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12 望まぬシナリオ

 

「見まして?あのブローチ身の丈にあってませんわ」

「全くですわね。本人のみすぼらしさが際立っていましてよ」

「これだから庶民あがりは、ねぇ?カトリーナ様」



 一ヶ月後、カトリーナはカインやアルトとの接触を避け、代わりに再び取り巻きに囲まれていた。聞かされるのはミアへの悪口ばかり。

 ミアの姿を見かけるとカインだけでなく彼の側近で攻略者――――取り巻きたちの婚約者も集団に加わっている時が増えた。傍から見ればミアが侍らせているように見えなくもない。

 それに伴い一度カトリーナの元から離れた取り巻きたちは、再び一緒に行動するようになった。



「小者に興味ないわ」



 カトリーナは面倒臭さを隠すことなく、取り巻きたちの悪口を一蹴する。同調しなかったカトリーナに取り巻きたちは一瞬ムッとするが、すぐに笑顔になり「さすがカトリーナ様は器が違いますわ」と都合よく解釈した。



「少し疲れましたの。ひとりにして」



 そう言い残して旧校舎の裏庭に行き、東屋のベンチにだらしなく寝そべった。


「あぁ疲れたわ。側近たちが輪を作っているのは、ミアがカイン殿下のパートナーとして認められた証拠でしょ?」



 悪役令嬢という立場上仕方ないとはいえ、大好きなヒロインの悪口は気が滅入る。悪役令嬢ではなくさっさとヒロインに媚を売ったほうが有益だというのに、取り巻きたちはカトリーナにひたすら同調を求めてくる。



 全くもって可笑しい話だ。



 可笑しいといえばアルトが一番可笑しい。カインが嫌うカトリーナを慕うような言動と行動をしていては、信用を落としかねない。

 でも彼はリスクを承知でカトリーナを求めていると言ったのだ。


 主であるカインが嫌い、カインが愛するミアをいじめ、侍女を叩き、心配する幼馴染(アルト)にたいして傲慢な態度のカトリーナ。


「アルト様……本気なのかしら」


 愛される要素が見つからない。

 それにアルトは次期伯爵家の当主で、卒業後もカインの側に居続けるだろう。婚約破棄されたカトリーナを側に置くメリットは一切なく、デメリットばかり。


 それでも本当に慕って、本当に愛してくれているのなら――――そう思うと心臓がひときわ強く鼓動する。



「はぁ……好き、という事よね」



 あまりに遅い恋の自覚は甘さよりも痛みが強い。前世でもいくつか恋は経験したけれど、片思いすら楽しめたほうだ。

 しかし今回ばかりはそうはいかなかった。お互いに好きだからといって結ばれるような世界と立場ではない。


 カインとの婚約だって表向きはカトリーナの一目惚れだが、政治的要素がおおいに関係あったのだと今なら分かる。

 アルトの言うとおり今からカトリーナが彼を選んだとしても、周りが婚約を認めるはずがない。

 例えば、アルトが次期国王の側近という立場を捨てるくらいでないと。



「どうしてわたくしはカトリーナなのでしょうね」



 大好きなゲームのシナリオに、愛着のあるキャラクター、夢の生スチルのチャンスを今更投げ出すつもりはない。親友ミアの幸せもかかっているのだ。


 でも悪役令嬢カトリーナでなかったらアルトに素直な気持ちを伝えられると思うわけで。また、悪役令嬢カトリーナだからこそアルトに出会えたわけであって。

 2つの矛盾がゆったりと混ざり合う。


 カトリーナは寝そべりながら黄金色の瞳を閉じて、まぶたの裏側にアルトの姿を思い浮かべた。


 いつだって髪や瞳の闇色のとは真逆で、太陽のように眩い笑顔を向けてくれた。

 悪い立場になってもカトリーナに温かい手を差し出してくれた。優しい言葉を与えてくれた。穏やかで、全てを許してくれそうなアルト。


 だからこそアルトの急なアプローチの違和感が拭えない。

 彼はカトリーナを困らせることは今までで一切無かった。だというのに彼女の立場や気持ちを無視して踏み込んできた。



「何かあったのかしら……って、わたくしには立場も時間もないというのに、アルト様の愛まで欲しくなるなんて。それこそ傲慢ね」



 この時、断罪イベントまで残り一ヶ月を切っていた。

 カインとミアの仲は更に深まり、先日影でキスシーンを拝ませてもらった。尊すぎて思わず涙が出てしまったのは、盗み見をしたことも含めてミアにも内緒だ。

 それほどまでに時間は無いのに、あんな悪戯な態度ではなく、きちんと相談して欲しいと願い、アルトの苦しげな表情を晴らしてあげたいと思ってしまう。



「うじうじ迷うなんて、わたくしらしくないわ!直接聞いて、それから考えれば良いのよ。あっちが踏み込んでくるなら、こちらだって!逃げっぱなしなんて悪役令嬢の名が廃るわ」



 少しでも時間を無駄にしてはいけない。

 アルトに会いに行こうとカトリーナは上半身を起こし立ち上がろうと瞬間――――


「ぐへっ」


 体に衝撃が走り、視界が蜂蜜色で埋まった。


「カティ!うわぁぁぁあん、助けてぇぇえ」

「ちょっ、ミア!?」

「もう嫌がらせに耐えられない!」

「ここ数週間わたくしは何もしてないわ。どういうことなの?」


 泣きじゃくるミアを落ち着かせ、話を聞いたカトリーナは顔を青褪めさせた。


「本当に側近……他の攻略者のルートが始まっているというの?しかも全員で、それに伴い嫌がらせも陰湿で増えてるですって?」

「最初は自意識過剰かなって思ったけど、違った。婚約者さんたちを蔑ろにし始めたし、手とか髪とか触れてくるようになったし、それで婚約者さんたち怒って……それで、それで……どうしよう、カイン様に勘違いされて嫌われたらどうしよう」 



 取り巻きたちが怒るのも当たり前のことで、ミアだけでなくカトリーナにとっても危機的な状況だった。


「ミア、落ち着いて聞いてちょーだい。これは全面クリア特典の逆ハーレムエンドに入っているわ。このままいったらミアは全員と愛を育むけれど、誰とも結婚せずに日替わりの爛れた生活。わたくしカトリーナは……国外追放で森に捨てられて死ぬわ」



 ミアの喉がヒュッと鳴った。



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