八回目って、何の話しだよ
第24章 八回目って、何の話だよ
「――八回目」
その言葉が聞こえた瞬間、俺の意識は完全に観客席へ向いていた。
銀色の髪。
学院の制服でも、教師のローブでもない。
ただそこに座っているだけなのに、周囲の生徒たちは誰一人として彼女を気にしていない。
見えていないのか?
いや。
違う。
見えているのに、認識していない。
そんな不自然さがあった。
そして俺の視界には、はっきりと表示されている。
《第七世界》
《現在周回数:8》
八回目。
それが何を意味しているのか。
考えるまでもなく、嫌な答えが頭に浮かんだ。
正規個体が言っていた。
――世界を七度、作り直した女を探せ。
七度作り直した。
なら。
今の世界が八回目だとしたら――
「おい」
目の前から声がした。
まずい。
そう思った時には、もう遅かった。
ブンッ!
空気を裂いて木剣が迫る。
俺は反射的に身体をひねった。
鼻先をかすめる。
そのまま後方へ跳んだ瞬間、さっきまで俺が立っていた地面にグレンの木剣が叩き込まれた。
鈍い音とともに訓練場の土が弾け飛ぶ。
木剣だよな、それ。
「よそ見とは余裕だな、特別編入生」
グレン・バルハルト。
レベル四十三。
こっちは仮にも学院に入って初日の学生なんだが。
教師って、新入生にこんな攻撃していいのか?
「ちょっと考え事を」
「戦闘中にか?」
「……すみません」
「なら続けるぞ」
待て。
普通そこは少しくらい待ってくれないか?
だがグレンは待たなかった。
一歩。
たったそれだけで間合いが消える。
速い。
ステータスだけじゃない。
踏み込み、重心移動、剣の軌道。
全部が洗練されている。
ゲームだった頃のNPCみたいな決まった動きじゃない。
本物の剣士だ。
振り下ろされた木剣を受け流し、その勢いを利用して懐へ入る。
狙うのは脇腹。
俺の木剣が走る。
だが。
カンッ!
軽い音がした。
グレンの剣が、いつの間にか俺の剣を止めていた。
「ほう」
その口元が少しだけ上がる。
「今のは悪くない」
「そりゃどうも」
直後。
腹に衝撃。
「ぐっ……!」
蹴られた。
まともに食らった。
身体が数メートル後ろへ滑る。
痛い。
木剣の試験じゃなかったのかよ。
「レオン!」
リリアの声。
同時に、横から蒼い炎が走った。
グレンが木剣を振る。
それだけで炎が二つに割れた。
「嘘でしょ……」
リリアが目を見開く。
いや。
俺も同じ気持ちだ。
魔法を木剣で斬るな。
「火力は十分。だが直線的すぎる」
「だったら――!」
リリアが右手を掲げる。
今度は一発じゃない。
三つ。
蒼炎が別々の軌道からグレンへ飛ぶ。
その瞬間。
「お兄ちゃん、左!」
エリシアの声が響いた。
理由を考える前に動いた。
左へ走る。
グレンはリリアの魔法をかわしながら、一瞬だけ俺から視線を外す。
そこへ飛び込む。
木剣を横薙ぎに振る。
グレンが受ける。
予想通り。
なら。
「リリア!」
「分かってる!」
俺の背後から蒼炎。
グレンがわずかに眉を上げた。
俺ごと焼く軌道。
普通なら撃てない。
だがリリアなら。
直前で炎の軌道が曲がった。
俺の肩を避け、グレンの足元へ突き刺さる。
爆発。
土煙が広がった。
「やった!?」
リリア。
それ言うと、大体やってない。
案の定、土煙の中から木剣が飛び出した。
「うわっ!」
しゃがむ。
頭上を剣が通過する。
同時に足払い。
跳ぶ。
そこで俺は気づいた。
グレンの身体が完全に俺へ向いている。
背後が空いた。
「エリシア!」
「う、うん!」
エリシアが両手を前へ出す。
淡い光が集まった。
攻撃魔法――ではない。
細い光の帯。
それがグレンの足首へ絡みついた。
「……拘束魔法?」
俺は思わず呟いた。
エリシア本人も驚いていた。
「え?」
お前も分かってなかったのかよ。
グレンの動きが止まる。
ほんの一瞬。
でも十分だ。
踏み込む。
俺の木剣がグレンの胸元へ伸びる。
届く。
そう思った。
だが――
「甘い」
光の拘束が引きちぎられた。
グレンの木剣が跳ね上がる。
まともに受ければ終わる。
俺の身体が反応する。
視界の端に文字が浮かんだ。
《境界簒奪きょうかいさんだつ》
使うな。
こんな場所で見せる能力じゃない。
俺は強引に発動を止め、身体だけをひねった。
グレンの木剣が肩をかすめる。
痛みが走った。
それでも止まらない。
剣を捨てる。
「なに?」
グレンの視線が落ちた。
その一瞬。
俺は地面を蹴り、落下中の木剣を左手で掴み直した。
逆手。
そのまま振り抜く。
パシッ。
軽い音。
俺の木剣の先端が。
グレンの制服の袖に触れていた。
沈黙。
数秒。
グレンが自分の腕を見る。
俺も見る。
リリアも。
エリシアも。
「……当たった?」
エリシアが小さく言った。
グレンはしばらく黙っていたが、やがて木剣を下ろした。
「そこまで」
終わり?
俺が息を吐いた瞬間、膝から力が抜けそうになった。
強すぎるだろ。
この学院の教師。
「レオン・アルヴェイン」
「はい」
「妙な戦い方をするな」
「褒めてます?」
「褒めてはいない」
ですよね。
「だが、面白い」
グレンはリリアを見る。
「リリア・フレイムハート。魔力操作は優秀だ。威力に頼りすぎる癖を直せ」
「……はい」
次にエリシア。
「エリシア・アルヴェイン」
「は、はい!」
「その拘束魔法。誰に教わった?」
エリシアが固まる。
そして困ったように俺を見る。
いや。
俺に聞かれても知らない。
「誰にも……」
「初めて使ったのか?」
「たぶん……」
グレンの表情が変わった。
ほんの一瞬だった。
けれど俺には分かった。
驚いている。
やっぱりエリシアの魔力には何かある。
そこで。
視界に表示が浮かんだ。
《特殊魔力反応を検出》
《対象:エリシア・アルヴェイン》
《照合中――》
やめろ。
嫌な予感しかしない。
《照合失敗》
《対象データは現在の世界に存在しません》
……またか。
エリシアは、この世界の人間なのに。
世界のデータには存在しない。
俺と同じように。
いや。
もしかすると。
俺以上に――
「前より早いね」
声。
俺は勢いよく観客席を見た。
銀髪の女。
まだいる。
こっちを見ている。
間違いない。
今の言葉は俺に向けたものだ。
前より?
「お前……!」
叫んだ瞬間。
女が立ち上がった。
そして笑った。
「でも」
その唇が動く。
「今回は、あの子もいる」
視線が動いた。
俺ではない。
エリシア。
ぞくり、と背筋が冷えた。
「待て!」
俺は観客席へ走ろうとした。
だが。
一度だけ瞬きをした、その瞬間。
消えた。
誰もいない。
最初からそこには誰も座っていなかったみたいに。
《観測対象を消失しました》
《追跡不能》
《上位権限による遮断を確認》
上位権限。
またそれか。
そして、最後に。
新しい表示が現れた。
《周回情報の一部が解放されました》
《第一世界――終了》
《第二世界――終了》
《第三世界――終了》
《第四世界――終了》
《第五世界――終了》
《第六世界――終了》
《第七世界――》
文字が乱れる。
ノイズ。
そして。
《第八周回:進行中》
俺は何も言えなかった。
第七世界なのに。
八周目。
世界と周回は、同じ意味じゃない。
つまり。
俺がまだ知らない何かがある。
「レオン?」
エリシアが俺の袖を掴んだ。
振り返る。
不安そうな顔。
銀髪の女が言った言葉が頭から離れない。
――今回は、あの子もいる。
今回は。
その言い方なら。
少なくとも過去のどこかでは、エリシアはいなかった。
ゲームにも存在しなかった。
そして銀髪の女は、それを知っている。
俺はもう一度、空になった観客席を見る。
学院に来れば、少しは世界の謎から離れられると思っていた。
どうやら逆だったらしい。
ここには。
答えがある。
そして多分。
答えを知っている奴もいる。
《特殊クエストが発生しました》
《八周目の観測者》
《銀髪の女の正体を突き止めろ》
《報酬:????》
《失敗条件:????》
……せめて失敗条件くらい教えてくれ。
俺は小さくため息をついた。
こうして。
俺の学院生活初日は。
授業を一つ受けるより先に。
世界を七度作り直したかもしれない女を追いかけることになった。




