折った。だがヴァールは既に射程を出ており、全くの無害だった。
重心を崩したカンプフベアはもつれるように倒れ込んだ。
そうして仰臥すると、フェアがもう一度ガイアを放つ。
現れた2本の土柱がカンプフベアを拘束し、離さない。
「グオオオオ!」
カンプフベアが振りほどこうとする中、ヴァールはカンプフベアの首を切り落とした。
するとカンプフベアの大きな顔がゴトリと地面を転がる。
リーベはその圧倒的勝利を前にして尊崇を抱かないではいられなかった。
「これが、特級冒険者……」
フェアは一級。そしてヴァールは最高位の特級冒険者だ。
その肩書きに相応しい大勝利にリーベは無意識に手を打ち鳴らした。
「すごい! 2人ともすごいよ! カンプフベアをこんな簡単に倒しちゃうなんて!」
リーベが燥ぐ中、フロイデが隣で尊崇の眼差しをヴァールに向けていた。
同じ剣士として、いつかは自分も同じ領域に立つのだと誓っているのだ。
「ふう……まあ、こんなところだな」
ヴァールが拳を差し出すとフェアが拳をコツンぶつける。
そうして互いを讃え合う2人の姿を見て、リーベはフェアの教えを思い出し、手を高く掲げた。
「リーベちゃん?」
「ハイタッチです。初勝利の記念に」
「グーじゃない、の?」
「その方がわたしたちらしいじゃないですか。それよりほら」
「う、うん」
フロイデは照れながらもリーベとハイタッチを交わした。
(フェアさん。魔法使いは剣士と絆を育むことが大事って言ってたもんね)
そう思ってフェアの方を見やると、彼は満足げに笑んでいた。
そんな和やかな空気の中、ヴァールが指示を出す。
「さ、アレが来る前に飯にしようぜ」
「そうですね。ラソラナとカンプフベアの死骸を狙って他の魔物が出るかもしれませんから、後退で警戒しながら昼食を摂りましょう」
経験の浅いリーベは警戒の任務を免じられた。
そうしてモサモサとまずい食事を取っていると、やがて大きな影が街道の上に現れる。
「魔物⁉」
「違う。アレは――」
あの影の正体が自分の待ち望んでいるものだと知ると、リーベはフロイデの言葉が聞こえなくなった。




