015 ダルの怒り
意気軒昂と飛び出して来たはいいが、リーベはヴァールたちについて歩いていく内、緊張が募っていった。それを見かねて、隣を歩いていたフロイデが尋ねる。
「緊張、してる?」
「はい……わかっちゃいます?」
「手と足、一緒に動いてる」
言われて初めて気付いた。
慌てて直していると、耳聡く聞きつけたヴァールが低音を響かせて笑う。
「だはは! こりゃ、道化師に弟子入りした方がいいんじゃねえか?」
「道化じゃないよ! ……もお、おじさんったら」
リーベが溜め息をつくと、正面を歩いていたフェアが涼やかに笑う。
「ふふ、初めは誰でもそうなるものですよ。むしろ、緊張できるということは、冒険者という職業を正しく認識できているということですから、良い兆候です」
「そう、ですか?」
小首を傾げているとヴァールが同意する。
「その通りだ。ピクニックに行くくらいのノリでいられるよりかは、その方が良いに決まってる」
「そう、なんだ。……なんだか、ちょっと自信が湧いてきたかも」
「たく、チョロいヤツだな」
ヴァールが穏やかに笑んだとき、スーザンの武器屋の前に差し掛かった。
以前は休業を告げる張り紙があったが、今はそれがない。その代わりに『営業中』の札が掛かっている。
(ダルさんは大丈夫かな? 無理をしてないといいんだけど……)
心配していると、フェアが言う。
「私とリーベさんは魔法杖を買いに行きますので、ヴァールたちはお先にどうぞ」
「おう。いくぞ、フロイデ」
彼は物思いにでも耽るかのように俯いていた。
「フロイデ?」
「あ………うん。いこ」
2人が東門へ向うのを見送ると、彼はリーベの方に振り返る。
「それでは、参りましょうか」
「はい――あ、でもお金……」
「お金ならありますので」
「でも……」
リーベは自分が使うものの代金を払って貰うのは気が引けた。
そんな心情を察して彼は微笑んだ。
「お金はクラン共有の財産ですから、そこからリーベさんの装備代を出すのは当然のことですよ?」
優しい言葉に申し訳なさは解け、やる気へと変わっていった。
「……ありがとうございます。わたし、お代を還元できるくらい、頑張ります!」
「ふふっ。そのためには良い杖を選ばないといけませんね」
「はい!」
2人は笑みを交わし、店舗へと向う。
リーベは店舗に近づくごとに相棒となる武器との出会いに胸がときめき、到達する頃にはすっかり上機嫌になっていた。この感覚は服を買いに行くときと似ているが、若干違う。彼女は『武器を買う』という未知の行いに対し、昂揚しているのだ。
「こんにちは」
ドアを開けると、そこにはダルがいた。
案の定、顔色が悪く、うつろな瞳が呆然と天井を見上げていて、まるで病んでしまったかのようだ。来客に気が付くと緩慢な動作で、覇気のない瞳を向けてくる。
「リーベか。また来やがって……なんの用だ?」
「杖を買いに来たんです」
「ワンドならそこだ」
彼は無愛想に顎をしゃくるが、生憎と目的の品はそれではない。
「違いますよ。今日はスタッフを買いに来たんです」
「なに⁉」
スタッフというのは日用品の類いであるワンドと違い、戦闘や儀式に用いる歴とした武器である。だから食堂の娘であるリーベがスタッフを求めていることにダルが驚愕したのは無理からぬことだった。
「お前、まさか冒険者になるんか!」
「はい。今日はそのためにスタッフを――」
「自分の娘を冒険者にするなんて! エルガーめ! 自惚れやがったか!」
ダルは赫怒した。魔物によって妻の命を奪われた一方、同様に魔物に襲われながら生きながらえたリーベが冒険者になるという事実を拒絶するのはとても人間的な感情だった。
リーベは彼を哀れに思ったが、だがそれでも自らの意思で選んだことを曲げるつもりは無かった。
彼女はダルには申し訳なく思いながら事情を告げる。
「違います! わたしの方からなりたいって言ったんです!」
「……お前が?」
落ちくぼんだ目が彼女を睨む。元来強面のダルだ。その形相たるや、まるで鬼のようだ。
リーベは慄き、顔を背けたくて仕方なかったものの踏ん張った。
ダルを怖がってるようでは、魔物に立ち向かえないからだ。
そうして睨み合った末、ダルは憤然と鼻息をつく。
「理由はどうだっていい」
彼は椅子を蹴って立ち上がる。
「……だけどな、お前はスーザンと違って、魔物に襲われて助かったんだ。そのくせ死んだら、タダじゃおかねえぞ」
それは激励なのか、単なる当てつけなのか。リーベには判然としなかったものの、発破を掛けられる思いだった。
「……死にません、絶対に……!」
変わらぬ形相で彼女を睨むダルであったが、納得をしたのか、はたまた呆れたのか、喉を鳴らしながら勢いよく腰を下ろす。それから鍛冶ギルドの機関誌に視線を落としながら、吐き捨てるように言う。
「愚かな娘だ。だったらせめて、マシなもんを持っていくことだな」
「それって……」
フェアの方を見ると、彼はにっこりと言う。
「杖を売ってくれると言う事でしょう」
「やった!」
「ふふ、では早速、リーベさんに相応しい杖を探しましょうか」
「はい!」
魔法杖のコーナーへ向う途中、リーベはダルに睨まれているのに気付いた。彼女と目が合うと、彼は視線を遮るために機関誌を持ち上げた。
リーベとフェアと別れたフロイデはヴァールと共に東門の外にやって来た。
空は雲一つ無い晴天で、そよ風が吹いている。剣術の鍛練をするにはちょうど良い天気だ。
「素振りからで良い、よね?」
尋ねると、ヴァールは大きな喉仏を動かして「ああ」と言った。脇に抱えていた2本の木剣を足下に置き、クマのように極太い腕を組む。小さな瞳にはいつもの快活さから一転、厳格な眼差しを放っていた。
日頃のフレンドリーさからは想像も付かないが、ヴァールは彼の師匠だ。これからの数時間、彼は威厳を以て弟子に接していくのだ。
フロイデは多少の緊張を覚えつつもヴァールから十分距離をとって剣を抜く。その状態で90度橫を向くと長剣の柄に手を被せる。確かめるように小指から順に柄を握り込み、ゆっくりと息を吐き出す。するとフロイデの頭は鎮まり、剣士としての彼が浮き上がる。
「…………」
今は戦闘中ではないため、最初の一回はゆっくりと時間を掛けて構える。
左足の親指から小指のラインを目標に対して垂直に据え、右足のつま先を右肩のほぼ真下に置く。左手で柄頭を握り込むと、剣を体の向きと並行に構え、切っ先を立てる――垂直ではなく、肩に担ぐつもりでやや後方に倒すのがコツだ。
「すう……」
丹田に意識を集中し、そこから力が全身を巡っていくのを確かめていると、ふと雑念が過る。
「…………くっ」
素振りを中断するも、叱責を受けることはなかった。
ヴァールはむしろ淡然と、聡明であるかのように彼の心を言い当てて見せた。
「リーベのことか?」
「……わかる、の?」
「弟子の考えくらい分からねえとな」
分厚い唇を微かに吊り上げ、鼻で小さく笑う。
「そんで?」
「……ヴァールはいい、の? リーベちゃん、冒険者にして」
「良いも悪いも、アイツが決めたことだ。俺がやるべきはそれに答えることだけさ」
彼らしい男気に溢れた回答だったが、フロイデにはどこか嬉しそうにも感じられた。
その直感は間違いでは無い。ヴァールはリーベを、彼女の両親に負けないほどに愛していた。今までは年に数回しか会うことが出来なかったが、これからはずっといっしょにいられるのだから。喜ばないではいられない。
フロイデは師匠の考えに想像が及ばないまでも、その鷹揚とした考えは些か無責任であるように思えてしまった。
「…………」
批難してやりたい気持ちを抑えて、疑問を述べる。
「……わからない。リーベちゃんには家族がいるのに……どうして離れたがるの?」
「それは自立ってもんだ」
「自立……」
「自分で選んだ道が親のそれと違うなんてのは良くあるもんだ。そうなりゃ、自然と家族からは離れていくものだろ? お前もそうだったんじゃないのか?」
「…………」
(ぼくは……違う……)
今の議論においてフロイデの事情など、どうでも良い。
彼はリーベの家庭を思い出す。
愉快な父親に、優しくて美人な母親。それに店も繁盛していて裕福であることは想像に容易い。そんな絵に描いたような幸せを手放してまで、どうして冒険者になるのだろうか。
「…………」
熟考の末、考えたところで意味がないという結論に落ち着いた。
(それよりも、今は剣を頑張らないとアレに勝てない!)
フロイデはそう胸に言い聞かせると、訓練に望んだ。




