21 悪役令嬢は薔薇のように―2【完】
本日二回目の投稿です。
こちら最終話となっております。
「もう一度仰っていただけませんこと?」
「悪役の復活を頼みたい」
やはり聞き間違いでない。カトリーナは軽い目眩を覚える。
「わたくしにどんなことをお望みなのでしょうか」
「次期王妃の筆頭相談役のミルフィス夫人が辞退することとなった。カトリーナには後継として筆頭相談役に着任し、ミアを支えて欲しい。現王妃とミルフィス夫人より推薦をもらっている」
「少しお待ちくださる?」
カトリーナは紅茶を口に含んで、頭を整理する。
王妃には社交を円滑に進めるために相談役が数名付くことになっている。ドレスの流行や貴族の動向を伝え話題づくりの手伝いをし、夜会の選定やお茶会のセッティグのアドバイスを行なう。
ミルフィス夫人はカトリーナが王妃になった時に用意されていた有能な人物で、指導者でもあった。
「ミルフィス夫人が辞退なさるなんて……ミアに何か致命的な問題でもありまして?」
ミアの瞳に涙が浮かぶ。カインは頭痛を耐えるように額を押さえた。
「問題大アリだ。王妃教育が全く進んでいないんだ」
「なんですって!? ミア!」
カトリーナは強く名前を呼んで問いただす。ミアは胸の前で手を組んで、祈るように懺悔した。
「だって……だって……カティお姉様の話題で盛り上がって止まらないんだもん!ミルフィス夫人ったらカティお姉様の素晴らしさを語りだしたら止まらなくて、私もお姉様自慢が止まらなくて進まないの!」
「と言うことだ!カトリーナ語りについて競ってしまい、ミアはミルフィス夫人と折り合いが悪くなった」
「なんてくだらないの!」
一気に疲労に襲われ肩をガックリと落とすカトリーナのティーカップに新しい紅茶が淹れられる。
「アルト様……」
「本当にくだらないですよね。カティ様の自慢なら僕が一番だというのに、お二人が競うなんて無意味なことを分かっていらっしゃらないのです」
「そこ参戦しないの!」
必死にツッコミ要員を探すが足りない。
「ま、まぁ良いわ。それでなぜ悪役でなくてはなりませんの?」
「学園での悪役らしいあら探しのお陰で、自分の欠点がよく見つかったの。弱点克服にはあの揚げ足取ってもらうのが最適だと思ったの。それとね……えっと」
「しゃきっと言いなさい」
「カティお姉様の悪役なくして、今の私はいないの。そんな大切な存在が……悪役がいなくなってしまったら私……不安で、寂しくて、だからお願い」
ミアが上目遣いでカトリーナに大きな瞳を向けた。ものすごく可愛い。過去のスチルでもこんなに可愛いカットは無いのでは、と思うほど可愛くて胸が痛い。
「私からも頼む」
「カイン殿下……?」
「そなたの尊大な態度への対抗心で私は常にやる気に満ちていた。無くしてから重要性に気付いてしまった。学園を卒業すればいよいよ難しい公務に携わる。私のやる気のために、国の運営のために悪役復活を切に願う」
カインのこんなにも真摯な眼差しは受けた事はない。今までは敵意しか感じなかったのに、こんなにも友好的になった。それは喜ぶべきことなのに、素直に喜べない。
「カイン殿下もミア嬢もカティ様を困らせてはいけません。カティ様、お嫌でしたら断れるように影の情報を持ち出しましょうか?」
「おやめなさい」
国の影一族の次期当主が王族よりもカトリーナ優先で良いのかと不安になる。
ついに力尽きたカトリーナはテーブルには突っ伏した。淑女失格の行為なのに誰も罵ってくれない。
皆はこういう時ツッコミ要員として「悪役」を求めているのかと納得することにした。
「手のかかる人たちですこと。仕方ありません。筆頭でなければ相談役はお受けしますわ。社交界にでて日の浅いわたくしより他の相談役が務めた方が軋轢は生まれにくいでしょう。それとわたくしが厳しい指摘をしても罰しないことが条件ですわ」
「カトリーナ、恩にきる。やったな、ミア」
「はい!これで王妃教育の遅れを取り戻せます」
カインとミアはお互いの手を取り労り合った。そこはカトリーナを労れ、と言う気力はなかった。
早速カインは国王と王妃にこのことを報告するようで、お茶会はお開きとなった。ミアはカインと一緒に謁見するとのことで、一旦お別れだ。
ふたりを見送り、カトリーナとアルトだけがその場に残された。
「カティ様、お時間ございますか?」
「えぇ」
「お見せしたい場所があるんです」
差し出されたアルトの手にカトリーナは手を重ねた。今まで何とも思わなかったのに彼の体温に心まで温かくなり、握り返された手の力強さに頼もしさを感じる。
アルトに手を引かれ、先程いた庭園とは別の庭園に足を踏み入れた。広がる光景に感嘆のため息が漏れる。
「素敵……見たこともない花がこんなにもあるだなんて。あんなに王城に通っていたのに気付かなかったわ」
「ここは花の研究を兼ねた庭園です。大陸のあらゆる花木だけではなく、交配による珍しい品種も愉しめます。王族や研究に関わる一部の人しか立ち入りが許されていませんから、知らなかったのは無理もないかと」
「そんな大切な所へわたくしが入っても宜しいの?」
「暗殺に使う毒花や麻薬の栽培もしているためラティエ家が多く出資しております。そして管理も任されているので、ラティエ家に加わる者であれば出入りしても大丈夫ですよ」
「ふふふ、それはいい事を聞きましたわ。また来なくては」
相談役の仕事に疲れたら目と心を癒やすために来ようと決めた。前世でも今世でも綺麗なものを見るのが趣味だった。宝石も悪くないが、やはり花の方が癒やし効果がありそうだと、カトリーナは心が踊った。
「カティ様は人をある意味駄目にするタイプですね」
カトリーナは否定できず、口をつぐんだ。溺愛しすぎる家族。心酔の侍女ネネ。依存の親友ミア。そして新しく病み仲間に加入したと思われる彼――――アルトをチラリと見上げた。
アルトはカトリーナと視線が合うと、幸せそうに微笑みを返してきた。しかし穏やかな表情とは裏腹に黒い瞳は執着と僅かな不安が混ざっている。
「そんな目で見なくても大丈夫ですわよ。裏家業や毒花くらいで引いたりしません。わたくしを誰だと思っていらっしゃるの?」
カトリーナがニッコリと微笑めば、アルトの黒い瞳から不安が消え歓喜へと変わる。
王家の懐刀として誇りを持ちつつも、何度も優しい彼は傷ついてきたのだろう。こんな些細な言葉で彼の心を救えるのなら、いくらでも言おう。
「薔薇だって鋭い棘がございますわ。安易に手を出せば怪我をする。綺麗なだけではない――――わたくしみたいでしょう?毒花や麻薬とたいして変わりませんわ」
「あなたって人は本当に」
アルトの手がカトリーナの頭に伸ばされた。上から下へ赤薔薇色の髪を撫で、白薔薇色のような頬の輪郭をなぞる。そして彼の指は薄紅色の蕾のような口元で止まった。
カトリーナの心臓は弾けてしまいそうなほど強く鼓動していた。
でも大輪の笑顔は絶やさない。
「大切に扱ってくださらないと許しませんことよ?」
「もちろんです。手折ることなく、いつまでも大切に」
カトリーナの唇にアルトの唇が重なった。優しく、慈しむように角度を変えて数回繰り返した。
ゆっくりとアルトの顔が離れていく。そして彼はカトリーナを見て破顔した。
「本当に薔薇のようですね」
アルトの瞳には白薔薇だった肌を真っ赤に染めるカトリーナの顔が映っていた。
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