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『序盤で死ぬ最弱悪役に転生したけど、このゲームを一万時間やり込んだ俺には関係ない』  作者: くんくん


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俺、半年後に死ぬじゃん

第1章 俺、半年後に死ぬじゃん


「――レオン様。どうか、お考え直しください」


誰だ。


うるさい。


あと五分。


いや、十分。


昨日も遅くまでゲームしてたんだから寝かせてくれ。


「レオン様」


「ん……」


重いまぶたを開く。


最初に目に入ったのは、見知らぬ天井だった。


「…………」


いや。


違う。


知っている。


黒檀で作られた巨大な天蓋。


そこから垂れる深紅のカーテン。


壁際には、金色の縁取りがされた巨大な鏡。


暖炉の上には黒竜の頭部を模した、悪趣味極まりない剥製。


見たことがある。


それも、一度や二度じゃない。


「レオン様?」


視線を横へ動かす。


白髪を綺麗に後ろへ撫でつけた老人が、心配そうにこちらを見ていた。


黒い燕尾服。


年齢は六十代後半くらい。


細身。


だが背筋は真っ直ぐ。


そして右目の上に走った、古い傷。


「……アルバート?」


老人が目を見開いた。


「はい。私でございます」


心臓が跳ねた。


待て。


待て待て待て。


なんで。


どうして。


アルバート・グレイ。


アルヴェイン公爵家筆頭執事。


MMORPG《ECLIPSE ONLINE》に登場するNPCだ。


主人の死後もアルヴェイン邸を守り続ける忠義の老執事。


ゲーム内では地味なNPCなのに、妙に人気が高かった。


プレイヤーからのあだ名は《じいちゃん》。


俺も好きだった。


だが。


そんなアルバートが仕えている人物は――。


「鏡」


「はい?」


「鏡を持ってきてくれ」


「……レオン様?」


「いいから!」


「か、かしこまりました」


アルバートがすぐに部屋の隅へ向かう。


戻ってきた彼から銀色の手鏡をひったくるように受け取った。


そして。


覗き込む。


「…………」


黒髪。


金色の瞳。


二十歳くらいの青年。


白い肌。


少し吊り上がった目。


無駄に整った顔。


左目の下に小さな泣きぼくろ。


知っている。


知りすぎている。


「……レオン・アルヴェイン」


「はい。レオン様でございます」


やめろ。


肯定するな。


何かの間違いであってくれ。


俺はもう一度鏡を見る。


でも。


何度見ても同じ顔だった。


レオン・アルヴェイン。


《ECLIPSE ONLINE》序盤に登場する悪役貴族。


名門アルヴェイン公爵家の次男。


金持ち。


顔もいい。


家柄もいい。


それだけ聞けば勝ち組だ。


しかし中身は最悪。


傲慢。


横暴。


女好き。


貴族という立場を笠に着て好き放題。


さらに。


致命的に弱い。


ゲーム開始直後。


メインヒロインの一人であるセレナ・フォン・ラティスに執着。


彼女を庇った主人公カイル・レグナスへ決闘を申し込む。


ボコボコにされる。


逆恨み。


裏社会の人間を使って報復。


失敗。


そして最後には、自分が利用していた盗賊団に裏切られ――。


死亡。


「…………」


俺は手鏡をゆっくり下ろした。


「半年後……」


「はい?」


「俺、半年後に死ぬじゃん」


「レオン様!?」


アルバートの声が裏返った。


そりゃそうだ。


突然主人が死の宣告を始めたら驚く。


でも。


こっちはそれどころじゃない。


半年。


たった半年。


この世界が本当に《ECLIPSE ONLINE》と同じなら。


俺の寿命はあと半年しかない。


「いやいやいやいや……」


ベッドから立ち上がろうとして。


足元がふらついた。


「うおっ」


「レオン様!」


アルバートに腕を掴まれる。


なんだこの身体。


弱い。


力が入らない。


徹夜明けとかそういう次元じゃない。


身体そのものが、ひ弱だ。


そこで。


ふと頭に浮かんだ。


ステータス。


試しに念じる。


《ステータス》


次の瞬間。


目の前に半透明の青い板が現れた。


――――――――――


NAME

レオン・アルヴェイン


AGE

20


LEVEL

7


CLASS

ノービス


HP

76 / 76


MP

21 / 21


STR 6

VIT 7

AGI 5

INT 4

DEX 6

LUK 2


未使用ステータスポイント:21


――――――――――


「……マジか」


出た。


完全にゲームだ。


いや。


この身体の感覚。


部屋の匂い。


アルバートの体温。


全部リアルだ。


つまり。


ゲームと同じシステムを持った世界。


そう考える方が正しい。


そして。


俺はステータス画面の一番下を見る。


そこには。


――――――――――


固有特性


《未覚醒》


成長限界:UNKNOWN


――――――――――


「……ある」


思わず笑った。


あった。


これだ。


レオン・アルヴェイン最大の謎。


《成長限界:UNKNOWN》。


《ECLIPSE ONLINE》のNPCには、それぞれ成長限界が設定されていた。


一般人ならD。


兵士ならC。


騎士でB。


一流冒険者ならA。


英雄級ならS。


メインキャラクターにはSSや、極めて稀にSSSも存在した。


なのに。


レオンだけはUNKNOWN。


サービス開始直後から話題になっていた。


序盤で死ぬ雑魚悪役。


なのに成長限界だけ不明。


絶対何かある。


そう考えた廃人プレイヤーたちが、何年も調査した。


俺も、その一人だ。


結果。


完全な答えこそ見つからなかった。


しかし。


九割方、条件は特定されている。


レオンには。


ゲーム本編では到達できない、隠し職が存在する。


そして。


その第一条件。


「レベル二十まで……ステータスポイントを一度も使わない」


普通ならありえない。


レベルアップすれば能力値を上げる。


ゲームでは常識だ。


ましてレオンは元々弱い。


ポイントを振らずにレベル二十まで育てるなんて、プレイヤーキャラクターなら苦行。


NPCならなおさら不可能。


だからこそ。


誰も本編では到達できなかった。


だが。


今の俺は。


未使用ステータスポイント、二十一。


「間に合ってる……!」


まだ一度も振られていない。


この時点なら。


まだ間に合う。


俺は思わず拳を握った。


「レオン様……?」


アルバートが不安そうにしている。


そりゃそうだ。


さっきから一人で絶望したり笑ったりしている。


完全に危ない奴だ。


だが。


希望が見えた。


最弱悪役。


半年後死亡。


最悪のスタート。


でも。


同時に。


この身体には、誰も開花させたことのない可能性がある。


それに。


俺はこのゲームを知っている。


誰よりも。


《ECLIPSE ONLINE》。


通称《エクリプス》。


超高難度ダークファンタジーMMORPG。


MMOでありながら。


難易度だけなら完全に死にゲー。


雑魚敵ですら平気で初見殺し。


ボス戦では一つの判断ミスで全滅。


NPCイベントも容赦がない。


選択肢を一つ間違えただけで重要人物が死ぬ。


都市が消滅する。


国が滅ぶ。


そんなゲーム。


俺の総プレイ時間。


一万二千七百四十三時間。


サービス開始初日からプレイ。


全職業育成。


全レイド攻略。


全地域探索率一〇〇%。


判明している隠しクエストはほぼ全制覇。


攻略Wikiの編集にも参加した。


エクリプス廃人。


そう呼ばれて否定する気はない。


だったら。


やれる。


いや。


やるしかない。


「……そうだ」


その前に。


一番重要なことがある。


「アルバート」


「はい」


「今日は何日だ」


「……神歴八六七年、白月十二日でございます」


俺の頭の中で。


ゲームの年表が高速でめくられる。


白月十二日。


神歴八六七年。


「……最悪だ」


本編開始の。


三日前。


そして今日。


レオン・アルヴェインは。


「レオン様。本日の決闘についてなのですが――」


やっぱりか。


「誰との決闘?」


分かっている。


分かっているけど一応聞いた。


「カイル・レグナス殿でございます」


出た。


ゲーム主人公。


この世界では実在する一人の人間だろうが。


俺にとっては何千時間も操作したキャラクター。


そして。


本来なら今日。


俺はそいつにボコボコにされる。


そこから死亡ルート開始。


「中止」


「……はい?」


「決闘、中止で」


アルバートが固まった。


「レオン様からお申し込みになられたものですが」


「知ってる」


「すでに学院中に知れ渡っております」


「それも知ってる」


「ラティス伯爵令嬢も観戦されると――」


「だから何?」


「……え?」


俺は真顔で言った。


「死ぬよりマシだろ」


「レオン様?」


「なんでもない」


恥?


プライド?


そんなもの。


命に比べればゴミだ。


「理由はいかがいたしましょう」


「体調不良」


「ですが、今朝は――」


「腹が痛い」


「お腹が?」


「熱もある」


「ございませんが」


「頭痛」


「先ほどまで熟睡を」


「じゃあ痔」


「痔」


「復唱すんな」


アルバートが黙った。


なんだその顔。


いいだろ別に。


今日一日。


王立学院で《痔のレオン》と呼ばれようが構わない。


半年後。


生きて笑えれば俺の勝ちだ。


「……本当に、よろしいのですね?」


「ああ」


俺は即答した。


そこで。


もう一つ思い出す。


隠し職への条件。


レベル二十までポイント未使用。


それだけじゃない。


二つ目。


王都北西。


高レベル危険地帯。


《死者の森》。


ゲーム本編ではすでに死んでいる、名前なしNPC。


プレイヤー間では《墓守》と呼ばれていた人物。


彼を生存させる。


三つ目。


ゲーム開始前にのみ侵入できる。


《始まりの地下墓地》。


最深部にある黒い祭壇へ到達。


この三条件。


順番まで含めて。


当時の攻略班が十年かけて辿り着いた仮説。


だが。


ゲームでは再現できなかった。


理由は簡単。


ゲーム開始時点で。


墓守は死んでいる。


始まりの地下墓地は封鎖済み。


レオンはすでにステータスを自動配分されている。


つまり。


プレイヤーが介入できる頃には。


全部手遅れ。


だが今は違う。


俺がいるのは。


ゲーム開始三日前。


「アルバート」


「はい」


「今日の予定、全部キャンセル」


「全て、でございますか?」


「ああ」


「午後にはセレナ・フォン・ラティス伯爵令嬢との茶会が」


「中止」


「グランツ侯爵家からもお誘いが」


「中止」


「夜はご当主様との会食が」


「それは……」


父親。


アルヴェイン公爵。


ゲームでも恐ろしく厳しい人物だった。


元のレオンが唯一頭の上がらない相手。


少し考える。


「……病欠」


「かしこまりました」


今。


アルバートの俺を見る目が若干冷えた気がする。


仕方ない。


親父より命だ。


「あと」


「まだ何か?」


「動きやすい服」


「はい」


「剣」


「……剣?」


「ああ」


アルバートの眉が動いた。


「レオン様が?」


「俺だって剣くらい使う」


「最後に剣を握られたのは三年前では」


「そこは忘れろ」


「訓練場の木剣を持ったまま転倒され、三日ほど右腕を――」


「忘れろって」


クソ。


レオン。


お前どんだけ弱いんだ。


「それから回復薬。最低五本」


「どちらへ向かわれるおつもりで?」


俺は窓を見る。


王都の遥か向こう。


うっすらと見える、黒い森。


推奨レベル。


四十。


今の俺。


七。


普通なら自殺。


だけど。


俺は知っている。


魔物の出現位置。


巡回ルート。


弱点。


罠。


安全地帯。


序盤では誰も使わない抜け道。


そして。


格上を低レベルで倒すために、廃人どもが研究し尽くした経験値稼ぎ。


「死者の森」


「…………」


アルバートの顔が。


本日一番ひどいものになった。


「レオン様」


「ああ」


「率直に申し上げても?」


「どうぞ」


「先ほどの決闘より、よほど死ぬ可能性が高いかと」


正論。


完全なる正論。


でも。


俺は笑った。


「大丈夫」


ゲームなら。


何百回も行った。


何千体も狩った。


地図なんて目を閉じても思い出せる。


俺は。


レオン・アルヴェインじゃない。


俺は。


《ECLIPSE ONLINE》を一万時間以上やり込んだ。


廃人プレイヤーだ。


「――攻略法は全部知ってる」


◇


一時間後。


屋敷の裏門。


俺は。


馬の前で固まっていた。


「…………」


馬。


でかい。


思ったより。


めちゃくちゃでかい。


黒い巨体。


太い脚。


こっちを見て。


ブルルッ。


と鼻を鳴らした。


「…………」


怖っ。


「レオン様?」


アルバートが不思議そうに首を傾げる。


「どうかなさいましたか?」


ゲームなら。


マウントボタン一つだった。


ポン。


乗る。


方向キー。


進む。


現実。


どうやって乗るんだこれ。


そもそも。


落馬したら普通に死ぬ可能性あるよな?


俺。


AGI五だぞ。


「アルバート」


「はい」


「死者の森まで馬車で行ける?」


沈黙。


「……レベル上げに向かわれるのでは?」


「細かいことは気にするな」


「途中までならば」


「それで」


「……かしこまりました」


深いため息。


初日から執事に呆れられた。


まあいい。


命は大事だ。


その二十分後。


屋敷を出る馬車の中。


俺は窓から王都を眺めていた。


巨大な石造りの城壁。


剣を腰に下げた騎士。


道端で果物を売る商人。


遠くにそびえる王城。


ゲームでは。


背景だった。


NPCだった。


ポリゴンだった。


でも。


今は全部。


生きている。


笑っている。


話している。


「……すげえな」


思わず声が出た。


そして。


少しだけ。


怖くなる。


もし。


ゲームと同じなら。


この世界には。


災厄が来る。


戦争が起きる。


魔王が復活する。


何十万。


何百万という人が死ぬ。


でも。


今の俺に世界を救う余裕なんてない。


まず。


自分だ。


半年後の死亡フラグ。


それを壊す。


話はそこから。


俺は拳を握った。


レベル二十。


墓守。


始まりの地下墓地。


三つ。


全部達成する。


そして。


誰も到達できなかった隠し職を手に入れる。


レオンの運命を。


俺が変える。


――その時。


馬車から離れていくアルヴェイン邸。


その二階。


一枚の窓。


カーテンの隙間から。


一人の少女が。


俺の乗った馬車をじっと見つめていた。


淡い銀髪。


金色の瞳。


年齢は十七ほど。


少女は。


誰にも聞こえない声で呟いた。


「……兄様」


当然。


俺は知らない。


レオン・アルヴェインに。


こんな妹は。


存在しない。


少なくとも。


俺が一万二千七百四十三時間遊んだ。


《ECLIPSE ONLINE》の中には。


一度も。


登場しなかった。

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