第1話
「カタリナ・リンドブール、お前を捕縛する!」
新2年生オープニング舞踏会の華やかな会場に、ファルトナージェ王国第三王子エヴァンス・ヴァン・ファルトナージェの声が響いた。
それを合図にホールの隅に控えていた近衛兵二名が駆け寄ってきて、私は拘束された。
手際がいい。普段からそのくらいキビキビ動けばいいのに。
わかってたので別に驚かない。
反論はないので黙って続きを待つ。あっても話せないけど。
「どうした。声も出ないのか?
だが、無実だとは言わせないぞ。
証拠は全て私の手の中にあるのだからな。
まず、第一にリリア・アヴァントン男爵令嬢に対するいやがらせと誹謗中傷と暴行の罪だ」
そうそう、確かにそんなセリフだったわ。
王族の印であるゴールドレッドの髪をかき上げ、小鼻を膨らませたエヴァンスが、私の罪状を得意気に語りはじめる。
曰く、リリアの教科書を焼却炉に捨てた、爵位が下のリリアをあからさまにバカにした、階段から突き落とした等々。
はい、私がやりました。
やりたくなくとも体がそのように動くのだから仕方ない。
いつもは気を付けているのにその時だけ中身を確認しなかったゴミ箱にはリリアの持ち物が入っているし、「(自分は)バカだなあ」と呟けば「リリアを蔑んだ」ことになるし、階段ではなぜか前にいるリリアの背中を押してしまう。
私にできたのは、階段の1段目になるまで背中を押すのを我慢したことくらいだ。
まあ想定通り。
子供の頃にここが前世の駄作マンガ世界だと気づいて、この断罪シーンを回避すべく色々やってみたけど、どうあがいても流れは変えられなかったのでとっくに諦めてる。
いわゆる「物語の強制力」ってやつ。それも体の動きまで乗っ取られるレベルの。
エヴァンス王子の演説は続く。
「そして、お前はもうひとつ大きな罪を犯した。
リリアへの所業も許し難いが、これはそれよりはるかに重大だ。
新年度が始まる今日、それを皆の前で明らかにしてやる。
カタリナ。お前は私の暗殺を企てていたな?」
ホールに集った生徒たちから驚きの声が漏れる。
ごめんね。せっかくの舞踏会イベントを台無しにして。
って巻き込まれた子たちに謝りたかった。
「そのようなことはしておりません!」
だが、私の口から出たのはマンガと同じセリフだった。
マンガに描かれたシーンでは口が勝手に喋る。または声が出ない。
どういう仕組みか知りたい。
「今さら否定しても無駄だ。
お前の弟のトマス・リンドブールからの告発だ。
証拠の暗殺計画書も既に押さえてある。
トマスは、身内の恥を包み隠さず私に伝えてくれた。その苦悩がいかほどのものであったか、お前は想像できるか?
これが忠義というものだ。まあ、今さらお前に言っても無駄だがな」
「くっ……」
私は定められたとおり唇を噛んでうつむく。
やっぱこうなるか。
手が勝手に計画書を書きはしたんだけど、マンガ内には具体的な記述はないので、「どこからか謎のアイテムを手に入れて呪いをかける」とかいう内容にした。
それでも暗殺計画に認定されちゃうと。
「安心しろ。トマスの忠義に免じ、お前の実家に責任を押し付けることはしない。
リンドブール伯爵は日付をのぼってお前を伯爵家の籍から抜く手続きを完了させている。
つまり、お前はただの平民というわけだ。
あ、先ほど家名を言ってしまったな。トマス、許せ」
王子の後に控える愚弟が臣下の礼を取り、王子の「失言」はなかったことにされる。
ちなみに「のぼって」は「遡って」の間違いだ。そこも原作に忠実。校正は入らなかった。
「以上だ。申し開きがあるなら裁判の場で述べるといい。
まあ極刑は免れんだろうがな。
それまで牢で己の愚かさを振り返るといい。
連れて行け」
私が近衛兵に両手を固められたまま歩き出したとき、リリアがおずおずと口を開いた。
かわいいんだけど目が死んでるんだよねえ。
「あの、殿下様、牢はどちらになるのでしょうか?」
「ん? どちらとは?」
「もしカタリナ様が平民であるなら、街の牢獄になってしまいます。
でも、それはあまりにおかわいそうです。カタリナ様は本来は伯爵家のご令嬢ですから。
せめて塔の貴族牢にしていただけないでしょうか?」
「ふむ。リリアは本当に慈悲深いな。
だが、貴族でないものを貴族牢に入れるわけにはいかない。
王族の私が法を曲げてはならないのだ。
近衛、あたらめて命じる。カタリナを平民獄に連れて行け。地下牢だ」
「はっ!」
私に向け一瞬口角をうっすらと上げ、また悲し気な表情を繕うリリアを睨み返したが、私はすぐに街外れの牢獄へと引立てられていった。
そこは死刑確実の重罪人を収容する場所だ。
「平民」が王族の殺害を企てたのだから、それはそうなるだろう。
形式的な裁判を経て、ほどなく私の死刑は確定するはずだ。
私は10室ほど連なる独房の一番奥に入れられた。他には誰もいない。
しばらく使われていなかったようで、石造りの床の上には埃がたまっていた。
あるのは薄暗い魔石ランプ、むき出しのトイレ、カビの臭いのするごわごわの毛布。
空間収納に入っている魔道具で掃除したいところだが、魔法発動を阻害する腕輪をつけられているので何もできない。
でも大丈夫。
舞踏会には思いっきり厚着をして行ったから。
一張羅のドレスを脱げば、動きやすい普段着姿になる。
ドレスにくるまれば普通に眠れる。
食事は1日2回。ボソボソのパンと薄いスープが届けられる。
ほぼ味はしないが、そのおかげでギリギリ食べられる。実家ごはんみたいで懐かしいまである。
3日目、その食事を運んできた看守が、裁判が行われ私の死刑が確定したことを告げた。
刑の執行は1週間後だそうだ。
まさかの欠席裁判だったよ。
「も、申し開きの場があると王子殿下に言われたのですが」
と絶望した表情で看守に言ってみたけど、当然答えは返ってこなかった。
まあこれも想定内だ。
看守が立ち去る。これで朝まで誰も来ない。
「……ぃよっしゃあああああ!」
マンガでは死刑が確定して以降、私の話題は一切出てこない。
全年齢作品ということで死刑執行シーンはNGだし、刑が執行されたという明確な記述はなかった。
ヒロインと王子他イケメンどもとの逆ハー恋愛マンガなので、前半担当の悪役の退場後を描く必要なんてないわけだ。
つまり、私の出番は終わったのである。
苦節14年、私はついに自由になったのだ。
「さて、やりますか」
地下牢定食を完食。慣れてきた。よく噛むと小麦の甘みをそこはかとなく感じないこともない。
私はドレスの裾の隠しポケットから愛用のピッキングツールを取り出す。
3年前に知り合いの鍛冶職人に作ってもらった逸品である。
腕輪の鍵は1分くらいで外れた。
一般でも使われている大手魔道具店製のもので、中古品を買って何度も練習したので楽勝である。
これで魔法が使えるようになった。念のため魔石の魔力は吸い取っておく。
私の魔法属性は土。貴族にはまずいない属性だ 。
平民なら土木建築現場で引く手あまただが、貴族社会では「平民の血が混じっている」と侮蔑と嘲笑の対象になる。
おかげで父には早々に見限られ、3歳の時に母が亡くなってからは完全にネグレクトされることになった。
放置ありがとうございます。
おかげさまで11年間こっそりたっぷり土魔法の修行ができました。
勝手に外に出て、ギルドに入って、工事現場の依頼をこなして、しっかり貯金もできました。
「ムーブ。ディグ」
手をかざして魔法名を呟くと、地下牢の床が一部剥がれ、その下に深さ1mほどの穴が出現した。




